ただいま一章<二人の友人>






目を開けるとそこには見慣れた天井。
剣も丘も赤い背中もない。

そして俺はハタと気づいてしまった。

―――ああ、夢だったのか。

むくっと起き上がり時間を確認する。
時刻は朝の5時過ぎ、いつもより早めだが十分許容範囲内だ。

窓から差し込む光も爽やかで、また俺のイライラを誘う。
布団をたたみつつ、今見た夢の内容を反芻する。


「…………」


―――イライラして考えがまとまらない。

あー、なんで今さらあんな夢を見たんだ?
アイツの夢なんかここしばらく見ることなんてなかったのに。
しかも何故ここまでいらついているのか、原因が分からないというのもまた困る。

確かに俺はアイツの事を嫌っていたが、最後にはお互いが納得した筈だ。
走り続けたその姿にちょっとだけ尊敬した事もある。
それなのに夢に見ただけでこんなにイライラするなんて―――


……うー、こういう気持ちは料理にぶつけるに限るっ。
よし決めた。今日の朝食はすっごく豪華にしてやろう。
前代未聞のブレイクファースト。
そうと決めたら即実行だ、喜べセイバー。

よっしゃと気合を入れ、専用のエプロンを着けて台所に立つ。

数あるレパートリーの中から今朝の献立を組み立てていく。
―――良し、アレでいくか。

冷蔵庫の中から袋に包まれたアレの原型を取り出す。
本当は今日の夕食用に買ってきたんだけど。関係ない、使ってしまえー。


パンパンパン
ジュワジュワジュワ
トントントン



・・・

・・






「それでその結果がこれですか?先輩」

目の前には腕を組んで仁王立ちする我が家の料理長。
その姿は明らかに呆れ返っている。

「えーっと……その、ちょっと作り過ぎましたでしょうか、桜さん?」

目の前に並ぶ料理は朝食というよりはむしろ夕食。

しめじの和風ハンバーグをメインディッシュに、
一口大にカットした鳥唐揚げの大根おろし和え、かに玉チャーハン
アスパラとブロッコリーのサラダ、大根と玉ねぎのみそ汁、さらにデザートに杏仁豆腐。

こんなメニューを出すレストランがどこにある、といわんばかりのフルコースディナー五人前がそこにあった。
はぁーとため息をつきつつ頭を振る桜。


「いえ、先輩のその気持ちも分かります。
料理は楽しいですから、立派なストレス解消になりますものね。
で・す・が!!
なんで朝からハンバーグなんですか?
なんで朝からデザートなんですか?
なんで和洋中がごちゃまぜなんですか?
そもそもこの量はなんですか!!?」


「い、いや、冷蔵庫に在る物でどれだけ豪華に作れるかなーとか考えて・た・・・ら・・・」

あまりの怒気に俺の言葉尻は徐々に消えそうになる。

「『考えてたら』―――なんですか?
まさか考えただけでこれだけ作ったわけじゃないですよね、センパイ♪」

溢れる殺気を隠そうともせず俺に迫る桜。
ひーん、桜さん、怖いです。
最近の桜は喜怒哀楽が激しくなったというか、はっきりしたというか。
つまりよく笑うようになった代わりに、よく怒るようになった。
このコト自体はきっと素晴らしい事なんだろう。
しかしそこは遠坂の妹、本性を出した桜はあかいあくまに匹敵する。

「だ、大丈夫だよ、多分。みんなで食えば何とかなる。
ほら、最近は遠坂もしっかり朝飯食うようになったしさ」

「ですからその姉さんがいないんじゃないですか、先輩忘れてたんですか?」

「あっ!」

「やっぱり忘れてたんですね。
五人前用意してありましたから、忘れてるんじゃないかなとは思ったんですけど」

こうまで忘れてるとは、と桜はさらに呆れ気味だ。

「そうだった、遠坂は今いないんだっけ」

「そうですよ、昨日ちゃんとお別れしたじゃないですか」

そうだ、遠坂は今ロンドンに渡っている。
何でも急に時計塔に呼び出されたとかで、詳しい事は教えてくれなかった。
とにかく一週間ほどは向こうに滞在しなければならないらしい。

