ただいま終章
静かに寝ている遠坂を抱え客間へ向かう。
「セイバー、とりあえず服を代えてやってくれよ」
「はい。
ではシロウは居間で待っていてもらえますか?
着替えを済ませたらすぐに向かいますので」
血で汚れた遠坂をベッドに降ろし、俺は静かに居間へと向かう。
居間でセイバーを待ちながらも俺の心には焦りばかりが募った。
とにかく時間がない。
言峰は明日の朝を迎えれば結界が完全に自分の物になると言った。
そして、そうなれば聖杯を手中に収め、この町は間違いなく灰になるとも。
―――そんな事を許すわけにはいかない。
俺と戦うまでは一般人には手を出さないという約束だが、アイツがそんなものを守る保証はどこにもない。
ならばこうして体を休めている暇があるのだろうか、すぐにもう一度攻め込むべきではないのか?
そうだ、一刻も早く決着をつけるべきだ!
そう決意し立ち上がったところへタイミング良くセイバーが戻ってきた。
「お待たせしました。
―――シ、シロウ?どこに行こうとしているのですか?」
「セイバー。
……今すぐ言峰を討ちに行く。これ以上は時間がない」
セイバーに簡潔に要件だけを告げて居間を出る。
「シ、シロウ。待ってください!
―――いきなり攻め込むとは貴方はイノシシですか!?
まさか何の策もなしに勝てると思っているのではないでしょうね」
「っ、それでも勝つ!アイツをこれ以上は野放しにしておけない。
いつまでも言峰が大人しくしている保障はどこにもないんだ」
「ではシロウはリンの容態を聞かなくてもよいのですか!?」
ピタッと足を止める。
忘れていたわけじゃないけど、それだけは聞いておかなければならない。
「……それは困る」
「では、とりあえず座ってください。
それに私はコトミネが即座に暴れまわるとは思いません。
コトミネはなぜかシロウに固執していました、それはシロウも感じたのでしょう?」
「ああ、それは確かに感じた。どうやらアイツの興味は俺にあるみたいだったな」
「ならば私たち以外を傷つけない、と言い切った言葉を信じるべきです」
俺は渋々と居間に座った。
即座にセイバーがお茶をススッと差し出す。
「ではシロウ。最初に言っておかなければならない事があります」
セイバーも自ら淹れたお茶を飲みながら静かに語り始めた。
「まず、コトミネとの戦いはリンの意識が戻ってからにして頂きます。
その間はリンの世話は私が行いますので、シロウは体を休めていてください」
「なっ!
それはダメだ、期限は明日の朝までだぞっ。
今すぐにでも攻め込まないと手遅れになるかもしれないだろ?」
「そうですね、確かに手遅れになるかもしれない。
ですが、今の貴方が勝てると思っているのですか?その空っぽの魔力と疲れた体で」
「ぐっ、勝てるとは思ってないさ!でも、戦いの中で勝機を掴む事だってできるだろ?」
「そのような甘い相手ではないと思いますが……
正直に言いましょう。今のシロウと私がコトミネに戦いを挑んで勝つ確立は0%です。
ならば少しでも勝率を上げる方法を考えるべきです」
「でも!!」
「そうですか、シロウが死ねば私もリンも死にます。
―――そしてこの町が全て灰になる。
それでも勝率0%の戦いに挑むのですか?」
「くっ、そ、それは……」
「何も私は戦うなとは言っていません。
勝率を上げる方法はあるはずです。その一つがシロウの休息であることは間違いありません」
「っっっ、確かにセイバーの言うとおり・だ・・・
俺たちが負けたらその場で全部終わりだもんな。残された時間を有効に使って確実に勝利するべきだと思う……」
「はい、わかっていただければよろしいのです。
それではリンの容態について説明します。
石化は徐々に進みつつあり、解呪はよほど高位の司祭を連れてこなければ不可能です。
つまりリンを助けるには術者を倒すほか術はありません。
不幸中の幸いか、石化の進行はゆっくりです。
リンの魔力なら数日間は命に別状はないでしょう」
「そうか、どの道言峰は倒さなければならないんだ。
そのほうがわかりやすくていい」
「はい、多分今日の夕方には目を覚ますでしょう。
リンの世話は私がしますから、それまでシロウは睡眠をとってください。
そして三人で作戦を立ててから、戦いに赴きましょう」
「ああ、わかった。とりあえず今日は学校は休むことにして、今からゆっくり眠るよ。
それよりセイバーは大丈夫なのか?その、全然眠らなくても」
「はい、申し訳ないのですが私は今もなおリンから魔力を奪い続けています。
マスターがあのような状態でも、私は存在の為に魔力を消費しなければならないのです」
「それは仕方がないよ、セイバー。
言峰を倒すにはセイバーの力が必ず必要になるんだし。
……ん、そうだ、桜が来たら事情を説明して遠坂の看病を代わってもらえばいい。
そうすればセイバーも少しは休めるだろ」
「はい、ではサクラが来たら頼んでみます。
シロウ、くれぐれも一人で向かおうなどとは考えぬように」
「むむ、そんなに信用無いのか、俺って」
「ありませんね。
ふぅ、私が聖杯戦争でシロウの暴走にどれだけ気を揉んだ事か……」
やれやれとセイバーはため息をつく。
「むむむ、で、でも俺だって何も考えてないわけじゃないぞっ。色々考えた上で暴走してるんだ」
「開き直られても困ります、良いですか。
彼を知り己を知れば百戦危うからず―――
孫子の故事ですが、戦いにおいての真を突いています。
リンならば我々の知らぬコトミネの情報を知っている筈。
少なくとも、使う魔術、体術、身体能力……運がよければ必殺技、弱点などを聞きだす事ができるでしょう」
セイバーは完全に先生モードだ。
できの悪い生徒に一つ一つ説明しているというところか。
胸の前に腕を組み、少し不機嫌そうに振舞う。
とはいえそんなセイバーの姿は心底可愛らしく、戦いに向きすぎていた俺の心を少しだけ癒してくれた。
「むむ、シロウ。何を笑っているのですか!?
