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終章「届いた心」

頭が冷たい。
体中が…痛い。

目を開けるとそこは道場の片隅だった。

額には濡れタオル。
体中には包帯やシップがグルグル巻きにされていた。

「ここは…?」

俺は寝ているのか?

「まだ…動かないほうがいいですよ」

耳元に聞こえる少女の声。
俺はその声を聴いた瞬間全てを思い出し、勢いよく起き上がった。

「痛っ!」

「あ、だからまだ動かないほうが…」


俺は間桐の言葉を手ぶりで抑えると、頭を抱えて起き上がり、間桐の前に膝をそろえて座った。

こんな頭痛や体の痛みで寝ている場合ではない。

―――俺は、間桐に言わなければならないことがある。

頭を下げ、俺は間桐に心からの言葉を告げた。


「ごめん…俺、お前の事救えなかった…」


間桐の笑顔を守るって誓ったのに。

アイツに捕らわれたまま、前に進む事さえ出来ない間桐の心を救い出すんだって誓ったのに。

「ごめん…」

悔しかった―――。
間桐を救いたいと言う気持ちだけは負けないと思っていた。

でも、最後の最後、俺の心は負けを認めてしまった。

悔しくて、切なくて、ふがいなくて―――

生まれて初めて涙を流した。


「…ごめん……」


俺はただただ謝る事しか出来なかった。

膝の上でギュッと握った拳の上にポタリと涙が零れ落ちる。
手の甲に出来た傷が涙でジンワリと染みた。

「沢村さん……楽しかったら笑いますよね?」

「え…?」

「人って、楽しければ笑いますよね?」


「そ、そりゃあ……笑うと思うけど」

俺は間桐の唐突な質問に顔を上げた。

間桐は、道場の真ん中で稽古を続けるエミヤシロウと金髪の少女を遠い目で追う様に語り始めた。


「私…笑わない子供だったんです」


「暗くて、陰気で、友達なんか一人もいなくて。
いつも死にたい死にたいってそればっかり考えてて。
―――それでも死ぬ勇気なんて全然なくて。
生まれてこなければ良かったのに、っていつも思ってました」

間桐が笑わないのは知っていた。
でも、そこまで思いつめていたのは知らなかった。

「そんな私を救い出してくれたのが先輩なんです。
私にもう一度笑顔を思い出させてくれたのが…衛宮先輩」

間桐は微笑んだままこちらを振り返ると、その両手で俺の右手を優しく握り締めた。

決して力を入れて握り締めているわけではなく、それでも確固たる意思で握り締められた俺の右手は不思議と温かかった。

間桐は、俺の右手をキュッと少しだけ強く握り締めると、その手をゆっくりと自らの胸の上に置いた。
不思議といやらしい気持ちにはならなかった。

ただ、間桐の心臓の鼓動だけがトクトクと聞こえる。

数秒の静寂の後、間桐は今日一番の笑顔でニッコリと微笑んだ。


「―――ありがとう。

貴方の気持ち、伝わったから。

私を想ってくれる温かい気持ち……この胸まで届いたから。

だから、ありがとう。


でも、ごめんなさい。

私はこれからも一生先輩についていきます。

例え報われなかったとしても。

例えおばあちゃんになっても。

私は一生、先輩だけを想い続けて生きていきます―――」


間桐は溢れ出る涙を抑えようともせずに……そう、宣言した。

それは―――自らに対する誓いだったのか。
それとも、隣で俺たちの話を真剣に聞いている遠坂先輩への布告だったのか。

俺にはわからない。
ただ、おかしいとだけ思った。

不条理だとさえ思えた。

それは、まだ17の少女が背負うにはあまりに重すぎる十字架ではないのか?
一人の男を一生愛し続けることが夢物語だなんて、今時は小学生だって知ってる。

「間桐それは………っ」

俺はそれは間違っていると言ってあげたかった。

が、間桐の涙に濡れた笑顔を見たら、俺はそれ以上何も言うことはできなかった。

なぜなら、それは、ずっと間桐の笑顔を見続けてきた俺ですら今まで見たことのないような

晴れ晴れとした最高の笑顔だったのだから―――。




:エピローグ:



俺は間桐が去った後も立ち上がる気力さえなく、ボーっと目の前で打ち合いを続けるエミヤシロウと金髪の少女を眺めていた。

特に理由はなかった。ボーっと見続けて何分経っただろう…? 一つ気づいたことがある。


あの少女、達人だ―――。


俺が全く歯が立たなかったエミヤシロウを苦もなく追い詰めている。
エミヤシロウの剣は一振りも届かず、少女の剣は確実にエミヤシロウを痛めつけている。


世の中広い。あんな年端もいかない少女があれほどの強さを持っているのだから。

―――吹き飛ばされる。

―――立ち上がる。

―――吹き飛ばされる。

―――立ち上がる。

何度同じことを繰り返したのだろうか。

エミヤシロウは何度倒されても、その都度立ち上がり、目の前の少女に立ち向かっていく。

その体は、ここから見ても痣だらけで、既に体中ボロボロだった。

倒されても倒されても立ち向かっていくエミヤシロウの姿に、俺の目は知らず知らずのうちに釘付けになっていった。

”命を懸けて桜を守る”

先ほどのエミヤシロウの言葉が脳裏に蘇る。

詳しい事情は分からない。
ただ、エミヤシロウは誰よりも強くならなければならない理由があるのだ。
誰よりも強くなって、間桐を、遠坂先輩を守る―――その為にエミヤシロウは辛い稽古を続けている。口だけじゃない。


県大会3位?

ここに俺の何倍も強いやつがいるじゃないか。

毎日の部活を欠かしたことがない?