「それで―――コレはどうするんですか?」

「うーん、こうなったら最終手段しかあるまい」

うむ、と頷きつつ遠坂の分の皿を取る。


「えいっ」



・・・

・・






「それでその結果がこれですか、シロウ」

テーブルの上には4人分のフルコース。
セイバーの目の前には、一つの皿に二人分の料理がこんもりと見事に盛り付けられている。
セイバーは呆れているのか、怒っているのかよく分からない。

「……まぁ、良いでしょう。
今の私にはこのくらいの食事が必要です。
それに今日の朝食は趣向が様々で面白い」

そう言ってセイバーは二人分の料理に箸をつける。
その表情は怒っているというより、むしろ納得しているようだった。

むむむ?俺としてはセイバーをからかったつもりだったのだが、全然怒ってないみたいだな。
『シロウは私の事をなんだと思っているのですか!?』って詰め寄ってくると思ってたのに。


「セイバーさん、そんなに食べて太りませんか? 心配で私にはそんなに食べられません」

「セイバーちゃん、食べ切れなかったら遠慮なく言ってね。
私がぜ〜んぶ食べてあげるから」

そう言う二人も食べるスピードは微塵も落ちていない。
おい、おまえら。一人分でも普段の倍の量だぞ、今朝の朝食は。

「タイガ、これはシロウが私のために用意してくれた食事だ。
残念ながらタイガに与えるわけにはいかない」

バチバチと音がするほどに、朝から 獅子虎 ししとら 相打つだ。
それにしても作った俺が言うのもなんだが、
この三人にフルコースとか、朝からハンバーグとか、そういうのは関係なかったらしい。
密かに男の俺が一番食べないのはどうかと思うのだが。

「先輩、食欲がないんですか?さっきから全然箸が進んでないですけど」

「ん。ああ、どうやら朝からハンバーグとか俺には無理みたいだ。
これは弁当にして、学校に持っていくことにするよ」

―――こんな女の子みたいな事を言うのは俺だけですけどね

決して口には出さず、台所から弁当箱を持ってきて朝飯の残りを詰める。
十分な朝食の残りのおかげで、見事な弁当ができた。
しかし、それを羨ましそうに見る金砂の少女。。
ってなんだその目はセイバー。もしかしてまだ食い足りないのか。

「シロウ、今日のお昼ご飯はどのようにすれば良いのですか?
なにか食べるものなど置いていってもらえると嬉しいのですが……」

――― く、昼の心配だったとは。だがやはりこの弁当を狙ってるのか。
俺の昼飯を所望するとは……一体どこの王様だ?


「わかったよ、セイバー。
これを置いていくから食べてくれ。でもいいのか?朝と同じおかずだぞ」

「もちろん構いません。今日の朝食はとても美味しい。
この食事を昼も食べられるというのなら、むしろ僥倖といっていいでしょう」

そういうセイバーは本当に嬉しそうだ。
コクコクと頷きながら朝食を食べるセイバーは、今や我が家の平和の象徴である。
しかしこれだけ食べて太らないのだから、サーヴァントというのは便利なモノだ。

そんな事を考えている間に桜と藤ねえの二人は食事を終えたようだ。
少し急ぎ気味なのを見ると、もう家を出ないとまずいのだろう。
いまだ食事を続けるセイバーに一言残して居間を出て行く。

居間に残ったのは俺とセイバーの二人。
普段より量の多い食事をもぐもぐと食べ続けるセイバー
その平和そうな姿を俺は優しく見続けた。


「シロウ、どうしてそのように私を見ているのですか?
じっと見られると私としても少々食べづらい」

「いやよく食べるなーって。それにしても今日は恥ずかしがらないんだな、セイバー」

「ななっ!!」

それを聞いたセイバーは顔を真っ赤にして驚いた。
何を今更。

「ま、まさか、シロウは私が普段からこれほどの量を食べると思っているのですか!?」

「え?だって食べてるじゃないか、今」

「ふふっ、ふふふふふふっ。そうですかシロウ。貴方が私をどう思っているのか分かりました……
ええ、分かりましたとも!
どうやら一度私に対する認識を改めさせる必要があるようですね」

