もう一人の凛 4章(終)






「ねえ、ずっとこの世界で暮らさない?
―――わたしと一緒に……居て欲しいの。」


間桐の屋敷からでた遠坂は、搾り取るような声で俺に告げた。

俺は答える事が出来ない。
もし俺がこの世界に残ったら、俺はこの遠坂と一緒に暮らしていくのだろう。
そしてもしそうなったらどんなに幸せだろう……
それでも、俺は答える事が出来なかった。


「………………」

「ダメ……なの……?」

「遠坂……俺は」

「ごめん。それ以上言わないで」

「遠坂……」

「うん、ホントはわかってたの。士郎はね、私を助ける為に、神様がこの世界に呼んでくれたんだって。
だからこの世界に残っちゃダメな理由があるの。
うん、ホントは…わかってたんだ……」

遠坂は笑顔を装って、俺の隣まで近づいてきた。
そして俺の腕に抱きついて元気に引っ張る。

「だから行こ!
この世界の宿敵を倒したんだから、きっともうすぐゲートが開く。
―――行きましょう、士郎とわたしが最初に出会ったあの場所へ……」


遠坂の提案どおり、俺たちは二人が最初に出会った交差点へと向かった。
二人の間に会話はない。

この一週間、共に笑い、暮らし、互いの背を守り守られながら戦った。
たった一週間の短い間だったけど、俺たちは間違いなく最良のパートナーだったのだ。
そしてあのスタート地点に戻ってしまえば、俺たちの奇妙な関係も終わってしまう。


思えば始まりはあの事故だった。
あの日の俺は幸運だった、だからこんな素晴らしい奇跡に巡り合えたのかもしれない。

この世界で出会った遠坂は俺の事を知らなくて、最初はナンパと勘違いされたっけ。
そして俺の事を信じてくれて、共に励まし、競い合い、そして支えあった。
その……キスとかもしたし、この世界で一緒に暮らさないか、とも言ってくれた。


そんな馬鹿みたいに大切だった時間ももう終わってしまう。
この長いようで短い道のりが終わればそれまでだった。

俺たちは何も話さない。
二人、信じあえた今までを噛みしめるように、静かに目的地へと向かった。



無言のまま、何分歩いただろう。
亀のようにしか進まない歩みでも、目的地へはいずれ到達する。

目の前にはもう俺たちが始めて出会った交差点が見えてきた。
今まで一言も話さなかった遠坂が、口を開いたのはその時だった。


「ねえ、士郎。わがままは言わないわ。
一つだけ言わなきゃならない事があるの……聞いてくれる?」

「あ、ああ、何でも言ってくれ」

遠坂は一つ深呼吸をすると、俺の方を向き直った。
その瞳は真剣で、俺に伝える用件の大切さを物語っていた。


「わたしのね、本当の名前はすずよ。凛じゃないの」

「え?」

「本名はすず。親しい友達はあだ名でリンって呼ぶの―――ごめんね、ずっと騙してて」


「え、そ、それは間違いだろう!? お前はどう見ても俺が知る遠坂凛だ。
そりゃー、髪型とかは違うし、微妙に性格も違うかもしれない。
それでも遠坂なのは間違いない―――それとも並行世界では名前まで変わってしまうのか!?」


ゆっくりと歩き続けた俺たちは、スタートの交差点に辿り着いていた。
そこはすでに通常の空間とは違う、並行世界という奇跡が渦巻く異空間だった。
その事象の全てが、ゲートが開くという遠坂の推論を証明していた。

「並行世界で名前が変わることはないわ。
だから答えはシンプルよ。わたしは遠坂凛じゃない。遠坂鈴なの」

遠坂はまたも深呼吸。そして顔をちょっとだけ赤くして真実を語り始めた。

「わたしの剣の師匠はアルトリア・ペントラゴン。つまりセイバー。
父の名は遠坂士郎、母の名は遠坂凛。つまりわたしはアナタの娘です……」


「なっ!?」

「本当は士郎が名乗った時に気づいてたんだ。
ずっと黙ってて……ごめんね、士郎―――ううん……お父…さん」

「と、遠坂っ!?」

「いやっ、鈴って呼んで。お父さんに……鈴って呼んで欲しいの」

「……鈴?」

「もう一度」

「鈴」

「もう一度」

「鈴……!」

「うん―――ありがとう、若い頃のお父さん。
鈴はお父さんに会えて、この一週間本当に幸せでした…」

「鈴……」

「この一週間の事、絶対忘れないから―――お父さんと一緒に暮らせたこと、絶対忘れないから!
だからお父さんも、わたしの事、忘れないで……」

「わ、忘れたりなんかするもんか……。
鈴と一緒に暮らしたこと、笑った事、戦った事、そしてキスだってしただろ。全部、全部、絶対忘れないからっ……!」

俺の体はもう透け始めていた。元の世界に繋がり始めているのか。
タイムリミットは近かった、この世界に留まれるのも残り数分なのだろう。

―――俺は焦っていた。
思いも寄らない真実の告白。俺が消えたら鈴はまた一人で戦い続けなければならない。
遠坂も、セイバーも、そして俺もいないこの世界。たった一人で戦い続ける鈴の為に、俺が出来ることは何だろうか?