今は真面目な話をしているのですよ。
そもそもシロウは人の話を…………」
「あー、わかったわかった。ちゃんと聞いてるから。
全くセイバーのお説教は長くってしょうがない、ちゃんと聞いてるから大丈夫だって。
―――うん、それとな、セイバーがいてくれて良かった。ありがとう、俺だけじゃまだまだ未熟だ」
その一言でセイバーは渋々ながら文句を言うのを止めてくれた。
「良いですか、シロウ。
確かにシロウはまだまだ未熟ですが、私もリンもシロウの事を頼りにしています。
その事を常に心に留めて置いてください」
それだけ言うとセイバーは立ち上がった。
「ではリンの様子を見てまいります。
サクラには私から伝えておきますので、シロウはゆっくりと休んでください」
優しく言い残すとセイバーは音もなく客間へ向かった。
時刻は午前5時。
セイバーの言うとおり、投影の連発で俺の魔力は尽きかけている。
明日の決戦へ向けて、俺も魔力の回復に専念する必要がある。
「桜が来る前に寝てしまうとするか……」
溢れる焦燥を押し殺して、俺は自分の部屋へ向かった。
目の前には赤い外套、銀の髪、褐色の肌。
その瞬間気づいてしまった―――ああ、またこの夢だな、と。
目の前のアイツはこちらに振り向きもせずにただ立っているだけだ。
しかしその背中は大きく、そして目の前のクセに遥か彼方に感じる。
「くそっ、最近急に俺の夢に出て来るようになりやがって、お前どういうつもりだっ」
「………………」
「しかも、何でだんまりなんだよっ」
「………………」
「くそっ、なんでこんなにイライラするんだっ、どうせこれは夢だってのに」
「………………ぉ……まえ…………ち…………いけ…………」
「ん?今なんて言ったんだよお前?」
「………………」
「おいっもう一回言えよ、おいっ!」
目の前の背中に手を伸ばす
が――――――
伸ばされた手が何かを掴むことはない。
目の前には見慣れた天井、そして空しく伸ばされた手。
「アイツ、今日は何か言ってたな………」
起き上がってブンブンと頭を振ると、段々と頭に血が巡り意識が冴え渡ってくる。
「でもやっぱりむかつくな
―――そうだっ、こうしちゃいられない。遠坂は?」
俺は飛び上がって着替えを済ます。
窓から入り込む日差しは既に赤く、時刻が夕方であることを示していた。
「よしっ、魔力は回復している、これなら万全だ」
休息の成果に満足しつつも、俺は急ぎ客間へと向かった。
途中居間を通るとセイバーが正座している姿が見えた。
「シロウ、起きてきたのですね。
そろそろ夕刻ですから起こしに行こうと思っていたのですが」
「ああ、魔力の方はバッチリだ、今すぐにでも戦える。
それで、遠坂の方はどうなんだ?そろそろ目を覚ましてもいい時間だろ」
「リンの容態は今朝よりも安定しています。
今は桜が見ていますが、もうそろそろ起きてもおかしくはないでしょう」
そう言いつつ、セイバーは手際よく緑茶を注ぎ、俺の前にスッと置いた。
「サンキュ。
そうか、なら待つとしよう。
それと桜にはどうやって説明したんだ?」
「別に、全てを包み隠さず説明しました。
サクラはもはや私にとっても家族であり、優秀な魔術師でもあります。
下手に隠し事をするよりも、信頼して共に知恵を出し合った方が良いと思います」
「そうか。セイバーがそう判断したのなら間違いは無いのだろう。
ただ、桜は魔術師とはいえ戦闘経験がない。今日の戦いには連れて行けないぞ」
「はい、それは承知しております。リンも無理でしょうから私とシロウの二人で赴くことになりますね」
「ああ、望むところだ。信頼しているぞセイバー」
「こちらこそ。
―――この身は貴方の剣となり盾となることを誓いました
我が命、シロウに預けます」
セイバーは俺が言って欲しいことを知っているかのように言ってくれた。
もちろん俺の命だってセイバーと共にある。
俺たちはあの聖杯戦争と同じ、お互いの背を守り守られる、最高のパートナーなのだから。
「さて、それなら食事でも作ろうか。
遠坂ももう起きるだろうし、お粥でも作って持っていこう。
セイバーには普通の食事を用意するよ」
「はい、実は少しお腹が空いていました。
昨日から何も食べていないもので・・・」
「わかった、出陣前だ、豪勢にいこう」
ちょっとだけ照れるセイバーに微笑を返し、俺はキッチンへ向かう。
「むむ、絶好の食材発見。これでいくか」
遠坂の為にお粥を作りながら、俺は勝利の料理を作り始めた。
・・・
・・
・
「それでこれはなんですか、シロウ?」
「何って『カツ丼』だろ?食べたことなかったけ?」
「ですから、なんで朝食からカツ丼なんですかっ?これから戦いに向かうというのにこのような重い物を・・・」
「今は朝じゃないと思うけど……それにしても、セイバー知らないんだな、そんなんじゃ真の日本通とはいえないぞー。
―――日本では古来より必ず勝たねばならない勝負の前には『カツ』を食べるという風習があるのだ」
「なんと!『カツ』で『勝つ』ですか。
むぅーー、素晴らしい。なんと考え尽くされた風習なのでしょうか!
