春が大好きっトップFate/stay night ファンページFateSSページ>「届いた心」2


ひんやりと涼しいコンクリートの上。
そこに寝転がって空を見上げる。

見上げた空を流れる雲の流れが、風を連想させて気持ちいい。

「いい天気だ」

まだ日差しには暑さが残っているけど、日陰に入れば十分涼しい。

俺は昼休みの間、ここでこうして寝転がるのが好きだった。

今日はいつにもまして静かで、昼食の喧騒もここまでは聞こえてこない。

「このまま午後の授業もサボっちまおうかな……」

そんな不穏な事を考えていると、体育館脇の曲がり角から聞き慣れない声が耳に入ってきた。

そもそも、こんな体育館裏に人が来ること自体が珍しい。
しかも、聞こえてくるその声は怒鳴り声であり、この爽やかな天気に似つかない不穏な雰囲気を放っている。

「…喧嘩か?」

生来の格闘家の血が騒ぐ。

俺はむしろ喧嘩であってくれと、ワクワクしながら曲がり角の先を覗き込んだ。




「調子に乗ってんじゃねーよ!」

目の前には後ろ姿の男が一人、こちらを向いている女が一人。
わめき散らしているのは男の方だった。


「ごめんなさいだぁ〜? 俺の誘いを断るなんてお高く止まってんじゃねーってんだ!」

「そ、そんな。 お高くなんて……、ただ私は誰とも付き合うつもりはないと」

女の方は男の語気に気圧されながらも必死で理解を求めているように見えた。

「あれは……もしかして間桐か?」

その必死な顔には見覚えがあった。
俺にとってはクラスメイトで、ちょっとだけ特別な女性。間桐桜。

男の方はこちらからは顔が見えない。
が、相当興奮しているのは雰囲気で分かった。間桐に罵声を浴びせながら無意識に近づいている。

「状況から察するに……あの男が間桐に振られて逆ギレしてるってところかな」

男の方はますますヒートアップして、間桐に罵声を浴びせ続ける。
間桐はピクリともせず、俯いてその罵声に耐え続けていた。

「知ってるぞ!
お前、3年のエミヤってやつの事好きなんだろ!」

―――ピクッ。

それまで黙って罵声に耐え続けていた間桐が初めて反応した。

「エミヤって言えば、あの遠坂先輩と付き合ってるんだろ?
そんなヤツ好きになっても、お前だって振られるのが関の山じゃねーか?」

「……止めてください」

間桐は俯いたまま消え入るような声で反論した。

「ああぁん?
お前だって惨めに振られちまえばいいんだよっ!
そうすりゃいつまでもお高く止まってられねーだろうが」

「―――止めてください」

「第一、あのエミヤってヤツのどこがいいんだぁ?
別にカッコよくもねーし、勉強だってスポーツだって出来ねーんだろ?
そんな何のとりえもないヤツが遠坂先輩みたいな美人を彼女にしたからって調子に乗ってんのが気にくわねーんだよ!」

