夏休みの前の物語 4章


「士郎ー、準備できた?」

玄関口から遠坂の元気な声が聞こえる。


「先輩、姉さん待ってますよ、早くしましょう」

「わかった、すぐ行くから先に玄関に行っててくれ」

俺は藤ねえ用の弁当を包み、台所から居間へ出た。

「じゃあセイバー行ってくるよ。セイバーの昼飯は冷蔵庫の中に入っているから」

「はい、凛にがんばって、と伝えてください。
―――士郎もあまり酷い点をとってはダメですよ」

「はははっ、大丈夫だって。じゃあ留守番よろしくな」

セイバーに挨拶をして玄関へ向かう。
そこには、遠坂と桜が俺を待っていた。

「遅いわよ、士郎」
「先輩。早く早く」

「悪い。藤ねえの弁当作るのすっかり忘れてた。とりあえず朝の残りを詰めてきたからこれでいいだろ」

「うん、藤村先生喜ぶわよ」
「そうですね、さすが先輩、気が利きますね」

藤ねえにとっては今日の放課後が正念場。テストの採点は教師にとって地獄の苦しみなのだと言っていた。
確かにすぐ先には終業式が迫ってるし、何百人分も採点するのは苦痛なのだろう。
今日は遅くなるから夕食は食べにいけないとのこと。ならせめて、と弁当だけでも作ってあげたのだ。

「姉さん、調子はどうなんですか?」

「ここまで来たら後は気合よ、やるだけの事はやったんだから」

どうやらまな板の上の鯉、というヤツらしい。

遠坂がうちに泊り始めてから3日。
ついに今日が期末テストの日なのだ。
うちの学校の定期試験は他とは違い、5科目の試験を一日で終わらせるハードスケジュールだ。

そしてそれが終われば夏休み。お楽しみ前の最後の邪魔者、ってところか。

俺たちは3人揃って学校へ向かった。
夏の日差しが厳しい……今日も暑くなりそうだった

「遠坂、今日はちゃんと寝てきたんだろうな?」

「もちろん。昨日は早めに寝たもの。当日に体調を崩すようなヘマはしないわ」

さすが、コンディショニングは万全ということだろう。
こうなってくると一成との勝ち負けというより、遠坂がどれだけの得点をたたき出すかが楽しみである。
俺も毎日の家事に協力したんだ、遠坂の本気をみんなに見せ付けてやりたい。
今日の期末テストは伝説になる、そんな予感がするのだ。

2年の教室の前で桜と別れ、遠坂と並んで教室に入る。

「二人ともおはよう。あいかわらず仲いいわねぇ」

「おはよう綾子、なんだか疲れてるみたいだけど大丈夫?」

「おっす、どうせ勉強してたんだろ、調子はどうだ? 美綴」

教科書をパラパラとめくりながら、美綴は眠そうに答える。

「そうね、やるだけやったわ。後は神のみぞ知るってやつよ。まあ何とかなるでしょ」


「うむ、御仏を頼りにするとはよい心がけだ、美綴の努力をきっと御仏は見ているぞ」

俺と遠坂はピクッと反応してしまった。
今日の遠坂の敵、いや俺達のライバル、一成だ。

「あ〜ら柳洞くん、相変わらずの御仏かぶれね」

「むっ、貴様は最近やけに絡んでくるな。俺は家が寺なのだから御仏を頼りにするのも当然だろう」

「ま、それもそうね。
朝から余計なことを言って悪かったわ、一成。
ところで今日のテストはどうなのよ? 」

「なにが『どう』なのか分からぬが、期末テストは普段の勉強を判断するもの。俺はいつもどおりやるだけだが」

「そう、じゃあまた後でね。
―――士郎、今日は一緒に帰りましょ、帰るときには声をかけてよね。
では皆さんごきげんよう」

「衛宮、あやつ、一体どうしたのだ?」

「あははっ……」

「何か悪いもんでも食ったんじゃないの? やけにハイテンションだったね、今日の遠坂」

「あははっ……」

今日のためにテンションを上げてるんだから無理もない。声には出せないけど、がんばれっ遠坂。
すまん、一成。今日だけは俺の敵になってくれ。
―――そして美綴もがんばれっ。