いや、シロウの深謀遠慮、正に心に染み入ります」
「い、いや、そんなに感心されると俺も困るんだけどな。
まぁ一種の元かつぎみたいなモノさ。
俺は朝からカツ丼でも大丈夫だし、セイバーだってこのくらい大丈夫なんだろ?」
「はい、もちろんです。
敵に勝つにはカツ丼ですね。私もまだまだ修行が足りません」
むむむ、なんだか変な知識を教えてしまったかな?
まぁ全然間違いってワケでもないからいいか、これはこれで面白いし。
目の前でただのカツ丼を敬って食べるセイバーの姿は面白かった。
「あ、先輩……えーっと、起きていきなりカツ丼ですか?」
居間に入ってきた桜は俺たちの奇行に驚いている。
「ああ桜、これは気にしないでくれ。
それよりどうしたんだ、遠坂に何かあったのか?」
「は、はい。姉さんが目を覚ましたんで、客間の方に来て欲しい、と」
「そ、そうか!目を覚ましたのか。
よしっ、すぐ行く。
あっと、そういえばお粥を作ったんだっけ」
「それなら私が温め直して持っていきますから、先輩とセイバーさんは先に客間へどうぞ」
「そうか、すまないな桜。遠坂の様子も見たいし、先に行ってるぞ」
遠坂には聴かなければならない事が沢山ある。
俺とセイバーは急ぎ客間へ向かった。
「遠坂ー、入るぞ」
セイバーと二人、ノックをしつつ客間に入る。
夕焼けの光の下、遠坂はベッドから半身を起こして俺たちを待っていた。
その姿はいつもと変わらず、とても体が石になりつつあるとは思えなかった。
「二人とも無事みたいね。
それとごめんなさい。わたしが足を引っ張った形になっちゃって……」
「それは違うぞ。あの時遠坂が来てくれなかったら、やられていたのは俺たちの方だったかもしれない。
その……そんな弱気なセリフ、遠坂らしくないから止めてくれ」
「そうです、そのようなことよりも私達は聞きたいことがあってリンを待っていたのです」
「そう……そうねっ、落ち込むのはここで終わり。これからは勝つための話をするわ」
そう言った遠坂の顔に先ほどの暗さはない。
既にこの戦いの勝利を目指す魔術師の顔だった。
「まず、わたしは状況を知らないの。綺礼が敵なのはわかったけどそのほかの細かいことを教えて欲しいんだけど」
「ああ、じゃあ順番に話すよ」
近くにあった椅子を引き、俺とセイバーはそこに座る。
それと同時に桜がお粥を持って客間に入ってきた。
「まず言峰がこの町に帰ってきたのは一週間前らしい。俺もちょうど一週間前ぐらいにそんな気配を感じたから多分そうなんだろう」
「そうですね、私が相談を受けたのもその頃です。私もシロウもコトミネは死んだと聞いていたので信じられなかったのですが」
「ああ、それで昨日遠坂の屋敷にセイバーを送っていくと、既に結界は破られていた。
ヤツに言わせると一週間かけて結界を書き換えたそうだ。遠坂の弟子であるアイツなら造作もないことだって」
「そうね、アイツは曲がりなりにも父さんの弟子だったわけだし、わたしが一週間もいなければそのくらいはやるでしょうね」
遠坂は悔しそうに唇を噛む。
「わたしとしてもソレが怖かったから急いで帰ってきたんだけれど、一歩遅かったって事ね」
「そうだ。結局遠坂は何をしにロンドンまで行ってたんだ?」
俺は率直な疑問をぶつけてみる。
これは俺も桜もセイバーでさえも知らないことだった。
遠坂はチラッと桜を覗き見て静かに答えた。
「えっとね、今はちょっと言えないの。でも大切なことよ、きっとわたしの命と同じくらい……」
「そうか、遠坂がそういうならきっと大切なことなんだろう、ならその話はここでおしまいだ。
言峰の話なんだが、アイツは『大聖杯』ってやつが柳洞寺の地下にあるって言ってたぞ、今は結界が張ってあるらしいけど」
「っっ!!」
遠坂は驚いたというより怒ったという顔をした。
ソレが何を意味するのかはわからない。ただ、遠坂は大聖杯の事を知っているようだった。
「遠坂?」
「大聖杯……やっぱりあったんだ。
しかも結界が張ってある?綺礼以外にもまだ敵がいるって事?