なにやら雲行きが怪しい。
先ほどとは打って変わってセイバーの目は怒りに満ちている。

「な、なんで急に怒り出すんだよ、セイバー。
俺が何か悪い事を言ったか?」

「ええ!シロウが気づいていなかったのなら、今日のシロウの発言は全てが悪ですとも!」

「気づくって何をさ?」

「食事の事ですっ!
シロウは私のマスターだったのですから知っているでしょう。
凛がここにいない今、食事は私にとって重要な魔力の供給元です。
だからこそシロウは平時より大目の食事を用意してくれたのだとばかり思っていました。
それを言うに事欠いて、恥ずかしがらないんだなー、ですか!
恥ずかしいに決まってます!シロウの心遣いだと思ったからこそ、文句も言わずに食べたというのに……」


マシンガンのようにガガガガガガッと言い切って、セイバーはハァハァと息を荒げている。

そうか、今日からは遠坂がいないから魔力の補充ができないんだ。
だったら食事と睡眠で魔力を補うのは当然のコト。聖杯戦争の時だってそうだったんだし。
俺ったらなんて失礼な事を言っていたんだろう。

「そうか、ごめんセイバー。
食事は大切なことだったんだな、セイバーにとって。
今更謝ってもどうしようもないけど、それでもごめんっ!」

机に手をついてセイバーに頭を下げる。
セイバーは乗り出しかけた体を戻し、元のように自らの席に正座した。
そして、何事も無かったかのように食事を再開する。

「シロウ、食事時に頭を下げられては困ります。
その話はもう終わりにしましょう。せっかくの料理が美味しくなくなってしまいますから」

「ああ、ありがとうセイバー。
ところで本当に大丈夫なのか?遠坂からの魔力補充は十分じゃないんだろ。
いきなり消えちゃうとか、そういうの大丈夫なのか?」

「そうですね、今現在凛からの魔力は届いていません。
さすがにイギリスからでは魔力の供給を受けることはできないのでしょう。
ですが、凛はこの事を予測していました。
平時の状態であるならば遠坂の屋敷で眠る事によって、私は一日分の魔力を確保する事ができます」

静かに箸を置くセイバー。
あれほどの量を食べきった割には見た目は全然余裕そうだ。
やはり食事は全て魔力に変換されているのだろうか。
しかし、セイバーの言う平時とは……

「つまりこうして普通に暮らしてる分には問題ないって事か」

「そうですね、戦闘などの著しい魔力消費さえなければ問題ありません。
たとえシロウと普段どおりの稽古を行っても、遠坂の屋敷で眠れば魔力は回復します。
あの地は優秀な霊脈であると同時に、遠坂の為の土地でもある。
凛の使い魔である私にとっても最適な土地なのは間違いありません」

ほっと息をつく。
そうか、戦闘さえしなければいいのなら問題はない。
最近は目立った敵もいないし、我が冬木市は平和そのものだ。
でももし外敵が現れたとしたならば、ソイツと戦うのは俺の役目だ。セイバーの力を頼るワケにはいかない。

改めて気を引き締めなおす俺の表情を見て、心配そうな顔をするセイバー。

「シロウ、全てを一人で背負ってはいけません。
確かに戦闘は今の私には辛いのですが、つまるところ魔力を使わなければよいのです。
既存の剣を使い、鎧化を解いて戦う事も可能なのですから」

「む、何言ってるんだセイバー。
そんなんじゃセイバーが危険だろ。
第一魔力が使えなかったら傷の治癒だってできないじゃないか。
そういうわけだからセイバーは戦闘禁止だぞ!
もしもの時は俺ががんばるからさ、絶対に無理だけはするなよな」