「姉さん、今日の結果はどうだったんですか?」

「もちろん完璧よ、今から結果が楽しみだわ」

さすが遠坂、どうやら心配するだけ無駄だったようだ。

「テストが終わったら夏休みですね。
先輩、今年は何か予定はあるんですか?」

「んー、特に決めてないな。別にどこか行きたいわけじゃないし、家から出ないと思うぞ」

「うわっ最悪! 士郎、アンタそんな夏を送ってたらあっという間に干からびちゃうわよ」

「そうですよ、先輩。高校最後の夏休みなんですから、もっと楽しい事しましょうよ。
―――そうだっ、みんなでどこかに旅行でも行きませんか?」

桜は手をぱちんと叩いて嬉しそうに提案してきた。

「旅行!?
りょ、旅行って言うと、あの旅行か? 俺、旅行なんて行ったことないんだけど」

「どの旅行かわかりませんけど、多分その旅行です。
あ! みんなで行くのが嫌だったら、二人でもいいですよー。
むしろ二人のほうが余計な邪魔が入らなくて楽しいかも、、、姉さんもそう思いますよね?」

「なーにが、『そう思いますよね』よ。
全然そう思いませんっ! 士郎と二人で行くとしたらわたしでしょ。わ・た・し。 恋人なんだからっ!」

「あら、選ぶのは先輩ですよ。ね。先輩?」

「あら、桜は士郎がわたしを選ばないと思ってるの? ね、士郎?」

……なんだか最近このパターンが多いような気がする。
二者択一。どちらを選んでも俺に被害が来るのは間違いない。ゆえに俺が選ぶ道は一つだけだ。

「み、みんなで行こうっ。
セイバーとか残されるとすねちゃうだろ? 藤ねえなんて暴れだすかもしれないしさ。
それに、ほらっ、みんなで行った方が楽しいぞ。うん、きっとそうに違いない」

旅行なんて行った事ないからよくわからないけど、多分みんなで行った方が楽しいと思う。

「…………」
「…………」

二人は無言で俺を睨んだと思うと、フッと息を吐いた。

「それもそうですね。姉さんと一緒に旅行なんてしたこともなかったですし、楽しいと思います」

「ええ、桜と出かけたことなんてなかったものね。セイバーもたまには連れ出してあげたいし」

――― 一件落着!

「そうね、そうと決まったらさっそく計画を練らなくちゃ。8月の初めがいいわよね?」

「お盆に入らない季節がいいんじゃないでしょうか? ふふっ、楽しみです。
実は私、旅行って初めてなんです」

「俺も初めてだぞ」

「不本意ながら実は私もよ」

さすがこういうイベントには疎い魔術師軍団、この年になって全員が旅行初体験ってのも日本人としてどうかと思う。

「ふ、ふんっ、仕方ないじゃないっ。毎日魔術の研鑽ばかりで旅行なんて考えもしなかったんだからっ」

遠坂、それはそれで悲しい10代だな……

「えっと、修学旅行なら行った事あるんですけど……」

桜、旅行が修学旅行だけなんて、口に出すだけで悲しいぞ……

もしかして俺達三人って、不幸なの?