それとも罠?いやいや綺礼がそんな手の込んだことをする筈が……」
「遠坂っ!?」
「な、なによ!?あ、ご、ごめん。ちょっと考え事してた。
でも大聖杯については今は関係ないわ。とりあえず綺礼を倒してから考えましょ。
それで貴方達の知ってることはそこまでなの?」
「ああ、俺たちは逆に言峰について聞きたい。
言峰の得意技でも弱点でも何でもいいんだ、アイツを倒す為の助言が欲しいんだ」
「あら、士郎もわかってるじゃない。戦いとは情報戦だって。
相手のことも知らないで突っ込むのはただの馬鹿よね」
「シロウ、耳が痛いのではないのですか?」
「う、うるさいな、セイバー。
それより遠坂、何か有用な情報は無いのか?」
「もちろんあるわよ。アイツはわたしの兄弟子だもの。
戦い方から魔術の腕まで知らないことはないわ」
「そ、そうか、なら知ってること片っ端から教えてくれ。必要かどうかは聞いてから判断する」
「わかった、一つずついくわね。
まず綺礼の武術の型は八極拳よ、それも達人レベル。
はっきり言って素手での殴り合いじゃ勝てないわ。それは教わったわたしが身を持って体感してる。
接近戦なら剣の戦いに持ち込むことね」
「うんうん」
「次に魔術よ。
勘違いしてるかもしれないけど、綺礼は『作る』属性を持つ魔術師よ。
治療・蘇生の魔術は司祭レベル、そして今は龍脈から無限に魔力を吸いだせる。
これがどういう意味かわかる?」
「ああ、一度戦ったからわかってる。
アイツを倒すには一撃死か殺し尽くすしかないってことだろ」
「そうなるわね。どんな傷でも綺礼の実力なら即座に治癒されるわ。
殺し尽くすことができなかったら……迷わず首を刎ねなさい」
「そ、それは……」
「酷いって言うの?そう思うならソレは士郎の甘さよ。
魔術師同士の戦いには生と死しかない。負けたら貴方が同じ運命をたどるんだから、非情になりなさい」
「シロウ、貴方が辛いのなら私がその役目を受け賜ります。
―――汚れ役は私に任せてもらえばよいのです」
「じょ、冗談じゃない!セイバーにそんな事させられるか。
大丈夫だって。俺だって一応魔術師の端くれだから、そのくらいの覚悟はできてる」
「綺礼相手にチャンスはそう多くはないわ。決められる時に決めないと死ぬのは士郎の方よ。
心に刻み付けておいて―――
次に綺礼は魔術師であると同時に代行者なの。代行者ってわかる?」
「ああ、悪魔退治のことだろ。聖堂教会の異端審問員のエリート達だ」
「そう、大事なのは悪魔払いじゃなくて悪魔退治ってところ。
綺礼は代行者としていくつもの戦いを経験している。
それこそ人外の者たちとの戦いで何回もの死線を越えてきた。その戦闘の経験こそ何にも勝る綺礼の強さだわ」
「……えーっと、遠坂の今までの話を纏めると―――死角なし?」
「そうね、士郎だって随分強くなってるし、セイバーだって魔力を使えなくても最強のサーヴァントと呼ばれたくらいだもの。
だから勝機はあるわ。
魔術師として冷静に戦力分析をしてみると、あなたたちの勝率は5%ってところかしらね」
「そうか、5%もあるのか。それならば俺とセイバーで何とかしてみせる。な、セイバー」
「はい、私はシロウの剣となり、盾となるだけ。必ずやその5%の勝機を掴んでみせます」
「ちょ、ちょ、ちょっと先輩っ!!
なんで落ち着いているんですか、5%ですよ、5%!!
セイバーさんもセイバーさんです!5%ですよ?20回戦えば19回死んじゃうんですよ!?
二人とも正気ですか!?」
今まで黙って聞いていた桜が、ここぞとばかりに掴みかかってくる。
顔を真っ赤にして声を絞り出す桜の表情は悲痛だった。
「落ち着けよ桜。ここで取り乱したって勝率が上がるワケじゃないぞ」
「はい、既に戦いは始まっています。決意を鈍らせるような発言は控えてもらいたい」
「ちょ!だから何で落ち着いているんですかっ!?