その言葉を言った瞬間、間桐は涙を溜めた瞳で男をキッと見上げた。

「先輩の事、何も知らないくせに悪く言うのは止めてください!」

はっきりとした口調で言い切る―――。
それは、この体育館裏で間桐が初めて見せた自らの意思だった。

決して譲れないものがある、と。

間桐の強い意志が言わせた本心からの言葉だった。

そして、俺が間桐と同じクラスになって1年半、初めて見た怒りだった。

男は間桐の強い意志に一瞬ひるんだようだったが、すぐに怒りを取り戻しギリッと唇をかんだ。

「調子に乗ってんじゃ……ねーよ!」

無抵抗に罵声を受けていた間桐の思わぬ反論に我を忘れた男は、目の前の間桐に向けて手加減なしの平手を振り下ろした。

「きゃ!」

が、間桐の顔に向けて振り下ろされるはずだった平手は直前で押し止められ、我に返った男は驚きの声を上げた。

「な、なんだ!てめー!」

俺は間桐に当たる直前に掴んだ男の右手をギリリとねじ上げ、男の体ごと投げ飛ばした。

「がはっ!」

地面に仰向けに投げ飛ばされる男。
下は柔らかな地面とはいえ、もちろん手加減はしてある。

「女に手を出して何やってんだお前」

「な、なんだよ、てめーは! てめーには関係ないだろ!」

関係?関係ならあるさ。

「女が殴られようとしてたなら、止めないワケにはいかないだろ?
それに間桐は一応クラスメイトだ」

「だからって投げ飛ばしていいと思ってんのか!
それになんでこんな人気のないところにいんだよ、てめー!」

男は仰向けの体勢からようやく立ち上がった。
手加減はしたつもりだったが、相当な衝撃があったのだろう。まだ腰を抑えている。

「偶然通りかかっただけだ。
それよりグダグダ言ってる暇があったらかかって来い! 俺は女に手を上げるお前にムカついてんだよ!」

そういって俺は構えを取る。
出来れば喧嘩はしたくないが、俺は、女に、そして間桐に手を上げようとしたこの男に心底ムカついていた。

「ひぃ!
お前なんかとまともに喧嘩して勝てるわけねぇだろ……」

男はみっともなく立ち上がると、そのまま後ずさりして逃げ出してしまった。

この空間に残されたのは二人。
俺は振り返ると、こちらを向いている間桐に声をかけた。

「大丈夫か?」

間桐は、少し俯いてペコリとお辞儀をした。
心なしか、少し頬が赤くなっているような気がする。照れているのか。

「あの、ありがとうございました。
……沢村君、 ですよね?」

「ああ、覚えていてくれたのか。
まあ、去年も今年も同じクラスだしな。
ただ間桐は男と話したりしないから、俺の事なんか知らないと思ってたよ」

「……」

それは本当の事だった。
俺は1年、2年と間桐と同じクラスだったのだが、彼女がクラスの男と積極的に話しているのを見たことがない。

というよりも、1年の頃は無口でほとんど誰とも口を利かなかったくらいだ。
2年になって性格的にかなり明るくなったが、それでも男とはあまり話はしていなかった筈である。

だからこそ、先ほど間桐が声を張り上げて怒ったのには驚いた。
彼女があれほど自己主張することは今までなかったのだから。

俺は、彼女があれだけ執着されているエミヤという先輩に嫉妬を覚えていた。

「―――エミヤって先輩がそんなにいいのかい?」

俺にしてみれば、軽い気持ちから出た言葉だった。だが彼女にとっては軽くはなかったようだ。
先ほどと同じように、キッと顔を見上げて、強い口調で言い放ってきた。

「何でみんな先輩のことを悪く言うんですか?
先輩の事、何も知らないくせにバカにするのはやめてください!」

「と、と。
悪い。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ少し気になっただけだから」

一瞬で熱くなった間桐に、少しビックリした俺は慌てて言い繕った。

「あ、こ、こちらこそごめんなさい。
助けてもらったのに大声なんか出しちゃって……。
―――私、教室に戻ります。ありがとうございました」

間桐はもう一度大きくお辞儀をすると、そのまま去っていってしまった。

「やれやれ。どうやら本当のようだな……」

間桐が3年のエミヤという先輩を好きなんじゃないか、という噂は2年生なら誰もが知ってる。

曰く、毎朝一緒に登校している、だとか。
曰く、毎日、エミヤの家に朝食を作りに行ってる、だとか。

さらには、エミヤの家によく泊まっている、なんて眉唾物の噂もある。

「エミヤシロウね……」

時計を見ると、針は12時半を指そうかというところだった。

「よしっ!」

善は急げ。俺は3年生の教室に向けて走り始めていた。




俺は程なく3-Bの教室に辿り着いた。

まだ昼休みの真っ最中の教室は慌しい雰囲気に包まれている。それは3年の教室といえども違いはない。

俺は正面から3−Bの教室に足を踏み入れた。

教室に残っていた3年生は、初めて見る2年生に警戒の色を示したが、俺にとってはそんな事はどうでもいい。

俺は自分が正しいと思った事については、常に自信を持って行動してきた。
今回だって別にやましい事は何もない。
まっすぐに3−Bを訪問して、エミヤシロウと話をして帰るつもりだ。