セイバーはこうして釘でも打っておかないと、すぐに俺の盾になろうとする。

弟子に一喝されたセイバーは、なにやら嬉しそうな表情をしている。

「そうですか、シロウがそう言うのなら私も無理はしません。
ただ、凛が私を連れずに置いていった事には何らかの意味があるような……
まあ、わからない事を詮索するのは止めておきましょう。
そうですね、ではその言動に見合った成果を今日の稽古で見せて頂きましょうか」

俺の言う事を納得できたのか、今日の稽古で成果を見せてみろと言うセイバー。
言ってることはきついのだが、そう言い放つセイバーの顔はいたって穏やか。
コレは俺の実力を認めつつあると自惚れていいのだろうか。

それに実は一つ試したい事もあるのだ。
この機会にセイバー相手に試してみるのもよい手段かもしれない。

「セイバー、一つ聞きたいんだけど。
セイバーの抗魔力は、今の状態でも万全なのか?」

「はい?対魔力の事でしょうか?
それならば何も問題ありません。私の対魔力は我が竜の因子によるモノ。
いうなれば生まれつきの能力です。凛の魔力に頼るものでは無いのですから」

「そうか、なら今日の稽古で試したい事があるんだ。
今日の稽古は魔術を使ってもいいかな?もちろんセイバーに危険がないようにするから」

「ほう、今日の稽古は実践を模して戦いたいと。
シロウも言うようになりましたね。私に危険が及ばないようになど、そのような心遣い、十年早いことを教えて差し上げます」

言葉自体は辛らつなのだが、先ほど同様やはりセイバーは嬉しそうだ。
にこにこと笑うセイバーに俺の気分も温かになる。

「わかった、じゃあこの話は帰ってからだ。
―――セイバー、昼間はゆっくり寝ててくれよな」

カバンを持って立ち上がる。
ちょっと長話をしてしまった。そろそろ学校に向かわないとまずい時間だ。

「もちろんです。用の無いときは体を休めなければ保てない体です。
昼食はシロウの作ってくれた弁当を美味しく頂くとします」

ニコッと俺の作った弁当箱を抱えるセイバー。
どうやら今日の料理をかなり気に入ってくれたらしい。

セイバーに負けない笑顔を居間に置いて、俺は急ぎ学校に向かった。







交差点を上り、急ぎ足で学校に向かう。
学校への一本道を登りつつも、なにやら物足りなさを感じる。
いつもは在って、今日は無いモノがあるような……
何か忘れ物でもしたんだろうか?

校門に辿り着いても思い出せず、その違和感は膨らむばかり。

うーむ、と悩む俺の背中を力いっぱい叩く誰か。

「いよっ衛宮。久しぶりだね。
今日は遠坂は一緒じゃないのかい?」


周りの登校中の生徒が驚くほど大きなビンタの音。
おい、おまえは俺に恨みでもあるのか。

「お、お前な、いちいち背中を殴るなよな、かなり痛かったぞ今の。
それに何で久しぶりなんだよ?毎日教室で会ってるじゃないか」

背中をしこたま叩かれた俺は、ちょっと不機嫌そうに睨んでやった。
目の前の弓道着姿の女傑は悪ぶれもせず笑顔を振りまいている。

「今の『久しぶり』はこうやって朝、校門で会うのが久しぶりって意味よ。
それより今日は遠坂はどうしたんだい?
二人一緒じゃないなんてお前らにしては珍しいじゃないか」

きしししっ、と嬉しそうに笑うその姿はまるで遠坂と瓜二つだ。
美綴があの遠坂の数少ない理解者だというのも納得できる。

「ふん、たまには一人で登校したっていいだろ。
それに遠坂は、昨日からロンドンに出張中で、いくら一緒に登校したくてもできないんだ」

「ありゃ、ロンドンって例の美大?そりゃまた難儀なことで」

どうやら遠坂は美綴には渡英の事を話さないでいたらしい。
こういうところはアイツってずぼらだよなー、と思う。

「そう、一週間くらい帰ってこないらしいぞ。
残念だったな美綴、俺たちをからかう事ができなくて」

そう、この美綴綾子という女は、俺と遠坂をからかう事が生きがいのような女なのだ。
そりゃー、俺と遠坂の共通の友人であるし、遠坂からすれば地で話せる唯一の友人でもある。
俺と遠坂の関係を最初に告げたのも美綴であるし、最初に祝福してくれたのもコイツなのだ。
まぁ、それ以後俺たちを苛めるのが彼女の日課になっているのもどうかと思うのだが……