死んじゃうんですよ、すっごく痛いんですよ、もう二度と会えないんですよ。それでもいいんですか、先輩たちは!?」
「桜、人はいつかは死ぬものだぞ。ただそれが明日か、50年後かの違いだけだ」
「はい、人はいつか死ぬものならば自らの守るべき物の為に死ぬべきです。それに私たちは負けない。心配は無用です」
「―――だめっ!!
二人ともそんな戦いに行っちゃダメです!
嫌なんです、みんなが死んじゃうのは嫌なんです!
せっかく私にも家族ができたのに。せっかく私も笑えるようになったのに。
その全てを失うのは嫌なんですっ」
桜は大粒の涙を流しながら、その場にぺたんと座り込んでしまった。
遠坂はその姿を辛そうに見ている。
そしてそれは俺も同じ気持ちだった。
そんな桜に声をかけるべく、俺は桜の隣まで近寄り頭の上に手をポンッと置いた。
「大丈夫だよ、桜。
俺は負けたりなんかしない。必ず生きて帰ってくるから」
嘘だ。
それでも俺はこう言わなければならない。
「で、でも……5%ですよ?」
「必ず生きて帰ってくるさ。
5%?それがどうした。
死角が無い?無ければ作ればいい。
俺が今まで約束を破ったことがあるか?」
「……ありません」
「なら桜は俺の事を信じてはくれないのか?」
「っ、信じます。信じますからっ。
―――それなら!私も連れて行ってくださいっ。
これでも魔術師です、毎日欠かさず訓練をしてきました。少しでも先輩の役に立てるのなら……」
「桜っ!それはダメよ。
戦闘経験の無い貴女じゃ、士郎達の足手まといになるのは間違いないわ。
そのくらい貴女だってわかってるでしょ?」
「でも、私はここで待ってるだけなんですか?
辛くて辛くて死にたくなるほど毎日続けた魔術の訓練は全部無駄だったんですか?」
ああ、どうやら桜はわかっていないようだな、俺たちが桜に望んでいることを。
「いや桜には大事な役割があるぞ。な、セイバー」
「は?は、はい、この戦いを左右する大事な役割です。サクラ」
「ああ、まずはワガママな遠坂のお守りだろ。
次に戦いでお腹が減って暴れるセイバーの為に食事の準備をしておいてもらうだろ。
そして、これが一番大事なんだが、勝って帰ってきた俺たちを笑顔で迎えてもらおう」
「なっ!シロウ、それはどういう意味ですかっ?」
「士郎っ!ワガママって何よ?」
「まああの二人は放っておいて。
―――桜、お前は魔術師になんかなる必要はない。
辛い戦いなんか俺たちに任せておけばいい。
桜が幸せに笑ってくれるだけで、俺たちだって幸せになれるんだから」
桜の頭上に置いた手で髪を優しく梳いてあげる。
桜は俯いて顔を赤くしたまま「はい、はい」と答えるばかりだ。
「〜っ、シロウ、その件は帰ってきてから詳しく糾弾させてもらいます……」
「〜っ、そうねっ。戦いの前にあんまりダメージを与えるのもまずいしね……」
なにやら不穏な雰囲気だが今はそんな事を考えてる暇はない。
「遠坂、話はそれで終わりか?
それなら俺たちは行かなければならない。残された時間はもう少ないからな」
「慌てないで、士郎。
今までのはただの状況説明よ、勝利への助言はこれからするんだから。
貴方達の勝率が5%なら、それを引っ張りあげるのが私の役目でしょう?」
「リン、もしや何か策があるのですか?」
「あったりまえでしょ!
わたしのプライドに賭けて貴方達を勝たしてあげるんだから」
そう言ってゴソゴソとボストンバッグをあさり始めた。
あれでもない、これでもないとしばらく探し続けた遠坂が取り出したのは見覚えのあるペンダントだった。
「まずはこれね。
見覚えあるでしょう、士郎?」
「あの時のペンダント……」
「そうよ、このペンダントはとびっきりの古代秘蹟なの。
魔力をいくらでも溜め込んでおける、遠坂の血筋にとっては秘石ともいえるものよ」
そう言って遠坂は俺にペンダントを手渡す。
「聖杯戦争が終わってから4ヶ月、一日も休まずに魔力を蓄えてきたの。
士郎なら身につけてさえいれば、石から魔力を吸い上げることができるわ」
かざしてみるとかなりの魔力が石の中に渦巻いているのがわかる。
俺の魔力何年分だろう?とにかく凄まじい魔力だ。
「これなら士郎の切り札も使えるわ。でも溜まってる魔力は有限よ、使い時には気をつけなさい」
「ああ、ありがとう。確かにこれだけの魔力があればアレが使える、それなら何とかなるかもしれない」
「ふふっ、でもそれだけじゃないのよね〜。
よっと、次はこれ」
次に遠坂が取り出した物は革製の鞘に入ったナイフだった。
あれは……アゾット剣?