「そこっ、余計なこと考えないのっ。
いいじゃない、今までの事なんて。これから嫌ってほどハッピーになるのは決まってるんだから」

「そうですよね、私もちょっと前までは旅行に行こうなんて考えもしませんでした。
生きていればこれからもっともっと楽しいことがあるかもしれないんですよね」

いつだったか遠坂が言っていた。

―――がんばった人が報われないのって嫌なのよね。

俺もそう思う。
きっとこの姉妹は誰よりも幸せとは遠い道を歩いてきたのだろう。
だったらもう少し幸せになるべきだ。

夏休みに旅行に行く、そんな学生らしいささやかな幸せを願っても当然なのだ。

「よーし、じゃあ資金は俺が出すよ。こういう時の為に貯金があるんだから」

「うわっ、士郎太っ腹ね。5人分だと結構な額になるわよー」

「せ、先輩。あまり無茶はしない方がいいですよ? 自分の分くらい出しますから」

「ふっ、俺の節約術を舐めたらダメだぜ。こんな時もあろうかと日頃からコツコツと貯めてきたのさ」

伊達に8年間も主夫をやってないぜっ。

「そうそう、士郎の節約術ってセコイもんね、男としてそこまで細かいのはどうかと思うけど」

「そうですよね、先輩と買い物に行くと、必ず値引き交渉を始めるんですよ、八百屋さん困ってましたから」

くっ、この姉妹は……

「し、仕方ないだろ、ただでさえ虎を飼ってるのに、最近はライオンまでいるんだぞっ。
食費を稼ぐ為に俺がどれだけ苦労をしていることか……」

「ふふっ、冗談よ、士郎。わたし、士郎のそういうところ好きよ。ロンドンに行ってもがんばって主夫してね」

「はい、先輩には感謝しています。八百屋さんもいつも買い物してくれて喜んでましたよ」

くっ、この姉妹は……

「さっ、早く帰りましょ。セイバーがお腹空かして待ってるわよ」

そう言って、遠坂は俺の右腕につかまった。

「むっ、姉さん、独り占めはずるいです。先輩、セイバーさんが待ってますよ」

今度は桜が左腕につかまってくる。
今まさに、両手に花状態で商店街の視線を独占中だった。

「こ、こら、お前ら。二人でくっつくと歩きづらいだろっ」

「我慢我慢♪ 美少女二人に囲まれて嬉しいんでしょ。早く家に帰りましょ」

「そうですよ、セイバーさんが待ってるんですから我慢してくださいね」

夏の日差しの中、俺にくっついてきた二人は不思議なほど暑苦しくなかった。
二人に囲まれて買い物するのもいい想い出、八百屋のおじさんに冷やかされるのもいい想い出。
日本での最後の思い出を作る夏は、これから始まるのだから……






「あ、先輩。
お願いがあるんですけど、夕飯の準備をお任せしちゃっていいですか?」

桜は買い物袋から食材をキッチンのテーブルに取り出しながら、申し訳なさそうに頼んできた。

「いいけど、桜はどうするんだ?」

「はい、一応先輩の家に泊る許可は貰ってるんですけど、さすがに今日で4日も家に帰っていないんで一度家に顔を出してきます。
―――お爺様が心配してるかもしれませんし」

「!!」

俺と遠坂が同時に反応する。
桜の祖父ということは、つまりは間桐臓硯、俺達の最後の敵だ。

「そ、そうか、それならしょうがないよな。飯のことは俺に任せていいぞ」

「桜、お爺様によろしくね」

「はい、じゃあちょっと行ってきますね。1時間ほどで帰りますから」

桜は持っていた買い物袋をキッチンに置き、元気に帰っていった。


「遠坂」

「うん。―――セイバー。
真面目な話をするの、ちょっとだけ夕食は待っててくれる?」

俺と遠坂の真剣さに気づいたのか、セイバーも文句は言わない。

「遠坂、居間にするのか?」

「そうね、ここでいいわ」

そういうと同時に、遠坂は呪文を唱え始める。


「―――Das SchlieBen. Vogelkafig, Echo     準備    防音    終了 


「これでこの部屋は外から隔離されたわ、ここで話した内容は外に漏れることはない」

「凛、そこまで注意して話す内容なのですか」

「もちろんよ、私たちの最後の敵、間桐臓硯についてセイバーにも知ってもらうんだから」

遠坂が目で合図する。続きは俺が話せと言うことだろう。


俺は1ヶ月ほど前、不思議な体験をした。
ゲートを開き、未来へと召喚されたのだ。

その地では俺も遠坂もセイバーもいなくて、俺と遠坂の娘がたった一人で蟲の魔術師と戦っていた。
俺はそのことを真っ先に遠坂に説明をした。このままロンドンに渡ったら、待っている未来は破滅だけだと。
幸い俺には未来で得た知識がある。
俺の『無限の剣製』の中には、臓硯の天敵である『蟲殺しの聖剣』と、鵺を倒した『鵺殺しの弓』が記憶されている。

今すぐ奇襲をかけるべきだと思った。勝機はこちらにある、今なら間違いなく臓硯を滅ぼすことが出来るだろう。
しかし、遠坂の意見は逆だった。

―――冬まで待つ。
遠坂はそれが最良の策だと言う。

なぜなら、臓硯を倒すことだけが俺達の目的ではないから。
例え臓硯を倒せても、桜を救えなければ、それは俺達の負けなのだ。

それにこちらから動かなければ、臓硯はきっと動かない。
―――衛宮切嗣の息子、冬木の管理者たる魔術師、最強のサーヴァント。
何もしなくても、来年の春になればロンドンに行ってしまうのだ。ヤツが自ら動く必要はない。