この身は剣でできている―――
なら一人で戦い続ける娘の為に、決して折れず曲がらず、そして消えない剣を作ってやろう。
俺たちの剣の師匠はセイバーだ。ならばこの剣以外に選択肢はない。


俺は右手を中空に掲げ、最後の魔術を施行する。


―――I am the bone of my sowrd.体は剣でできている

自らを律する呪文とともにゆっくりと八節を組む。
時間はもう残り少ない、だが最高の剣を作る、その決意が揺らぐことはない。


―――Steelismybody,and fireismyblood血潮は鉄で 心は硝子

目の前に浮かぶのは大切な娘の姿。
そして光り輝く剣が脳裏に浮かぶ。


―――I have created over athousand blades.幾たびの戦場を越えて不敗


Unaware of loss.ただ一度の敗走もなく

Nor aware of gainただ一度の勝利もなし

俺の魔術回路を溢れる魔力が暴走する。
苦しかった―――決定的に足らない魔力で偉大なる禁呪を使うのだから苦しくない筈はなかった。


―――Withstood pain to create weapons.担い手はここに廻り
waiting for one's arrival剣の丘で鉄を鍛つ

でも、負けるわけにはいかない。
俺の横には俺の呪文を黙って聞いている鈴の姿。
俺を信じ続けてくれた娘の姿。


I have no regrets.This is the only pathならば、わが生涯に意味は不要ず

これから俺たちのいない世界で、たった一人生きていかなければならない大切な娘。
コイツの為に決して折れず曲がらず、そして最後まで消えたりしない最高の魔術を残してやる。


―――Mywholelifewas "unlimited blade works"この体は、無限の剣で出来ていた

真名の詠唱とともに現れる筈の心象世界は、そこにはなかった。
世界を作り上げる魔力など今は要らない。俺の体に残る魔力全てで最高の剣を作り上げる!

創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、成長経験、蓄積年月、そしてその全てを心に描く。
最後に載せるのは『あい』。
溢れんばかりの娘への愛を載せて、この剣は完成する。

―――俺の右手には約束された勝利の剣エクスカリバーが握られていた。


「俺と遠坂とセイバーの思いの全てを籠めたこのエクスカリバー、きっとお前の事を一生守ってくれる。
俺たちはこれからもずっと一緒なんだから……」

聖剣を受け取った鈴は「うん、うん」と頷くばかり、涙を我慢するその顔は可愛かった。
俺の体はもうすぐ消える。
だからきっと最後となる言葉を、鈴に言ってあげなければならない。

「鈴、最後だ。
笑ってくれ。そしてこれからもずっと笑顔でいてほしい。
―――俺は、お前に会えて……本当に嬉しかった」

もう既に俺の下半身はこの世界になかった。
そんな俺に鈴は抱きついてくる、そして俺の頬にキスをしながら最後の別れを呟いた。

「バイバイ、ずっと大好きだったよ、お父さん……」


その言葉を聞くと同時に、俺の存在はこの世界から消え失せた。
死ぬという感覚はこうなのだろうか。
目には何も映らず、耳には何も聞こえない。五感が働いていないのだ。
手はおろか指一本だって動かすことは出来ない。

元の世界に向かっているのだろうか、それとも死の世界に向かっているのだろうか。
なんの光もないその世界は、俺を間違いなく不安にさせる筈だった。

この胸に残る温かな光がなければ……

そう、そんな俺の胸を照らし続ける温かな光。
バイバイと、我慢し続けた涙を流しながら、出会ってから一番の笑顔を見せてくれた最愛の娘。
その光のおかげで、たった一人のこの闇の航海も温かく、そして幸せに感じられるのだった。