「ほう一週間か。そりゃまた随分長い期間だね。
―――それじゃあ衛宮も色々と大変だろう」

「ん?色々ってなにがさ。別にそんなに不自由してないぞ、俺」

「またまた〜。一週間も溜まるとなると大変なんだろ、男って?」

「なっ!?」

「隠すな、隠すな。皆まで言わなくても分かってるって。
男ってヤツはホント難儀なものだよなー」

バンバンとさらに俺の背中を叩く弓道部主将。
皆が何事かと集まってくる、よっしゃ校門前の視線を独占だー。

んなわけあるかー!
お、お、お、お前なー!!

溜まるとか溜まんないとか、そんなコト言って恥ずかしくないのか、女として。
第一俺と遠坂はそんな淫らな関係じゃないんだからな!」

ピキーン、と美綴の目が輝く。
罠にかかった獲物を見るようなその目に、俺もブルリと震えあがる。

「へー、淫らな関係じゃないんだ、衛宮と遠坂って。
ふーん、一度もソウイウコトしてないんだ、意外だな、今時の高校生なのにな」

心底意地悪そうに半目で俺を眺め続ける美綴。
きししと笑うその姿はまるで『あかいあくま』そのもの。
女ってみんなこうなのだろうか……

「その辺どうなのよ?衛宮。
まさか、一度もソウイウコトしてない、なんてことはないよな」

や、やばい、どうやら誘導尋問に引っかかってしまったようだ。
いつもは遠坂が一緒にいるだけになんとかなっていたのだが、
俺一人では戦いにもならない。

しかし、ここで真実を告げるわけにはいかない。
なにしろこんな事が遠坂に知れたら、『踵落とし一閃』はまず間違いない。

「くっ!美綴さん。その辺については武士の情けだ。
―――申し訳ないが察して欲しい……」

涙を呑んで苦渋の選択。
ここでウソをつけるほど俺は器用には出来てない。
なんとか場を濁すだけで精一杯だ。

「ふふん♪それで十分でしょ。
Yesと言ってるようなもんだね、それって」

にこやかに勝利宣言をする美綴は満面の笑顔だ。
おい、そんなに俺をやり込めたのが嬉しいのかよ、お前は。

「ふん、なんとでも言ってくれ。
俺にとってはYesと言わない事が大事なんだ。
遠坂の踵落としさえ免れれば、俺としては十分僥倖だ」

負け惜しみじゃないぞっ、と美綴を牽制する。

「まぁ、あんまり衛宮をいじめるもんじゃないか。
後で遠坂の反撃が怖いしね、今日はこのくらいにしといてやるよ。
じゃあ、また後でな」

じゃあな、と手を振って弓道場に帰っていく女傑。
アイツってあんな性格だったっけか?
美綴を見送りながら、昔のアイツを思い出して考え込む。
が、そこで一人取り残された俺は周りの異様な状況に気づいてしまった。

校門の前で立ち止まっていた俺の周りには人が一杯。
いわゆる人垣ができていた。
どうやら今の俺たちのやり取りをみんな見物していたらしい。
ヒソヒソと俺に聞こえないように噂をしている。

おい、見世物じゃないぞ……

そんな人垣の中に一人、見慣れた人物を発見した。
呆れた顔をしつつも俺に手招きしている友人。
我が校の生徒会長であるソイツの元へ、人ごみを分けて近づいていった。

「まったく朝から何をやっているのか、衛宮よ」

心底呆れたようなその親友。
口調は辛らつながらも、俺のことを心配しているのが丸分かりである。
美綴が俺と遠坂の共通の友人ならば、この一成も俺たちの共通の友人である。
まぁ友人と言ったら双方から文句が来そうだが、俺にはもうわかっている。