俺達の最大のアドバンテージは、『俺達が臓硯の存在を知らないと、臓硯自身が勘違いしていること』

「いい? このアドバンテージを保ったまま冬まで待って。多分1月か2月、準備が整ったら知らせるわ。言うまでもないけど私たち三人以外には誰にも話してはダメよ」

俺とセイバーは同時に頷く。
桜を救いたいのはみんな一緒だ、ならば冬まで待てという遠坂の言葉を信じるのみ。

「決戦に向けての準備は全てわたしに任せてちょうだい。あなた達二人は今までどおり振舞っていればいいわ」

これがロンドンに渡る前の最後の戦いになる。
そして、多分最も辛い戦いになるだろうことを、俺もセイバーもわかっていた。

「それじゃこの話はこれでお終い。士郎、私も手伝うから急いで夕食を作っちゃってくれる?桜が来る前にね」



俺は頷いてキッチンに入った。
そして俺は遠坂と並んで料理を作っている。

遠坂と一緒に料理を作るなんて久しぶりだ。
長い髪を縛ってエプロンをつけている遠坂はいつもと違った魅力があった。

「ねえ、士郎。
さっきの旅行のこと覚えてる?」

ちょっとドキドキしていたところに、いきなり話しかけられたからビックリした。

「あ、ああ、みんなで行こうって話しだろ。遠坂はどこか行きたい所があるのか?」


「ん、そうじゃないの。
あのね、や、やっぱり……二人で行かない?」

「なっ!!」

「ちょ、ちょっと士郎、声が大きい。セイバーに聞かれるわよっ」

「すまん。
って何で二人なんだよ。さっきみんなで行こうってことで納得してたじゃないか」

少し強い語調でそういうと、遠坂は少し気まずそうに作り笑顔を見せた。

「だ、だってぇ。ほ、ほら、私たちって一応恋人なのよ? もっと恋人らしいことしてもいいと思わない?」

いじいじしている遠坂も可愛いが、ここはゆずれない。
もしそんなことがばれたら、俺は生きてこの地を踏めないだろう。

「だ、ダメだ、桜に悪いし、藤ねえもきっと怒る」

「別にみんなで行くのを止めようって言ってる訳じゃないのよ、それとは別に二人で行きたいの」

「ダメ! ばれたら俺の身が危ういだろ」

「…………ふーん、そうなんだ、こんなに頼んでもダメなんだ。
恥ずかしいの我慢して誘ってるのにむげに断るんだ、そうなんだ、士郎ってそんなに冷たいんだ」

遠坂さん?
な、なんだか風向きが変わってきたぞ。

「そうなんだ、士郎は私と二人っきりよりみんなと一緒のほうがいいのよね」

「ちょっと、遠坂さん?」

「それも当然よねぇ。私と二人より、桜とかセイバーとか藤村先生がいた方が楽しいもんねぇ」

「あのー、遠坂さん?」

「わかったわよっ!
士郎がうんと言わないならこっちにだって考えがあるんだからっ。
乙女に恥をかかせたその報い、必ず果たさせて貰うわっ!!」

激高した遠坂は、そのまま料理を持ってキッチンを出ようとする。

「ちょ、待てーーーーいっ。
行く、行くから、行きますからっ。俺が悪かった、遠坂」

ピタッ。

「ふんっ、今さら謝ったって遅いんだから、乙女を辱めた報いは受けて貰うわよ」

「そ、そんなー」

「ふふっ、いつか機会が会ったら、ね。そんなに怯えないでよ、士郎」

どうやら機嫌は直ったらしい。
そりゃ俺だって遠坂と二人で出かけたい。出かけたいけど、みんなを置いていくのはどうしたって気が引けてしまう。

「士郎、自分だけ楽しむのが気が引けるんでしょ?」

「な、何でそこまでわかるんだ?」

「そりゃわかるわよ、士郎の考えてることだもん。
士郎はね、もう少し自分の楽しみを考えなきゃダメなのよ。もう少し我がままになりなさい」

そう言って遠坂は優しく俺を抱きしめてくれた。

「アナタを最高にハッピーにするのが私の目標なんだから」

遠坂……


チンチンチン♪

―――いい雰囲気を台無しにする茶碗を箸で叩く音。

「シロウ、夕ご飯はまだですかー?」


チンチンチン♪

俺は急いで料理をお盆に載せ、居間へ向かう。


「セイバー、何処でそんなのを覚えたんだ?」

「今テレビでやっていました。日本では料理が遅い時は茶碗を箸で叩く習慣があるのですね」

どうやらセイバーはご立腹らしい。
気づかなかったけど、遠坂と結構な時間話していたみたいだ。

「セイバー、茶碗を叩くのは行儀が悪いから止めなさい。子供みたいよ」

ふふっ、と笑いながら遠坂も料理を運んでくる。

「こ、子供ですか……!?」

「そうそう、よく子供が箸で叩いてるんだ。セイバーも一緒だぞ」

「こ、子供。騎士王たる私が子供と一緒……」


「そんなに落ち込まないでよ、セイバー。
知らなかったんだから仕方ないわ。これから気をつけてね。
それよりも、今度みんなで旅行に行こうって話をしてたの。セイバーもどこか行きたい所、ある?」

「旅行……?」

セイバーの顔には疑問符が浮かんでいる。
そうか、旅行ってなんだかわからないのかな?