ここに俺の何倍も辛い修練を続けているやつがいるじゃないか?


俺は天狗になっていた自分が恥ずかしく思えてしまった。




「沢村君…って言ったっけ? アナタ、何か夢とかある?」

横から声をかけられて、俺は今更ながら隣に遠坂先輩がいることに気づいた。

「え…? ゆ、夢、ですか? 特にない…ですけど」

「ま、普通の高校生ならそうでしょうね。
―――でもね、士郎にはあるのよ、大きいというか、とびっきり無謀なヤツが」

遠坂先輩はちょっと意地悪そうな表情でクックと笑った。

「はぁ」

「正義の味方になる、ってね…」

「ハ?」

えーっと…正義の味方ってあのゴ○ンジャーとか、ウル○ラマンとかそういうの?

「え?」

「まぁ普通そう思うわよね。18にもなるいい男が、”正義の味方”なんてね。
でもね、アイツはその夢に向かって果て無き努力を続けているの。
だから、それをバカにするヤツは私が許さないわ」

俺は遠坂先輩の突然の殺気にドキリとした。
この人…学校ではお嬢様っぽいけど、こんな怖い表情も出来るんだ……。

「そうよ。ここにいるみんな、私もセイバーも……もちろん桜も、そんな士郎に引き寄せられているんだから」

遠坂先輩は一瞬で殺気を納め、穏やかな表情に戻ると話を続けた。

「桜に聞いたかしら?
あの子、私の妹なのよ」

「ハ?」

イモウト。
イモウトとはもしかして某世界のプティスールのことでしょうか?

「だから妹。 もちろん血の繋がった実の妹よ。
一応今まで秘密にしてたんだけど、別にどうしてもってワケじゃないからアナタには教えてあげる。

―――あの子はね、今まで不幸だった分、これからその何倍も幸せにならなきゃならないの。
私はあの子の幸せの為なら何だってするわ」

そこまで言い切ると「もちろん士郎だけは譲らないけどね」と、遠坂先輩は軽くウインクをしてみせた。

「でも、アナタが本気で桜のことを心配してくれていたのは伝わったから。
ありがとう―――姉としてお礼を言うわ」

遠坂先輩は髪をかき上げるとぶっきら棒にそう言った。

「確かにあなたの言うとおり、わたしと士郎が卒業したらあの子はまた笑えなくなってしまうかもしれない。
だからこそ、そうならないようにがんばるのがわたしと士郎……そしてアナタの役目でしょう?」

そう言って俺を見つめる遠坂先輩の瞳は真剣だった。

―――俺の役目?
俺でもまだ間桐の役に立てるのだろうか?

遠坂先輩はそんな俺を見てちょっとだけ納得すると、道場の中心部に向き直って衛宮先輩に声をかけた。

「士郎ーっ。
そろそろご飯にしましょ。アナタまた桜一人に作らせる気?」

「いけね。セイバー、今日はこの辺で終わりにしよう!」

今日何度目かの”吹き飛ばし”から立ち上がった衛宮先輩は、立ち上がると急いで竹刀を片付け始めた。

「はい。今日も美味しいご飯をお願いします、シロウ」

俺は、間桐が用意してくれたのか、傍に置いてあった自分のバッグを掴み立ち上がり声をかけた。

「衛宮先輩!」

スーッと腹に息を溜め、俺はありったけの声と思いで叫んだ。



「間桐のこと、よろしくお願いします!」



衛宮先輩は、きょとんとした顔をしたかと思うと、
言った意味を理解したのか、右手をグッと突き出して、俺の予想通りの答えをくれた。


「ああ。
―――俺の命に懸けて」





外に出ると、既に日は落ち、目の前には大きな月が浮かんでいた。

俺は家への帰路を進みながら今日の出来事を思い浮かべる。

衛宮先輩も、遠坂先輩も、そして間桐も、みんな温かくていい人たちだったな……。

命を懸けて間桐を守るというあの人の言葉が胸に響く。

―――衛宮先輩になら安心して間桐を任せられる。

そう……思った。
思うしかなかった。

ただ、どんなに自分を納得させても、胸に刺さる棘がある。

気分は晴れ晴れとしているのに、チクチクと胸をつつくその棘。

”間桐の笑顔の横に並ぶのが俺だったならどんなに素晴らしかっただろう”

あぁ、なんだ。
今さら気づいてしまった。

俺は、こんなにも―――間桐のことが好きだったんだ。

今日のこの満月を忘れない。

これから満月を見る度に、俺は今日この日を思い出すだろう

俺の初めての恋が散った、この素晴らしい一日を―――。

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後書き(05.03.27)

やっと終わったーっ!

もう正直それしか思いつきません。ええ、遅れて申し訳ありませんでした。


今回のお話は桜と、クラスメイトの沢村君が主人公です。

キッカケとしては、桜を好きなクラスメイトがいたらどうなるだろう? と思ったのが始まりでした。

まぁその話を思いついたのが去年の夏なので、当時とは全然違うお話になっちゃいましたが(´д`;



さて、ここに色々書きたいこともありますし、桜の答えについて色々と文句がある人もいるでしょう。

ただ、私の考える桜ならきっとこう言う、そう信じて書きました。

「ありがとう」と言う桜の笑顔が、皆様の脳裏に鮮やかに浮かんでくれれば私としても嬉しいです。
(注:もちろんあのシーンは桜ルートのエンディングで桜が見せた極上の笑顔をイメージして書きましたとも!)

書きたいことは全て文中で―――。

皆様の温かくも厳しい批評をお待ちしております。

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では、また次のSS(あるのか!?)でお会いしましょう。 さよ〜な〜ら〜ヽ(´ー`)ノ