「朝から何の人ごみかと思えば、その中心には知りも知ったり我が友人が二人。
相も変わらず世間の注目を浴びるのが好きなヤツだな、お前も」

「ははっ、そんなことはないけどな。
校門の前で美綴に会って、ちょっと話してたら人が集まってたみたいだ」

「まったく、どうせ何時もの如く美綴にからかわれていたのだろう。
アヤツはお前たちをからかうコトを生きがいにしているからな」

ふんっ、と美綴のことを怒る一成。
しかしその言葉に本当の嫌悪感はない。
この一成という男は決してクラスメイトの悪口をいうようなヤツじゃない。
それにこう言いつつも実際は美綴とは仲がいいのだ。

「大方遠坂がいないことに気づいて、衛宮にちょっかいを出したのだろう。
アヤツにも悪気があったわけではあるまい。あまり気にせぬことだ」

「ああ、もちろん気になどしてないさ。
それより、一成は遠坂がいないって知ってたのか?
今の口ぶりだと今日から遠坂がいないって知っていたように聞こえたが。」

「ああ、昨日の帰り際に遠坂と会ってな。
これからイギリスに渡ると言っていた。
随分急いでいたからあまり話はしなかったのだが……」

「ん?だが―――どうしたんだよ?」

「お前のことをよろしく頼む、と言っていたぞ。
アヤツは常にお前のコトを考えているのだな。
お前たちの結びつきが存外深いのだと気づかされてしまった」

「いぃ!」

アイツそんな恥ずかしい事を一成に言ってたのか。
下駄箱に靴をしまいつつ、ちょっとだけ照れる。

「役者不足だろうが、アヤツのいない間は遠慮なく俺を頼ってくれ。
普段からお前には世話になっているしな」

一歩先に階段に向かう一成も少し照れているようだ。
その証拠にいつもより少しだけ足早だ。

「ああ、だけどそんな機会もなさそうだけどな。
まあ、何かあったらよろしく頼むよ」

「ああ、さしあたって一時間目の数学、衛宮に当たるぞ。
気づいていないのなら、早めに行って予習をしておくべきだろう」

「なにっ!
そ、それはいきなり助かった。すまない、一成」

「礼など言うな。今頼ってくれと言ったばかりであろう」

そう言ってかんらかんらと笑う一成の笑顔は一点の曇りも無かった。


俺たちは二人揃って教室に入る。
おはようと朝の挨拶をしてくるクラスメイト。
汚れ一つ無い黒板と、窓から流れてくる暖かな風、そして友人達の朝の喧騒。

そんないつもどおりの幸せな日常を過ごせることに感謝し、俺は自分に気合を入れる。

さぁ、今日も一日がんばりますかっ!

とりあえず最優先で数学の予習をしないとまずいかな。
遠坂がいないのは少し残念だけど、それも一週間限定と思えばなんとかなるさ。
我が三年B組はいつもよりもちょっとだけ、そう、ほんの少しだけ平和な学園生活を送るのだろう。

そんな事を考えつつ、数学の予習を重ねるのであった。





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後書き

はい、無謀にも連載を始めてしまいました。
しかもどうやら向いてなさそうなバトルもの。
プロット自体は既に完成していますので、完成するのは間違い無いのですが、
果たして完成度を落とさず公開できるのか・・・本当に心配です。

とりあえず一章は「ほのぼの」。バトルのバの字も出てきません。
二章から少し戦いを織り込んでいこうかな、と思っています。
伏線を少し張ってますが、ちゃんと回収できるか作者が一番心配です。


未熟者ですが渾身の力を込めて書いています。
一章だけの感想でも、よろしければお寄せください。
少しは作者の活力になる筈です。

では、4〜5日で二章を公開したいと思います。