「セイバー、旅行ってのは『美味しいものを食べに出かける』ことだよ」

ちょっと違うがこの辺は親切心だな。このほうがセイバーも答えやすいだろう。

「むっ、旅行の意味くらい知っています。何故急に旅行なのかがわからなかっただけです。
それに士郎、私の記憶だと『美味しいものを食べに出かける』ことは旅行とは言わないはずですが」

やぶへびッ!

「まったく、いい加減『私=食事』と言う考え方は改めて貰わないと困ります。
第一それは士郎の勘違いだ。私の食事量は適切であるし、他のみんなと比べても至って普通です」

遠坂がひじで俺の横っ腹をつついてくる。
―――何とかしなさいよっ!

「例えば桜の食事量は私とほぼ同等、タイガに比べれば私など半分に値する。
私が大食漢であるなどとは、士郎たちの勘違いであり、全く持ってはなはだ失礼…………」


ピンポーン♪

何処までも続くかと思われたセイバーの説教を止めるチャイムの音。

―――助かったっ。

「あ、さ、桜かなー。そうだ、桜の分も用意してこなくちゃ。あー忙しい忙しい」

遠坂離脱。

「さーて、俺も遠坂の手伝いをしてこようかなー」

「士郎っ」

離脱失敗。

「桜も来た事ですし、いい加減食事にしましょう。私も説教しすぎて疲れました」

と、茶碗を俺に差し出してきた。

「おう、炊き立てだから美味しいぞっ」

俺がご飯をよそっていると、トントントンと小走りに近寄ってくる足音が聞こえる。

「あれー、皆さんまだ食べてなかったんですか?」

「ええ、みんなで旅行の話しをしていたのよ、桜の意見も聞いてみたほうがいいんじゃないかしら」

玄関から桜、キッチンから遠坂が来て全員集合だ。

「ああ、桜はどこか行きたいところはないのか?」

桜は少しだけ迷った後、嬉しそうに答えた。

「えーっと、特にないんですけど。あえて言えば美味しいお食事が食べられるところがいいですね」

「ププッ」

同時に吹きだす俺と遠坂。

「食事で選ぶのはやめてくれよな、セイバーじゃあるまいし」

「なっっ!!」

「ちょっと士郎、いくら桜でもセイバーには勝てないわよ、食事に関しては」

「ななっっ!!」

大笑いする俺と遠坂を尻目に、な、しか言葉が出ないセイバー。

テストの終わった安心感の中、夏休みの計画を練る。
こんな幸せが俺に訪れるなんて思ってもみなかった。


「え?え? みんなで何の話をしてるんですか? あれ、セイバーさんどうしたんですか?」

「ななななな……ふ、二人とも、そこに直りなさーーーーーーいっ」




エピローグ 1


期末テストが終わって早数日。
夏休みを目前に控え、待ちに待ったイベントがやってきたのだ。

そこは普段は人通りも少ない廊下である。
テスト終了後のこの時期だけ、たくさんの人とザワメキで一杯になるのだ。

その日も例に漏れず廊下はざわめきで埋め尽くされていた……


「スゲェーーーーっ!!」

「さっすがっ!!」

「初めて見たよ……!」

「明暗くっきりね、カワイソー……」


聞こえてくるのは賞賛の嵐と幾らかの哀れみ。

「来たぞっ!」

「今日の主役二人だっ!」

主役の登場で新たなるざわめきが巻き起こる。

掲示板に近づくのは四人。遠坂、一成を前列に、俺と美綴が後ろに控える。

「うわっ、何でこんなに注目されてるんだ? 遠坂、アンタ何かやったのかいっ?」

