春が大好きっトップFate/stay night ファンページFateSSページ>「届いた心」1



―――このまま、時が止まってしまえばいいのに……。



私の以前住んでいた世界は暗くて冷たくて、それこそモノクロのトーンを貼り付けたような無味無色の世界だった。


生きる事がこんなに楽しいなんて思いもよらなかった。

明日を待ち遠しいと思う気持ちがあるなんて知らなかった。

世界がこんなにも明るく、そして温かいなんて気づかなかった―――。


大切な人に囲まれて、今、私は幸せというものを実感できる。
目の前に広がる世界は明るくて温かくて、全てがキラキラと光り輝く宝石だった。

大好きな先輩と姉さん。

もし、二人を失っても、この世界は私を温かく包んでくれるのだろうか?

胸がチクリと痛んだ。

失いたくない。

この温かな世界も、大切な二人も、そして今の生活も―――。



だから私は願う。

願っても願っても叶うはずもないこの願いを。



―――このまま、時が止まってしまえばいいのに……。





FateSS第7弾 
『届いた心』






「…………ら」


「……くら。桜!」


ハッとして顔を上げる。
先輩の声だ。

目の前には通いなれた通学路。
慌てて後ろを振り返ると、そこには私の大事な二人、先輩と姉さんが並んでいた。

「いくら車通りが少ないとは言え、ボーっとしてると危ないぞ」

先輩はそう言いながら少し先行してしまった私に早足で追いついた。

「あら、士郎がそんなことを言っても説得力ゼロよ。
アンタ、あれだけの大事故を起こしてるんだから。」

姉さんも私と先輩の横に並び、意地悪そうな笑みを浮かべながら先輩の脇を肘でつついている。

「と、遠坂っ! あれは元はと言えばお前の不注意でっ。俺はお前を助けようと……」

「あ〜ら、そうだったかしらぁ? でも実際に心配して心を痛めたのはわたしたちだもんね、桜」

「はい。もうあんな無茶は止めてくださいね、先輩。
私、先輩が目を覚まさなかったら……と思うと夜も寝れなかったんですから」

「くっ……そ、それは確かに済まなかったと思ってるけど。でも!遠坂を助けるためにはああするしかなかったんだよ」

「ふ〜ん、本当にそうかしら?とっさに結界を張るとか、重力をコントロールして衝突の衝撃を消すとか。
魔術師ならいくらでも手はあるでしょう?」

ああするしかなかった、という先輩の反論にピンと来たのか、
「アンタも魔術師ならもっとスマートに助けなさいよねフンっ」と言外に含めつつ、姉さんは意地悪な笑みを浮かべた。

