>春が大好きっトップ>Fate/stay night ファンページ>FateSSページ>「届いた心」4
エミヤシロウか。
間桐があれだけ慕うから、どれだけの男かと思えば……。
遠坂先輩との仲は噂で知っている。
恋人通しなのだから、別にどこでベタベタしようが構わない。
―――ただ、間桐の気持ちはどうなる?
あの男を一途に思う間桐の気持ちはどこへ行く?
ヤツが間桐の気持ちを知って踏みにじっているのなら、俺はあの男を許さない。
それとも…。
間桐はあの男と遠坂先輩の仲を知っているのだろうか?
知っていて、それでもエミヤに縛られているのだろうか?
俺にはそこまでは分からない。
間桐が何を望むのかも分からない。
だから自分が間違っていないと信じて進むだけだ。
「来た」
目の前に現れたのは男女二人。昼休みに屋上で見かけたエミヤシロウと遠坂先輩だ。
二人は俺の姿に気づき、目の前まで歩み寄ってきた。
「この手紙を出したのはお前か?」
「そうだ。俺は2年B組沢村剣二。アンタ、なんで女を連れてきたんだ?」
「こいつは関係ない。ただの付き添いだ。
それより遠坂―――どうだ?」
「うん、これっぽっちも感じないわね。完ッ璧な素人ね。やっぱり士郎に任せるわ」
なにやら二人でわけの分からない相談をしている。
けんかを売られて女を連れてくる辺り舐められているのか…。
「何を二人で相談している!
手紙は読んだんだろう? ならばやる事は一つだけのはずだ」
「待て。俺からも二つ質問がある」
エミヤシロウは、遠坂先輩を下がらせると俺に問いかけ始めた。
「まず、お前は何で俺に果し状なんて送ったんだ? 悪いが俺はお前のことは知らない。だから理由も分からない」
「俺はお前を許さない。
その横っ面に一発入れてやらなきゃ気がすまないから呼び出した」
「む。じゃあ二つ目に、お前剣道部だろう?
なんでそのバッグに刺さっている竹刀を使わないんだ?」
「お前が素手で、剣道部の俺が竹刀じゃフェアじゃない。それだけだ」
「そうか。俺が恨まれているのは大体分かった。
でも俺は無用な喧嘩はしたくない。諦めてもらうわけにはいかないのか?」
「今更怖気づいたのか!? 問答無用だ、行くぞっ」
宣戦布告は行った。これ以上待ってやる義理はない。
この状況でも余裕のあるエミヤの態度が気になったが、俺は一気に間合いを詰めてヤツの左頬に右ストレートをお見舞いした。
―――たとえ避けても何発でも打ち続けてやるっ。
そう思って放った大振りの一撃だったのだが……。
バキッ、と竹刀が叩き折られるような音を残し、エミヤの右頬に見事にぶち当たった。
―――手ごたえ十分。
「ちょ、士郎!」
俺とエミヤの体重差を考えれば、ヤツは地面に吹き飛ばされるはず…。
しかし、予想とは違いエミヤは倒れなかった。
それどころか、顔で拳を受け止めているかのように仁王立ちしてこちらを見ている。
「士郎! アンタなんで避けないのよ!」
後方で見ていた遠坂先輩の金切り声が響く。
「俺の横っ面に一発入れれば満足するらしいから。
これで気が済んだだろう?」
気がすむ?
「アンタバカァ? そんな理由でわざわざパンチ貰うバカがどこにいるのよ!」
「む、バカとは失礼な。
このくらいのパンチならちょっと痛いだけだ。それですむならそれに越したことはないだろ」
ちょっと痛い?
「アンタねー、正々堂々と果し状まで持ってきてる人にそれは失礼……って後ろっ!」
「ちょっと痛いだとっ、舐めるなっ!」
俺はそのままの勢いで返しの左ストレートをお見舞いした。
エミヤは後ろの遠坂先輩の方を向いていて隙だらけだ。
今度こそぶっ飛ばす―――!
しかし次の瞬間、俺の左ストレートは空を切り、代わりにエミヤの右ストレートがクロスカウンターで炸裂していた。
「しまった。つい反応しちまった!」
「ちょっと士郎! ちゃんと手加減したんでしょうね?」
「マズイ、つい本気で……」
「アンタ、この子殺す気……」
二人が何か大声で叫んでいるけどもう聞き取れない。
俺の意識は暗い闇の中に沈んでいった。
―――アイツ、最近よく笑うようになったな。
彼女を初めて見たのは入学式の日だった。
―――第一印象は陰気な女。
教室の隅で一人じっとしている、そんな印象の女の子だった。
「おい、アイツ可愛いよな」
「スゲェ美人〜」
「付き合ってるヤツいるのかよ?」
同じクラスどころか、隣のクラスにまで噂になるほど彼女は美人だった。
ただ、そんな風に騒ぎ立てていた奴らでさえ1ヶ月もすれば彼女の周りには近づかなくなる。
彼女は誰に話しかけられても何の反応も示さなかったのだ。
「ええ」とか「はい」とか、返事は全て生返事ばかり。男たちは次第に彼女の周りに近づかなくなっていった。
そして、彼女はまた一人ぽっちに戻る。
俺はそれを眺めながらふと思った。
―――コイツ、笑うとどんな顔するんだろう?