美綴の疑問も最もだ。この注目っぷりはいつにも増して異常である。

俺達が前に進むと、まるでモーゼのように人垣が割れた。
掲示板が目の前に来て、最初に目を通したのは一成だった。

「ふむ、何かやるとは思っていたがこういうことか……」

さして驚くこともなく遠坂のほうを向き直る。

「ふんっ、なによ。悔しがらないのね。
私は、アンタに勝つためにプライドを捨ててまで勉強したっていうのに」

「ふっ、ここまでやられれば、いっそのこと気分がいい。
それにお前が本気になれば、俺には勝ち目はない。それは昔から認めていたことだ」

「なっ!」

「それにしても、よもや全科目満点とは……前代未聞なのは間違いあるまい」

そうだ、今日この日。遠坂は伝説になったのだ。

1.遠坂凛  500点
2.柳洞一成 445点
3.水野蓉子 412点
4.山下一郎 410点
5.佐藤聖  409点……

平均点も過去最低という高難度の期末テストで、一問のミスもないパーフェクトウィン。
隣で遠坂の頑張りを見続けていただけに、俺の感動もひとしおだ。

「おめでとう、遠坂。
衛宮と出会って貴様が強くなったことは間違いないだろう、だが次は負けんぞ」

本心からの言葉だろう、一成は爽やかに言い放ち、握手を求めた。

「ふんっ、アンタに褒められるなんて今日はこれから雪が降るんじゃないの?
―――でも、まあ……私もアンタのことは認めてるんだから」

照れつつもその握手を受けた遠坂。
犬猿の仲と呼ばれた二人の友情の握手に、詰め掛けていたギャラリーからは万感の拍手が巻き起こる。

二人の親友として、俺も一緒に拍手を送る。

「ねえ、衛宮」

「ん、どうした美綴。二人とも認め合って良かったなっ。
―――あ、そういえばお前にとっても大事なテストだったんだな、どうだったんだ?」

「いや、私はバッチリだったよ、やるだけ勉強したしね。
―――とりあえず、ここ見てみ」

ここ、ここ。と美綴は俺を引っ張っていく。

「な、なんだよ、美綴っ。せっかく二人が仲直りしたってのに……ええっ!!


1.遠坂凛  500点
2.柳洞一成 445点
3.水野蓉子 412点
4.山下一郎 410点
5.佐藤聖  409点





尚、以下の者は赤点により再試験を命ずる。
衛宮士郎
(英I、英II、古典)


「アンタね、遠坂の面倒見るのもいいけど、少しは自分のことも考えなさいよ。
―――全く、注目浴びて私も恥ずかしかったじゃないの」

注目?

そして聞こえてくる周りの声。

「ホントみじめよねー、満点と赤点だもん」
「遠坂さんは、赤点男のどこがいいんだろ?」
「明暗くっきりね、かわいそー」

って俺への哀れみがほとんどかよ!!

「衛宮、いくら俺でも同情できんぞ……」

ちょ、ちょっと士郎、アンタ一体何やってんのよーーーーっ!!

ああ二人が赤点欄に気づいちまった。

ええーーっ、なによこれーーーーっ!?赤点者は再試験で落ちたら毎日補習ですって!?
ちょっと士郎、二人で旅行に行く計画ははどうなるのよーっ!!


「バ、バカッ、おま、こんな人がいっぱいいる中で……」


ヒューヒューッ♪
ヒソヒソ。
ザワザワ。


「そんなのいいのっ!!
士郎がわたしに相応しくないなんて思われるの、わたし絶対嫌だからねっ。
そうだ、今日から再試験まで徹夜で勉強よっ、今度はわたしが手伝ってあげるからっ」