魔術師にとって余りにも有名な短剣だ。
「そうアゾット剣よ。
さっきの宝石ほどじゃないけど、余力があるときには魔力を溜めていたの。
十年間。アイツに貰ってからずっと蓄えてきたこの魔力、最後に全部ぶつけてきて」
―――今の一言で俺にもわかってしまった。
この短剣は兄弟子である言峰が遠坂に送った物なのだろう。
そして、なんだかんだ言いながら、遠坂は言峰というヤツを信頼していたんだ。
「開放を意味する『laBt』の呪文で発動するから。
ありったけの魔力を込めて叫びなさい。
籠められた魔力は微々たるモノだけど、魔力が拡散するから今の綺礼を殺し尽くすのに相性がいいわ」
そういって手渡されたアゾット剣はズシリと重かった。
微々たるモノなんてとんでもない、この剣に籠められた魔力は俺の理解を超える量だ。
それはひとえに、この剣に込められた遠坂の想い出の重さであった。
「わかった。これは最後の最後、切り札として使うよ」
ズボンの背中側に革製の鞘と共に刺す。
激しい戦いの中、この遠坂の剣が俺の励みになるはずだ。
「そして最後。
―――ちょっと士郎、こっち来なさい」
ちょいちょいと俺を手招きする。
更に、耳を貸しなさい、と俺の耳を引っ張る。
「いてて。遠坂、耳引っ張るなよ、痛いだろ」
「そんなの我慢するのっ。
それよりいい?
―――帰ってきたらご褒美あげるから、必ず生きて帰ってくるのよ」
俺の耳に近づいて小声でそんな事を言う。
ご褒美?
「遠坂、帰ってきたらご褒美くれるって何のことだ?」
「ばっ!!」
つい普通に聞き返した俺に慌てて顔を真っ赤にする遠坂。
ん?まずかったかな?
「っ、ね・え・さ・ん〜♪。なんですかご褒美って?」
ヤバイっ、さっきまであれほど穏やかだった桜が黒くなってるっ。
「リン、シロウにはご褒美で、私には何も無しなのですか?」
ヤバイっ、俺だけ色々貰ったもんだからセイバーが拗ねてるっ。
「い、いやあね〜、桜もセイバーもそんなに殺気立っちゃって。
大した物じゃないのよ?ほら、一週間ぶりだしいいかな〜なんて」
「はい、それなら私も先輩にご褒美をあげる事にしますね、姉さんと同じモノを♪」
「では、私は貰う方に致しましょう」
微妙に論点がずれている二人だが、お互い納得したのかガシッと硬い握手を交わす。
それを見て、はぁ〜、なんてため息をつく遠坂。
「士郎、もう一回耳貸して」
「ん?今度はなんだよ遠坂。またご褒美の話か?」
怪しい予感を感じつつも遠坂に耳を貸す。
すると、遠坂は俺の耳では無くて頬を両手で掴んで、ぐるんと顔を向けさせて唇をふさいだ。
「………………」
「ちょ!!ねえさぁん!何をやってるんですか!?」
「………………」
「………………」
「………………」
「ぷはーーーーーっ」
果たして何秒間キスをしていただろうか。
不意打ちに息を忘れた俺は、息も荒く目の前で勝ち誇る遠坂を見上げる。
「ふんっ、士郎はわたしのものなのっ。
桜にもセイバーにもあげないんだから」
恥ずかしいのならよせばいいのに、遠坂の顔は真っ赤に染まりゆでだこのようだった。
「士郎!私が起きた時にアンタが死んでたら一生呪ってやる・ん・・・だ・・・から」
言い切る前にコテンと遠坂はベッドに倒れこんだ。
「おい、遠坂!いきなりどうしたんだ?大丈夫か!」
慌てて遠坂の顔を覗き見るが、その顔は平和そのもの。くーくーと寝息を立てていた。
「シロウ、今のがリンからの最後の贈り物です。その体に何も感じませんか?」
言われてみると体内に魔力が溢れているような気がする。
最大値を遥かに超えた魔力が俺の体に存在しているのか?
「今のは俺に魔力を移す儀式だったのか」
「はい、リンは魔力の回復のために睡眠に入っています。
ですから作戦会議はこれで終わりです、シロウ、決戦に赴きましょう」
「ああ、そうだな。遠坂の思いを無駄にはできない、すぐにでも出発しよう」
意気込む俺とセイバー。
それとは裏腹にジト目で俺を睨む人物が一人。
「先輩〜?私からも贈り物をしていいでしょうか?」
有無を言わせぬオーラをまとった桜さんでした。
「い、いやー、えっと、ほら、もう既に遠坂から貰った魔力がはちきれそうだし。
これ以上魔力を貰ったら魔術回路が焼ききれちゃいますよー」
「先輩〜?別に魔力を渡さなくても贈り物にはなるんですけど」
「え〜〜〜〜〜っと。
セ、セイバー!行くぞっ、急がないと町のみんなが危ないっ!」
「はぁ、そうでしょうか?」
「そうなのっ!じゃあ桜、遠坂の事よろしくな〜〜〜〜〜」
セイバーの手を取り客間を走り去る。
何か今「チッ」とか聞こえたけどきっと気のせいだろう。
遠坂からの三つの贈り物……俺たちの勝率をどのくらいまであげてくれたのだろうか?