エピローグ


何時からそこにいたのかはわからない。
しかし俺は気づくとそこにいた。

目の前には白い天上、そして白い壁。
清潔感溢れるその空間は、きっと病院なのだろう。

俺はゆっくりと半身を起こす。


「夢……?」


信じたくはなかった。
しかし今までの体験は全て夢だったのではないかと、俺の理性が告げている。

あの辛かった戦いも、鈴と過ごした一週間も、そして俺の事をお父さんと呼んでくれた笑顔さえも
理性という敵に負けてしまいそうだった。


目の前には白い壁、白い扉、そして元の世界の空間。

絶対忘れないと誓ったあの言葉さえも、途方もない現実感の前に消えてしまいそうだった。


その時、カチャリとドアが開いた。

そして目の前に現れたのは、先ほどまで一緒だったあの少女。
ただ唯一、髪形だけが違った。

「し、士郎!?目が覚めたのねっ?」

手に持つ雑誌をかなぐり捨てて、俺の胸に飛び込んでくる。

「もうっ、心配したのよ! 一週間も意識が戻らなかったんだから。
もう、ダメかと思った……医者だって見離す直前だったのよっ!」

俺の胸に抱きつく感触さえも彼女と一緒。
俺の体は鈴の事を覚えている。
しかし、俺の心のどこかが認めたがらないのだ。

「士郎?」

ふと遠坂は顔を上げる。
その顔は滅多に見れない、涙で溢れていた。

その顔すらも、あの少女との別れにダブる。

「どうしたのよ?ボーっとしちゃって。
―――あ、あーーーーーーっ、アンタ、その左頬は何よーーーーーーっ!!

病院だというのに、遠坂は相変わらずだ。
夜も更けた病院に響き渡る遠坂の大声。

「何って何がさ?」

俺はショックだった。
せっかく元の世界に戻ってこれたのに、せっかく娘を助ける事が出来たのに、それを夢と思ってしまう自分がショックだった。


「何がさ? じゃないわよ! それってどう見てもキスマークじゃないのーーーっ!?」


キスマーク?左頬?
その瞬間、俺の中で全ての事象がピタリと一つになった。


俺はベッドの脇においてあった手鏡を慌てて掴む。
そしてそこに映る俺の顔、その左頬に確かに別れの時のキスが残っていた。


―――夢じゃなかったっ

そう、夢じゃなかったんだ!
鈴も、あの世界も、俺たちの未来も。
俺は自然と浮かび上がってくる笑みをこらえる事が出来なかった。

「ちょ、ちょっとアンタ、なに笑ってるのよー!?
あったま来たーーー、まさか桜じゃないでしょうねっ?
で、でもさっき10分前に来た時はそんなキスマークなかったし……
でもでもでもでも、私以外に士郎にキスマークつけていいヤツなんていないのっ!!」


遠坂はいい具合に怒り狂っている。
馬鹿だなー、お前が嫉妬しているのは娘だぞ。
父親にキスした娘に嫉妬する母親なんて、ただの笑い話だ。

そんな間抜けな構図が俺をさらに微笑ませた。


「し〜ろ〜う〜。
なーに、一人で納得してんのよっ!
ちゃんとわたしにもわかるように説明なさいっ!!」


そうだな、遠坂には説明しておかなくちゃ。
俺たちにはやらなきゃならない事がある。
必ず間桐臓硯を倒し、大聖杯を破壊する。
俺たちの娘を再び悲しい目に会わせる訳にはいかないんだ。

きっと遠坂は全部を信じてくれる。
異世界の事も、未来の事も、そして、俺たちの可愛い娘の事も。

まずは何から話そう。
時間はたっぷりある、目の前で腕を組んで不服そうな最愛の彼女に、一から話して聞かせるんだ。


「そうだな、話す事は一杯あるんだ」

「―――そう、じゃあ一つずつ話してもらいましょうかね〜」

俺の嬉しそうな表情に、幾分遠坂の機嫌も良くなったようだ。

そうだ、最初はこれから話そう。
俺たちの最愛の娘は、これから生まれてくるんだから。

興味深そうに俺の話に耳を傾ける少女へ、精一杯の笑顔で語りかける。

「なあ、遠坂―――もし、もしもの話だぞ。
俺たちに娘が出来たら絶対『鈴』って名前にするからな……」



後書き

04/04/27初版

書き終わりました……
今は充実感で一杯、しばらく余韻を楽しむ事にします。

思えば、この作品のプロットを思いついたのがおととい、そこから二日間、全ての力を込めて書き上げてしまいました。
間違いなく最速、多分最高、そんな作品です。あ、私の作品の中での話ですよ。

それでは、突っ込みどころ満載の本編の後書きに参ります。


まずは、当然『遠坂鈴』について。
最初に思いついたのは娘を出そう、という考えでした。
これは、私のSS一作目『春に咲いた紫陽花の華』のセイバーの願いからスタートしています。
もう一つ考えていたプロットのパラレルワールドネタと組み合わせてみた、というわけです。
鈴という名前は「リン」という音読みで一番可愛かった名前を選びました。今考えてみるとナカナカ良い感じですね。凛と鈴。うん、ありそう。