遠坂は既に周りが見えていない。
熱くなって突っ走ってしまっている。

「うむ、遠坂よ。衛宮をよろしく頼むぞ」

「ヒューヒュー、お二人さん熱いねー。衛宮、遠坂にやさしく教えてもらいなよー」

そこっ、うるさいっ。
鳴り止まぬ喧騒の中、俺の夏休み旅行計画は、早くも暗礁に乗り上げようとしていた。




エピローグ 2

時刻は夜の12時。
普段ならそろそろ寝ようかという夜まっしぐら。
しかし、ここ衛宮邸の夜はこれからクライマックスを迎えようとしていた。

「凛」

後ろからかけられた声に振り向く。

「あら、セイバーじゃないの。もう12時?」

「はい、交代の時間です」

言いつつ、セイバーは手に持つ竹刀をビュッと振った。
藤村先生から、無念と共に借り受けたという虎竹刀だ。

「セイバー気合入ってるわね、あんまり士郎をいじめちゃダメよ?」

「甘いっ。そんな心構えだから我らがこのような苦労をする羽目になるのです。
凛は士郎に甘すぎます」

「まあまあ、士郎だってがんばってるんだから、ね?」

二人並んで客間に着いた。

「ごめん、セイバー。ドア開けてくれる?」

両手がお盆でふさがっている私はドアを開けることが出来ない。
ガチャリとセイバーに客間のドアを開けて貰う。

「士郎〜。がんばってる?夜食持ってきたわよー」

部屋に入ると二人が机に向かっていた。わたしが数日前まで勉強に励んでいた机だ。

「姉さん。ご苦労様です。
あ、セイバーさんも、もしかしてもう交代の時間ですか?」

「ええ、桜もお疲れ様です。
キリのいいところで終わりにして、あとは私にお任せください」

「まあまあセイバーも少し落ち着きなさいって。
とりあえずお腹空いたでしょ?みんなで少し休憩にしましょう」

わたしは両手に持ったお盆を近くの床に置いた。
お盆の上にはお茶漬けが5人前。もちろんわたしのお手製だ。

「と、遠坂〜。俺って一体いつ寝ればいいんだ?」

「徹夜に決まってます」
「徹夜に決まってるでしょう」
「徹夜……しないとまずいですよ?」

三者三様、ながら同様の受け答え。

わたしは壁に貼り付けれらている一枚の紙を覗き見た。


6〜8  セイバー 英I
8〜10 遠坂   英II
10〜12桜    古典

12〜2 セイバー 英I
2〜4  遠坂   英II
4〜6  桜    古典

―――追試対策スケジュールだった。

時刻はちょうど12時。既に6時間もの間マンツーマントレーニングは続いていたのだ。

「30分なら遅らせても大丈夫よね……」

わたしはマジックを持って、スケジュール表を書き直した。
12時以降のスケジュールを30分遅れに、つまりセイバーの英I講義は12時半からに延期することになった。

「さ、とりあえず一休みしましょ。士郎はもちろん、セイバーも桜もお腹減ったでしょ、人数分作ったから食べてちょうだい」

「凛、人数分と言いますが、この膳の上には5人前ある。まさかこれも私に食べろとは言いませんよね?」

セイバーはからかわれ過ぎて疑心暗鬼になっている、もちろんそんなわけはない、私もそんなに暇じゃないのだ。

「それはね……
―――藤村先生ーーーーーっ!
隠れてないで出てきてくださいっ。 一緒にご飯にしましょう」

すると、ひょっこりと入り口の影から、藤村先生の半身が見えた。

「遠坂さん、いいの? 私が入っても?」

「はい、今は休憩の時間ですので、先生が入っても構いませんよ」

なんと、藤村先生は追試試験の作成者なのだ。
当然、士郎に教えることは出来ないし、勉強中は部屋に入ることも禁じた……もちろんわたしが。

藤村先生は華の咲くような笑顔を見せたと思うと、シュタっと自分の茶碗の前に座った。

箸を持ったと思うと、ガバガバガバーっとお茶漬けを流し込んだ。

「う、う、おねえちゃん、情けないよぅ。
士郎が赤点なんて取ったものだから、恥ずかしくて職員室に入れないのよっ。
しかも担当教科の英語が2教科とも赤点なんて……士郎っ! アンタおねえちゃんを馬鹿にしてるのっ!!」

がばばばばーっとお茶漬け一気。

「まあまあ藤村先生。士郎もがんばってることですし、その辺で勘弁してやってください」

「姉さん、今日はやけに優しいんですね、どうしたんですか」

姉が優しくしていると、どうしたんですか、とは言ってくれるじゃない。

「凛、貴女はシロウに甘すぎる。もう少しビシビシと鍛えないと本人の為になりません」

ビュビュと竹刀を振るうセイバー。

「うぅ、自業自得とはいえ、後輩の桜にまで教えられるとは情けない……」

落ち込みまくりの士郎。そりゃ桜は学年一位だからしょうがないわね。

さて、今回の私のターゲットは桜とセイバー。藤村先生にはそろそろ退場して貰わないと。
その藤村先生は夜食でお腹が膨れたのか、うつらうつらしている。

「藤村先生、士郎の面倒は私たちに任せてお休みしてください。明日も早いんでしょう?」

「そ、そうね、お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃったわ、先に休ませてもらおうかしら」

「俺も眠いんだけど……?」

ビシッ!

「シロウは甘えないっ」

「セイバーさんってスパルタ……」

桜の意見も最もだが、今回はセイバーのスパルタも頼もしい。
なんと言っても、士郎には追試をパスして貰わないとならないのだから。

「じゃあ、申し訳ないけど眠らせて貰うわね、士郎をよろしくお願いします」

藤村先生は出来の悪い弟ををよろしく、と、深々とお辞儀をしてそのまま客間を出て行った。

さて、舞台は整ったかな。

「では、凛、桜、次は私の番です、どうかお引取り願おう」

セイバーは竹刀を構えやる気満々だ。
士郎の赤点に最も怒ったのが何を隠そうセイバーなのだ。生来の生真面目さのせいだろう。

「ちょっと待ったセイバー。一つ私から提案があるんだけど……」

「なんですか?姉さん」

「明日の追試に向けて、私たち3人が一教科ずつ士郎の勉強を見てあげてるのよね?」

「そうですね、それが何か?」

「わたしはね、士郎が追試に落ちると困っちゃうわけなのよ、みんなもそうでしょ?
だーかーらー。自分が担当した教科を士郎が落としたら、わたしたちがペナルティを負うってのはどうかしら?」

「ばっ、ばかっ! それじゃあ、どっちにしろ俺が一番やばいじゃないかっ!?」

ビシッ!