「姉さん、それは先輩の才能では果てしなく遠い領域なのでは……?」

「うん、そりゃそうよね。知ってて言ったんだもん♪」

「姉さん、余り先輩を苛めないであげてくださいね」

「お、お前らなぁ……」

がっくりと肩を落とす先輩と、上機嫌の姉さん。

―――姉さんは先輩をからかうのが好きだ。

それはもちろん本気で苛めているわけではなく、愛情の裏返しなんだと思う。

先輩も、それを分かっているのか、まんざらでもない様子だ。


私はそんな二人を見ているのが好きだった。


立場的には私と姉さんはライバルであり(現時点では姉さんの方が一歩も二歩もリードしているけど)、もちろん私だって先輩の事を諦めてはいない。

ただ、近い将来もし私の希望が叶って先輩が私のほうを振り向いてくれたとしても、あの二人が今のように仲良く話せない未来は欲しくなかった。

こんな事を考えていると、負けを認めたようで嫌だったけど、本当にそう思ってしまったのだからしょうがない。


―――私は幸せそうな二人を見ているのが好きなのだから。


そんな事を考えていると、いつの間にか目の前には校門が迫っていた。
今日は久しぶりに朝練がない遅い時間帯だけに、校門前は生徒たちで混雑している。

ガヤガヤと騒がしい校門を3人で抜けると、なにやらたくさんの視線を感じる。

「……なんか、今日はいつもよりも視線を感じるわね」

「あぁほら、今日は桜も一緒だし。いつもより目立つんだろうな」

「そっかそっか、そう言うことね。まぁいずれにせよ恨まれるのは士郎だから問題ないか。
アンタ、後ろから刺されないように帰り道は気をつけなさいよ〜」

二ヒヒと笑う姉さんを尻目に、先輩はちょっと恨めしそうだった。


私は正直ビックリしていた。
予想以上に注目されているのもそうだけど、それに慣れきっている先輩と姉さんに。

今や先輩と姉さんは学校で一番有名なカップルだ。
二人がどこでで何をしても常に注目を浴びるし、このくらいの視線はいつものことなのだろう。

そんな事を考えていると、また胸がチクリと痛んだ。

「自分で考えて、自分で落ち込んでれば世話ないよね……」

ホント、なにやってんだろ……。

「ん?何か言ったか桜?」

ボソリと呟いた私の言葉のかけらが聞こえたのか、先輩は私の横に回りこんで声をかけてきた。

「いえ、何でもありませんよ、先輩。
それより今日の夕食はどうしましょう? 私が作っちゃってもいいんですよね?」

「それだ!
遠坂に何か仕返ししてやろうと思ってたんだが、今日の夕食はアイツの苦手なアレでいこう!」

「ま、まさか。 アレですか?
姉さん本気で嫌がりますよ? せっかく作っても食べてくれないんじゃあ……」

「なーに、アイツの負けず嫌いは世界一だ。
ちょこちょこっとプライドをくすぐれば絶対喰らいついてくるさ」

さすが先輩だ。姉さんの性格を完璧に掴んでいる。
確かに姉さんの負けず嫌いは相当なものだ。先輩がちょっと挑発すればきっと乗ってくるだろう。

ただ、現状での最大の問題は先輩の後ろで青筋を立てている姉さんに、先輩が全く気づいていない事であって……。

「あ〜ら、衛宮君? わたしのプライドがどうしたって?
よく聞こえなかったから詳しく教えてもらえるかしら?」

「と、遠坂っ!いつの間に俺の後ろに!?
というか、聞こえなかったのに何で怒ってるんだよ!?」

「別に怒ってなんかないわ。ほらその証拠に。」

そう言うや否や姉さんは腕を先輩の腕に絡ませて抱きかかった。

「バッ!バッカ! おま、お前なにすんだーっ!」

「ああん、いいじゃない士郎〜。みんなに見せ付けてやりましょうよ〜」

そういう嫌がらせですか、姉さん。

「悪かった!俺が悪かったから!
痛い、視線が痛いから! 頼むから離してくれーっ!」

「じゃあまた後でね、桜。今日の夕飯楽しみにしてるから」

パチっとウインクをして、姉さんは嫌がる先輩を3年用昇降口の方に引きずっていった。

きっとあのまま教室まで嫌がらせをするんだろうなー。

そんな事を考えながら私は自分の昇降口に向かった。

……嫌がらせでいいから私もあんな事してみたい。

絶対そんな事出来ない自分の性格にちょっとだけ鬱になった。

「間桐さん、おはよう!」

そんな鬱気分を払うように、後ろから元気よく挨拶の声が届く。

聞き覚えのある声だった。同じクラスのいつも元気な……。

「おはよう、福澤さん。今日も元気ね」

彼女は2年になってから同じクラスになった女の子で、多分一番仲がいいクラスメイト。
明るくていつも元気、そして人懐っこい性格をした彼女は同姓からとても人気がある。
私は福澤さんと雑談をしながら下駄箱の前まで並んで歩いた。