でも今はそんな計算なんて必要ない。
真正面からヤツにぶつかって、そして必ず勝つ!
遠坂も桜も藤ねえもこの町のみんなを救う。
たとえこの命を失うことになったとしても―――
交差点を抜け、遠坂の屋敷を目指す俺とセイバー。
赤かった夕焼けも既に消え去り、時刻は既に夜中だった。
「シロウ、もうすぐ戦いですが、その前にお願いがあります」
「ん?どうしたセイバー。言いたいコトがあるなら今のうちに言っておいてくれ」
「はい、今の私はリンから必要最小限しか魔力を受け取っていません。
その為、聖剣はおろか風王結界でさえ使いこなせるか疑問です」
「……そうか。それなら俺が何か剣を造ったほうがいいのかな?」
「はい、どのような剣でも構いません。
その、戦いの前にシロウに負担を強いるのは心苦しいのですが・・・」
「わかった、どんな剣でもいいのか?何か希望があるなら聞くけど」
「その、できればあの剣が良いのですが……シロウの消費が激しいのでしたら無理は言いません」
セイバーはお願いをしながら、もじもじしている。
親におもちゃをねだる子供のようでとてもいじらしい。
「ぷぷっ」
つい笑っちゃったりして―――
「シロウ、今の笑みは一体なんでしょうか?返答しだいでは決戦前にここで一勝負して差し上げますが」
「いやいやいや、別に変な意味は無いぞ。
ただセイバーがおもちゃをねだるみたいに遠慮してたからさ、面白かっただけだ」
「うぅ、子供のようでしたか……」
「だからもう気にするなって。
わかってる、セイバーの言いたいコトはわかってるからさ」
俺はふぅと息を吐き、丹田に意識を集中して自らを律する呪文を唱える。
武器の使えぬセイバーの為に、決して折れぬその剣を創り出す。
丁寧に八節を組んで、右手に剣を浮かび上がらせる。
イメージするのは、丘の上。
剣を握り虚空を見上げるセイバー。
セイバーの望む剣は間違いなくこの剣だ。
果たして数瞬の後、俺の右手には薄く光り輝く黄金の剣が握られていた。
「ほら、セイバー。この剣だろ?丁寧に投影したから中々良い出来だと思うんだが」
「凄いですっ!シロウ。この剣はまさしく寸分違わぬ勝利すべき黄金の剣です。
あの時別れたこの剣と再び会いまみえる事ができるなんて―――」
セイバーはムチャクチャ喜んでいる。
どうやらあの剣はセイバーにとって特別な意味を持つ大事な剣のようだ。
「ああ、俺もよくできたと思う。
でもな、その剣はどこまで行っても模造品だ。いつかは消えてしまうことを覚えておいてくれ」
「いえ、この剣を模造などとその様な言葉で表すのは失礼です。
この私が言うのですから間違いありません、この剣は本物と同等の輝きを誇っています」
「そうか、それほど喜んでくれるなら俺も嬉しい。
きっとその剣もセイバーに再び会えて喜んでいる筈だ」
喜ぶセイバーを見て、俺の気持ちも少し緩む。
「ですが、シロウ。
これほどの剣を投影したのなら、相当な負担がかかったのではないでしょうか?」
「いや、それがそうでもないんだ。練習の時から感じていたんだが、どうやらその剣は特別らしい。
殆ど魔力も使わず、しかも今までで一番の完成度だ。
思うんだが、セイバー。
俺とセイバーって何か深い関係があるんじゃないのか?
ほら、実は遠い先祖だったとか」
「何をバカな……間違いなく先祖はありえません。
それに関係ならあります。
―――シロウは私の鞘なのですから」
「鞘?鞘ってあの剣を入れる鞘のこと?」
「そうです。その鞘です。
剣は鞘と常に一対。私という剣を支える鞘がシロウなのです。
シロウが私を召喚できたのも、決して偶然では無いのですから。
―――ふふっ、これ以上は内緒です。いつか時が来たら教えて差し上げます」
「むー、よく分からないぞっ」
「分からなくてもよいのです。
それより、シロウなら聖剣すらも投影できるのではないでしょうか?