序盤はとにかく娘ということがばれない様に伏線を張る事に専念しました。
すこーしだけ、鈴の性格が子供っぽいのは、いちおう伏線だと思ってください。
士郎の名前を聞いた時に、当然ですが、鈴は気づいてしまいます。
でも内緒にしたのは、乙女心か、娘心か、その辺は想像にお任せします。

三章の辺りでやけに士郎に甘えるのは、まあ当然ですよね。
士郎を師匠っぽく動かしたのも、いちおう伏線です。きっと士郎が親になったらこんなだよなー、と想像しながら書いたものですから。
もちろん本文中で鈴が「父さん」と言ってるのは士郎のことです。
「母さん」とは一回も言ってないのは言うとばれそうだから(ぇ Fateの世界では凛の母親って出てきませんからねー。

そして三章辺りから徐々に、士郎と鈴の関係を匂わせてあります。
この辺で殆どの方は気づくんではないでしょうか? そんなの最初っから分かってたよー、とか意地悪は言わないで下さいね。
そんで、鈴の「無限の剣製」使用時に全ての人に気づいてもらうように仕掛けました(いちおう)

最後の別れを綺麗にする為にもこのくらいがちょうどいいかなーなんて。


疑問点いち。
●いくら士郎の娘でも「無限の剣製」は使えないだろう。
―――はい、私もそう思います。だからあれは一度限りの奇跡ということで勘弁してください。
―――親父士郎が鈴に残したたった一つの魔術、てのが欲しかったのですよー。
―――最初に士郎が投影をした時に、鈴があまり驚いてないのはその辺の伏線になります。

疑問点に。
●ぬえってなんだよー
―――ぬえに関しては最初から出したかった。本当は次のSSに使うつもりだったのですが、ここで使っちゃいました。
―――イメージはもちろん「久遠の絆」に出て来るぬえです(ぉぃ 漢字が変換できないのが悔しかったです。

疑問点さん。
●ワームスレイヤーってドラゴンスレイヤーのことじゃないの?
―――この辺はファンタジーの世界では両方の説があるみたいですね。
―――ワーム=ドラゴン、ってのは結構一般的です。しかしサンドワームなどもいますし、その辺は勘弁してくださいね。
―――ほら、「ロマンシングサガ2」ではワームスレイヤー=蟲殺しの剣で使われていますから。

疑問点よん。
●そもそも並行世界があることがおかしい。
―――これは、全くごもっともな意見なんですが、さすがに物語の根幹ですので許してくださいとしか言えません。
―――幸いにもFateの世界には「キシュア・ゼルレッチ」という並行世界の下りがありますので、使いやすかったです。
―――パラレルワールドってifの世界でしょ、つまり二次創作小説は全てifの世界の物語な訳ですから認めて下さいませ。


ここで使われなかった鈴の裏設定を載せちゃいます。
士郎&凛  18歳  28歳   35歳(死亡) 
鈴       0歳   誕生   7歳      17歳(今回のお話)
通年数    0年  10年後 17年後    27年後(Fateの物語から27年後)

士郎から剣の因子を、凛からは魔術刻印を継承しています。刻印の位置が凛と違うのがポイント。
7歳まではセイバーに剣を習っていますが、当然7歳では中途半端。その後は10年間、一人で修行してました。
セイバーは凛が死んじゃったんで、消えてしまったと。
桜や藤ねえ、については聞かないで下さい。これ以上設定を増やすと辻褄あわせが大変なんで。

実は冒頭に出て来る鈴の友達、あれは藤ねえの娘のつもりで書きました。
そして一成は柳洞寺の住職をしていたり……一行だけですが匂わせてみました(鈴が『きらーい』って言ってます)

ああ、今回の後書き長いよー、とか言わないで下さい。
私にとって、最も思い入れが出来た作品ですから。
いちおう満足してますが、多分いつか修正すると思います。後で読み返してみると、必ず、ここはこうしたほうが良かったなー、とか考えちゃうんですよね。

そして、もちろん今回も感想とかお待ちしております。
掲示板でもメールでも結構です。感じた事を書いてもらえれば作者としても嬉しいです。
もちろん、批判もオッケーですよ。私がしぼまない程度にお願いしますね?

あと、SSTOPページにアンケートも置いてあります。この作品が気に入ったり、掲示板に書くのが面倒だったらポチっと押してみてください。
コメントは全部読んでますので。

というわけで私にとっては燃え上がった3日間でした。
はっきりいってほとんど寝てません。寝食を惜しんで書き上げたこの作品、皆さまの心に少しでも残れば、私も書いた甲斐があったと言うものです。

では、皆さまの暖かくも厳しい感想をお待ちしております。


参考リンク

<ぬえ>
幻獣・空想動物のページ さま
萩草子 さま
Nightmare's Psychiatray Examination さま

面白かったら押してくださいー。感想とかもらえると喜んじゃいます。

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