「ねえねえ、今の遠坂先輩だよね。間桐さんって遠坂先輩と仲良かったの?」

「うん。家が近いから子供の頃から知り合いなの」

「へぇ〜いいないいな〜。という事は隣にいた人が噂の「エミヤシロウ」先輩か〜。普通の人っぽかったけど、遠坂先輩が選んだんならきっといい人なんだろうな〜」

そう言いながら福澤さんは下駄箱を開けた。

うん、凄くいい人。
心の中で返事をしながら、私はちょっと嬉しくなった。

「んー。今日もないかー」

「?」

福澤さんは、下駄箱を開けて中をきょろきょろと覗き込んでいる。
私はその仕草にちょっとだけ笑いそうになったけど、何とか押さえ込んで自分の下駄箱を開けた。

中には私の上履きと、一通の手紙。

「わ、わ。間桐さん、またラブレター? いいないいな〜」

「うん……私なんかのどこがいいんだろうね? こういうの貰っても困っちゃうんだけど……」

そう言って取り出した手紙には「2−C 中沢」と書かれていた。

「しかもサッカー部の中沢君! みんな憧れてるんだよ〜。
あ、ゴメンね、勝手に覗いちゃって」

「ううん、いいの。どうせ断るつもりだし。でも余り広めないでね」

「うん、それはもちろんだけど……やっぱり断っちゃうんだ。もったいないなぁ」

肩を落としたところを見ると彼女も中沢君に少しは憧れているのだろう。
仕方がないこととはいえ、私は少しだけ悪い気になった。

「あ、間桐さんが気にする事ないよ。
ただ、間桐さんいつも断ってるから、 誰か心に決めた人でもいるのかなって?」

その質問は……

「うん、いるよ」

私にとっての全て。

「ずっとずっと好きなんだ」

そして、唯一つの真実でもあった。

「片思いだけどね―――」





「間桐さん。今から行くの?」

午前中の全ての授業を終え、教室は喧騒に包まれていた。

食堂に向かう者、弁当を広げる者、屋上へ向かう者。
2−Bの生徒達も、皆それぞれの昼食に向かおうとしているところだった。

「うん。
12時に体育館裏って書いてあったから」

時計の針は11時50分を回ろうとしていた。
体育館裏までは歩いて5分程度だからもうそろそろ教室を出なくてはならない。

「はー……」

私は一つタメ息をついた。

それは無意識のうちに出たタメ息だったのだが、目の前の友達には私の気持ちを伝えるには十分だったらしい。

「間桐さん……
やっぱり断りに行くの嫌なの?」

「……うん。
相手の人、落ち込むでしょ?正直あんまり感じのいいものじゃないかな 」

落胆、悲しみ、怒り。
そんな表情を見るのはもうたくさんだった。

「はー……」

自然と気も重くなるのも当然なのかもしれない。

「あのさ……。
私、代わりに行って断ってきてあげよっか?」

福澤さんは照れながらもそんな事を言ってくれた。

「えっ?」

「ほ、ほらさ、私、中沢君のファンみたいなものだし。
ちょっとお話したいなー、なんて思ったりしてりして」

てへへっ、と可愛くぺロっと舌を出して取って付けたような言い訳をまくし立てた。


―――嘘だ。
だって私の代わりに断りに行って、相手に好印象をもたれる筈がない。

それどころか悪印象を持たれるかもしれない、罵声を浴びせられるかもしれない。

そんな簡単な 理屈、彼女が理解していない筈がなかった。

福澤さんは、そんなマイナスファクターを全て承知の上で私の代わりに行ってくれると言っているのだ。

「うん、でもやっぱり自分で断らないと相手の人に悪いから―――」

「そう?
確かにそうだけど、本当に嫌な事だったら頼ってくれたっていいんだよ?
私は間桐さんの役に立ちたいと思っているんだから」

ちょっとだけ残念そうな顔をして、福澤さんはにっこりと笑った。


「―――ありがとう。
私行ってくるね。」

私はゆっくりと席を立ち、「がんばってね」と声をかけてくれた親友に微笑み返して体育館裏に向かったのだった。

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