>春が大好きっトップ>Fate/stay night ファンページ>FateSSページ>「届いた心」5
遠坂先輩に連れられたのは道場だった。
小さいけど、よく手入れされている立派な道場だ。
入り口に近づくにつれて竹刀を弾く音が響き渡る。
「誰かが……打ち合ってるのか?」
剣道部の俺にとってはなにより慣れ親しんだ音だった。
「もちろん士郎よ」
そう言って遠坂先輩は道場に足を踏み入れた。
続いて俺も中を覗き込んだ―――その時。
もんどりうって弾き飛ばされるエミヤシロウが目に入った。
体ごと壁に叩きつけられるエミヤシロウ。
まるで交通事故にでも遭ったかのような派手な吹っ飛ばされ方に、俺はヤツが死んだんじゃないかと思った。
少なくとも病院行きだ。骨の何本かは折れただろう。
しかし、遠坂先輩はその様を見てもピクリともしなかった。
そしてエミヤシロウも―――。
「士郎。大丈夫?」
「ん、あいててて。大丈夫だ。
くっそー、もうちょっとだったんだけどなー」
なんと、エミヤシロウは顔を上げたかと思うと、何事もなかったかのように立ち上がった。
「惜しかったですよ、シロウ。もう少しでしたね」
そして、もっと驚いたのはエミヤシロウの対面に構える少女だった。
構えた竹刀を下ろし、スッと息を吐く。
年の功はどう見ても15〜6、細い腕に華奢な体、竹刀を持つ姿とは相容れないスカート。
そして、誰もが目を引く美しい金色の髪。
状況から察するに、エミヤシロウを吹っ飛ばしたのはこの少女だ。
金髪の少女がこちらをチラッと見る。
―――ドキリとするほどの美人だった。
それでこちらに気がついたのか、エミヤシロウが俺と遠坂先輩の方を振り向いた。
エミヤシロウは額の汗を拭いながら、爽やかな笑顔で話しかけてきた。
「よかった。目が覚めたんだな。
やりすぎたかと思って心配してたんだ。遠坂…手間かけさせてすまなかったな」
遠坂先輩は「いいっていいって」と手を振って返事をした。
俺は道場の中に一歩だけ足を踏み入れると、まずは深々と頭を下げた。
「わざわざ手当てまでしてくれた事には礼を言います。ただ、なんで俺を助けたんですか?」
向こうから見れば、俺は一方的に喧嘩を売ってきた暴漢にも等しい。
俺はまずその理由が聞きたかった。
「だって―――なんで俺を恨んでいるのか、まだ聞いてなかったから」
そ、そんなことで……?
そんな理由で敵である俺を助けたのか?
「そんなの、いつもの通りわたしに対する嫉妬じゃないの?」
「それは違う。何故ならコイツの瞳には遠坂の事は映っていなかった。
だから気になったのさ」
それは……もちろんだ。俺の興味は遠坂先輩にはない。
「俺は―――」
意を決して全てを話そうと思った瞬間、外から突然の来訪者が訪れた。
「ただ今帰りました。
先輩。今日の夕食は何にしましょうか? 私が一人で作っちゃってもい…
え―――さ、沢村君!?」
「間桐?」
「ああ、桜お帰り。どうしたんだ、こいつと知り合いだったのか?」
「…は、はい。同じクラスの沢村君です…どうしてここに……?」
タイミングがいいのか悪いのか。まさかこんな所で間桐に遭うとは思わなかった。
エミヤシロウの家に通ってるっての本当だったんだな……。
「そうか、桜のクラスメイトだったのか……ん? 何で俺が桜のクラスメイトに恨まれなきゃならないんだ?」
「ちょ! アンタ本気でそんな事言ってるの?」
「む、俺はいつだって本気だぞ。遠坂ファンに恨まれるのは分かるが、何で桜のクラスメイトに……」
俺のやってる事は、間桐にとってみれば余計な事なのかもしれない。
彼女は悲しむかもしれない。
俺は嫌われるかもしれない。
―――でも俺は間違ってない。
例え俺が嫌われたとしても、ここで間桐をエミヤシロウから開放するんだ。
そう、間桐がこれからもずっと笑顔でいられるように。
俺は一歩前に出る。
そしてエミヤシロウの目の前に立つと、胸を張って本音を説いた。
「エミヤ先輩。
いい加減、間桐を解放してあげてください。
アナタには遠坂先輩がいるんでしょう? なら、いつまでも間桐を縛り付けておく権利はないはずだ」
「沢村君!それは違っ……せ、先輩?」
おろおろする間桐とは逆に、エミヤシロウはきょとんした顔をしたかと思うと、次の瞬間口を固く結び俺の目を真っ直ぐに見て答えた。
「―――ダメだ。
もちろん、桜が自分の意思で俺の傍を離れていくのなら仕方がない。
しかし、桜がこの家に残っている限り、俺は命を懸けて桜を守らなければならない。
桜は俺にとって家族の一員だから」
守る?守るって言ったのか、今?
この平和な日本で?守る?
「守るって何から?
俺にはアンタが言っている意味が分からない」
「わかってもらう必要はないさ。
ただ、俺は桜を守りたい―――それだけだ。
でも……そうだな。
もしお前が俺よりも強いのなら、その役目を譲ってやってもいい」
「ちょ!士郎!?」
「大丈夫だ、遠坂。俺は負けるつもりはない。
桜も……。
言っただろう? お前は俺が守るって」
「その言葉に…二言はありませんよね?」
「ああ、もちろんだ。
セイバー、こいつにも竹刀を渡してやってくれ」
エミヤシロウの隣に控えていた金髪の少女は、その指示を受けて俺に向かってポンッと竹刀を投げてよこした。
「ちょっと待ってくれ。俺はこれでも剣道部の主将だ。素人相手に剣を振るう事は出来ない」
「それなら問題はない。
なぜなら、俺も―――剣が専門なのだから」
言うが早いか、エミヤシロウは竹刀を構え、こちらに正対をした。
基本どおりの正眼の構え。しかし、構えに隙がない。
コイツかなり出来る!
だが、剣道部が剣の勝負で後れを取るわけにはいかない。
俺は、目の前に構えるエミヤシロウに向け竹刀を向け、フッと息を溜めた。
「―――俺は間違ってない。アンタを倒して間桐を開放する!」