春が終わりを告げる頃、弓道部に入ったと聞いた。兄がいるらしい。
部活動を始めて少しでも彼女に友達が出来ればいいと思った。
俺はまだ笑顔の彼女を見たことがなかったから。
夏。
俺は剣道部のエースになっていた。
どの先輩も俺には敵わなかった。1年生ながら県大会に出場した。いきなり3位になった。
俺の名は、天才剣士として学校中に知れ渡った。
ラブレターもたくさん貰った。
だけど俺は全てを断った。別に女に興味がないわけじゃない。ただ……なんとなく付き合う気が起きなかっただけだ。
秋。
初めて彼女の笑顔を見た。
朝錬のために武道場に向かった。その途中で弓道場を覗くと、笑顔の彼女がいた。
それは笑顔と言うには程遠い小さな笑みだったのかもしれない。
でも確かに笑っていた。
とても―――嬉しかった。
冬。
彼女は教室でも少しずつ笑顔を見せるようになっていた。
弓道部で好きな男でも出来たのかもしれない。
それでも良かった。
彼女が笑えるようになったのなら、俺はその男に感謝したい。
願わくば、彼女にはこのままずっと笑顔でいてもらいたかった。
2度目の春。
彼女はまばゆいばかりの笑顔を見せるようになっていた。
俺は彼女とまた同じクラスになった。
一年間、またあの笑顔を見れると思うと嬉しかった。
だから、その笑顔を壊すヤツを俺は許せなかった。
彼女と話した事は一度もない。
彼女の事が好きというわけでもなかった。
ただ、彼女がようやく取り戻せた笑顔を見ているのが好きだったのだ。
―――だから、俺はエミヤシロウを許せなかった。
なんだ、簡単な事じゃないか。
俺は、エミヤシロウという存在に嫉妬をしていただけなのだ。
目の前は真っ暗で、頭がひんやりとしている。
左の頬が少し痛かった。
「う……ん…」
頭を動かす。
目の前から何かがポトリと落ちた。
「あら、目が覚めたのね」
濡れタオルから開放された視界に、真っ先に飛び込んできたのは真っ赤な空だった。
正面には見慣れない天井。
左手には窓があり、赤く差し込む光が今は夕方だと告げている。
「具合はどう? 病院行かなくても大丈夫かしら?」
段々と意識が覚醒していく。
ここは何処かの居間で、右手には俺を看病していてくれたのか遠坂先輩がいた。
「ここは…?」
遠坂先輩は畳に落ちた濡れタオルを拾いながら答えた。
「士郎の家」
遠坂先輩は簡潔に答えのみを返事すると、拾った濡れタオルを持って台所の方へ行ってしまった。
「俺は……? どうしてここに?」
「アナタ気絶しちゃったのよ。あのままアソコに寝かせておくわけにはいかないでしょ」
台所から返事がする。
遠坂先輩は、タオルを再び濡らすとこちらに戻ってきた。
「わたしは、いきなり喧嘩を吹っかけてきたヤツなんて放っておけって言ったんだけどね。
はい、腫れてる所に当てるといいわよ」
そう言って俺に濡れタオルを渡してくれた。
言われて初めて俺は左の頬が腫れ上がってる事に気づいた。
冷たいタオルを重ねるとひんやりと気持ちよかった。
「一つ…聞いてもいいですか?」
「ん? 答えられる事だったらね」
「遠坂先輩って、もてるんですよね?」
「そりゃあねぇ〜、平均よりはもてるんじゃないの。」
「じゃあなんで、エミヤ、シ…先輩なんですか?」
遠坂先輩の事はそれほど興味がなかった。
俺はただ、間桐はなぜエミヤシロウを選んだのか、それが知りたい。
「そう、やっぱり外から見たら士郎ってそう見えるのね。
確かに、勉強はソコソコだし、部活も止めてバイト三昧、背もそれほど高くないし。
―――あら、考えてみると士郎っていい所ないじゃない」
アハハっ、と笑う遠坂先輩は、何故か嬉しそうだった。
「でもね、アイツはそんなのよりもずっと魅力的なモノを持ってるのよ。
それこそ凡百の男どもが100人束になっても敵わないほどの、ね」
遠坂先輩はそこまで言い終わるとスクっと立ち上がりった。
「体が動くなら着いて来て。士郎がアナタの100倍努力してるって見せてあげるわ」
そう言うと、遠坂先輩は居間から出て行ってしまった。
俺は慌てて立ち上がると、急いで先輩の後を追った。
見てみたかった。
遠坂先輩にあれほど言わせる魅力ってヤツを。
そして、間桐の笑顔を取り戻したエミヤシロウという男を。