教室には15人ぐらいの生徒が残って昼食後の歓談をしていた。

俺はエミヤシロウを探してキョロキョロとあたりを見渡す。

「ん?」

……考えてみれば、俺はエミヤシロウの顔を知らないのだった。

あの校内一の美女、遠坂先輩の彼氏ということで噂だけは毎日聞いていたのだが…。


「うちのクラスに何か用か?」

教室に入り込んでキョロキョロしている下級生に不信感を覚えたのか、はたまた親切心からか一人の男の先輩が声をかけてきた。

端正な顔立ちと真面目そうなメガネ。
この人のことは知っている、元生徒会長だ。エミヤシロウと逆で名前は知らないけど。

「エミヤシロウ、という先輩の席はどこですか?」

俺はストレートに聞いてみた。

生徒会長はその言葉を聴くと、窓際の席まで歩き腰を下ろした。

そしてその席の後ろの机をコンコンと叩いて「衛宮の席はここだ」と教えてくれた。

状況から鑑みるに、生徒会長が座っている席が自分の席で、その後ろがエミヤシロウの席なのだろう。

「それで、エミヤ先輩は今どこに?」

「今は屋上に行っている」

その質問は禁句だったのか、生徒会長は少しブスッとして答えた。

「?」

すると横の席に座っていた一人の女の先輩が声をかけてきた。

「ぷっ。
そいつはさー。遠坂に衛宮をとられてむくれてるのさ」

「な、何を言うかたわけがっ!俺はただ肉分の不足している自分の弁当の心配をしているだけだ。
そもそもその言い方ではまるで俺が遠坂に嫉妬……」

「はいはい、わかったわかった。から揚げぐらいなら今度からあたしのを分けてあげるから、ひがまないひがまない」

「美綴っ! 誰がひがんでいるというのだ!その言葉は聞き捨てなら……」

「はいはい。
あ、君。衛宮は遠坂と一緒に屋上で弁当を食べてるから大いに邪魔してきてくれたまえ」

女の先輩はクックッと楽しそうに笑うと屋上を指差した。

屋上にいると言うのなら会いに行くまでだ。
まだ昼休みは残っている。

「お世話になりました。
―――失礼します」

俺は世話になった二人の先輩に礼を言って3−Bの教室を後にした。









遠坂が、まだ夏の暑さの残る屋上で昼食をとろうと提案してきた時は少し驚いたが、日陰に入れば十分涼しい事がわかった。

元々俺はエアコンの人工的な涼しさというものは余り好きではない。

ひんやりと冷たいコンクリートに座って昼飯を食べるのもたまには良かった。


いつものように遠坂と二人並んで昼食を食べた後、俺たち二人はボーっと空を見上げていた。

「ねぇ……涼しいでしょ、ここ?」

「ああ、日陰に入れば気持ちいいな。気に入ったよ」

「初めて士郎と会った頃は凍えながらお昼を食べていたのにね」

「ああ、あれから半年経ったんだ、って実感できるよな」

「聖杯戦争の後も、色々あったよね……」

「ああ、色々あったな」

空を見上げてボーっとしてる俺に、遠坂はいきなり腕を絡めてきた。

「ば、ばかっ! あんまりべたべたするなよな」

「暑苦しい?」

「そ、そんな事はないけどさ。
ただ、誰が見ているか分からないから」

「大丈夫よ。こんな暑い日に屋上に来る物好きなんて……」

「……いるみたいだな」

たった今、屋上の扉を開けて一人生徒が入ってきた。

「右後方45度、男が一人、殺気を感じる。
遠坂、お前の方から何か見えるか」

刺客の可能性は低いが、無論油断は出来ない。

「安心して、魔力は感じないから。完璧一分の疑いもなく一般人ね」

遠坂は一瞬だけ動きを止めて魔力探知を行った後、再び俺の腕に絡み付いてきた。

「お、おい! 魔力を感じなくても殺気を感じるぞ、敵じゃないのか?」

「バッカねー。
私と士郎がこんな風にベタベタしてて殺気立ってるのなら理由は一つでしょ?」

そう言うが早いか、遠坂は益々俺の体に密着してくる。
うわ、だから胸を押し付けるなお前!

「お、おい! あんまりくっつくなって言ってるだろ!
―――あ、殺気が膨らんだ」

「あはは、やっぱりねー」

くそぅ、人事だと思いやがって…。
恨まれるのは全部俺の方なんだぞっ。

そんな事をしているうちに、その気配はスッと校舎の中に消えていった。

「あらつまんないー。もっと見せ付けてやろうと思ったのに」

「……お前絶対わざとだろ?」

「あったり前でしょ。私にだってちゃんと計画があるんだから。
こうしてしっかりと見せ付けておかないと……」

「おかないと……なんだよ?」

遠坂は髪をかき上げて、少しだけ頬を赤くした。

「悔しいから教えてあげない」

「なんだそれ」

「ふふ、いいのいいの。
さ、教室に戻りましょ。そろそろお昼休みも終わるわよ」

時計を見るともうすぐ予鈴のなる時間だった。
先ほどの殺気は気になったが、遠坂と付き合っていくのにはこれくらいの嫉妬はよくあることだ。

俺は「いつものことだ」と自分を納得させて教室に戻った。

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