「シロウは黙っていてください。
―――ほほぅ、凛はよほど自信があると見える。確かに私も自分の教科には自信がありますが、他の教科が心配だ。
その挑戦、受けて立ちましょう!」

「私も、先輩の夏休みがなくなったら嫌ですからいいですけど……姉さん、何を企んでるんですか?」

「待てーーーいっ、それは結局俺のところに被害が来るんじゃないのか? ペナルティを受けた人からっ」

「だから士郎はがんばればいいのよ。
大体ね、私たちみんな士郎に付き合って徹夜してるのよ、その辺を勘違いしないで欲しいわね」

「うぅ……はいぃ」

「それで、凛。ペナルティの内容は?」

「そうねぇ。ペナルティはきつい物じゃないと意味がないの。
例えば、士郎の補習が終わるまでの夕食を毎日カップラーメンにするとか」

ピククッ!


「例えば、士郎の補習が終わるまでの間、一緒に料理を作っちゃダメとかー」

ピククッ!


「シロウ……英Iだけは落とすことは許しません。ええ、許しませんとも。
この虎竹刀に血を吸わせる事のないよう、気合を入れていきましょうかっ」

「先輩っ、私がんばりますからっ! なんでもしますから!
―――それでも落としちゃったら、自分を抑えられる自信がありませんけどね……」

「おいっ!お前ら落ち着けっ! 落ち着くんだっ!
冷静にならないと勉強なんて出来ないぞっ!」


「それもそうですね、では冷静に勉強を始めましょう。桜、交代の時間です。今からは英Iに使わせてもらいます」

「はい、セイバーさんがんばってください。全教科合格するのが一番いいんですから、足を引っ張るような真似はしません」

アイツは、一教科だけ合格でよかったら絶対足を引っ張るヤツだ、とわたしは思った。


「そういえば、私とセイバーさんはいいとして、姉さんのペナルティはどうするんですか?」

3人の視線が一斉に私に向く。

みんなの注目が集まった今が頃合ね。ここで発表しておこうかしら。

「そうねぇ。
私も辛くないと意味がないわよねぇ。
―――実は、夏休みになったら士郎と『ふたりっきりで』『美味しいもの食べ歩き』旅行をする約束をしてたのよ。
それを中止にするって事でどう? あぁ、つらいわー」

「ばっ、ばか、こんな所で言うかお前っ!」

「二人っきり……? 先輩、その辺ちょっと詳しく教えてもらいたいんですけど」

「美味しいもの食べ歩き……? 凛と二人でですか、そうですか、二人きりですか……」


「だからお前ら、落ち着けって。冷静になろう、話し合えばわかるはずだっ!」

「じゃあ士郎、2時間後に来るから。がんばってねっ」

極上の笑顔と共に客間を後にする。

「ちょっと待てーーっ、遠坂、こんな所で仕返しするなんてずるいぞっ。
俺をこの状況に置いていくなー」

「失礼ね、仕返しなんて考えてないわ、ほんの少ししか。
―――ほらほら二人とも、互いの足を引っ張ってるとペナルティが待ってるわよ。
とりあえず何が最優先事項か、考えなさいよぉ」

「くっ、姉さん考えましたね。これじゃあ先輩に迂闊に手を出せません」

「サクラ、とりあえず2時間は私の時間です。お互いのためにお引取りを」

二人の声を背にわたしは客間から離れた。

「我ながらナイスアイディア。
士郎のやる気を促し、桜とセイバーペナルティで本気にさせる」

ふふっ、昨日、乙女に恥をかかせた罰なんだから。

ビシッ、ビシッ、と竹刀の音が響く中、わたしは一人満足げに仮眠につくのだった。


後書き

つ、疲れた……
久しぶりのFateSSいかがだったでしょうか?

前作「もうひとりの凛」から一変して、ほのぼの+ギャグです。
「もう一人の凛」が私にとってあまりに出来すぎたので、次回作を出すのが少し嫌でした。
そんな中、2ヵ月半もの期間を置いてようやく書き上げたのが今回の『夏休みの前の物語』です。

書いている間は、イマイチつまらないかなー、と思っていたのですが、書き終わって全部読み直すと中々満足できました。
作者としては楽しんで書けました。皆さんも楽しんでもらえたら、私としても嬉しいですね。

さて、今回は士郎たちの期末テストを描いてみました。
「期末テストはこんなんじゃなーい」
とか言わないでくださいね。その辺は私にとってはるか昔の出来事なので、今とは時代背景が違う可能性大です。


というわけで今回の後書きはこの辺で。
機会があったら一度は追加・修正をしたいと思っています。

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