この勝利すべき黄金の剣の完成度からしても、決して不可能ではないでしょう」
「うーん、それがな。約束された勝利の剣を投影しようと試したこともあったんだけど
安全装置が落ちたように必ず失敗するんだ。理由はわからないんだけど」
「それはおかしいですね。
確かにあの剣は誰にでも容易く作り出せるものではありませんが、
他でもないシロウなら作り出せないはずはないのです。
もし理由があるとすれば―――」
「あるとすれば?」
「シロウに足らないものがあるのでしょう。
それはきっと魔力や知識などではなく、もっと心因的な・・・」
「うー、抽象的だなー。それじゃあよく分からないだろ」
「そうですね、いずれにせよ今すぐには無理ということです。
不確定要素に頼らず、今は目前の敵に集中しましょう」
二人で上り続けた坂道も終焉が近づいていた。
目の前には黒く禍々しいオーラに包まれた洋館。
その門の前に立った俺たちはお互いに頷き、結界の中に足を踏み入れた。
その男は立っていた。
果たして何時間前からそこに立っていたのだろうか。
まるであの戦いからずっと立ち続けていたかのように微動だにせずにそこに居た。
「待ちかねたぞ、衛宮士郎、そしてセイバーよ」
「そうか、随分と待たせちまったようだな。
何しろこっちはお前と違って千切れた腕が繋がるような化け物じゃないんでね」
俺の隣には勝利すべき黄金の剣を構えるセイバー。
既に戦いは始まっている、言峰が一瞬でも隙を見せれば切りかかるつもりだ。
「ふむ、その心意気や良し。どうやら何か勝機でも見つけてきたか。
それならばこの戦いも少しは楽しめるものになるやもしれん」
「へっ、らしくもない事言ってくれるじゃないか。
一応確認しておくが、俺たち以外に手を出してはいないんだろうな」
「ふむ、興味がないと言ったはずだが?」
「……そうか、それに関しては礼を言っておく。
じゃあ始めるとするか―――」
俺はセイバーに戦いの始まりを意味する目配せを送った。
俺たちの作戦はこうだ。
セイバーはもちろん前衛、そのスピードで言峰を翻弄してもらう。
俺は後衛で遠距離攻撃を狙う。手数が必要なら矢で、破壊力なら宝具で、それぞれセイバーの援護をする。
最終的に言峰の隙を見つけることができたなら、俺も前衛に参加し勝負を決める。
オーソドックスだが、この作戦が最上だ。
セイバーの体裁きは言峰を上回っているし、俺の弓は一度言峰の腕を吹き飛ばしている。
後はコンビネーションの問題だ、しかしコンビなら俺とセイバーなら最高の相性に違いない。
―――十分勝機はある!
セイバーは言峰の懐に跳ぶべく状態を僅かにかがめる。
まさに戦いが始まるその時
「いいのか?後方を疎かにして」
後方に突如新たな気配が現れた。
「なっ!」
叫ぶ声はセイバー。
その声に反応して僅かに遅れて俺も後ろを振り返る。
そこには御伽噺でしか聞いた事のない異形の存在が立ちはだかっていた。
俺が振り向いた瞬間その異形はこちらに向かって跳びかかってきた。
「シロウ、避けて!」
セイバーの指示の通り、俺は瞬時にその攻撃を横に避けた。
セイバーも俺の回避を確認した後、俺とは逆の方向に飛び退いた。
振るわれたのは丸太のような腕、そして鋭く尖った爪。
俺たちが一瞬前までいた空間をなぎったその腕は、そのまま地面に打ち穿たれ
炸裂弾のように地面を抉った。
凄まじい破壊力もさることながら、近くで見るとその姿は正に異形だった。
背丈は優に3メートルを超え、真っ赤な肌とただれた皮膚。
腕は四本、そしてその目は人にはない輝きを放っている。
猛る魔力はその存在が人間よりも上位の存在である証拠だ。
その姿はまるで……
「下級悪魔―――!」
俺と引き離されてしまったセイバーがその声を震わせている。
そう、その姿は正に御伽噺に聞く悪魔そのものなのだから。
その悪魔はどうやらセイバーを敵として認めたようだった。
俺ではなくセイバーの方に向き直っている。
いつまでも呆けているわけにはいかない、この悪魔が敵ならば一刻も早く排除しなければならないのだから。
数秒の硬直から解け、俺は手に握られていた弓を構える。
どんな存在だってこの矢を背中から受ければ……
「シロウ、後ろっ!」
叫ぶセイバーの声をさえぎる様に悪魔はセイバーに向かっていく。
応戦するセイバーの姿を確認する暇もなく、俺へと向かう殺意を感じた。
「えっ?」
編みかけた投影を中止し、瞬時に横に飛ぶ俺。
その空間を横殴りに通過する黒鍵の嵐。
タイミング的には正に間一髪だった。
「どこを向いている、お前の相手は私だろう」
―――そうだ。もう一人、一番厄介なのがココにいた。
俺は言峰に向き直る。
俺たちの当初の目論見は崩れ、俺とセイバーは引き離されてしまった。
後ろからはセイバーの剣と悪魔の爪がぶつかる音が聞こえる。
立ち位置的には挟撃。
俺たちはお互いの敵を各個撃破しなければならない状況に追い込まれた。
「っ、代行者のお前がなぜ悪魔を使役している!?」
俺は一番の疑問を尋ねた。
「何だ。私が悪魔を使っていることが不思議か?」
「あたりまえだっ!どこの世界に悪魔を使役する代行者がいる?」
「ふむ、それは当然の意見だな。
だが私も使役するつもりなど毛頭なかったのだよ。
勝手に寄ってきてしまうのだから仕方あるまい」
「勝手に寄って来ただと?」
「大方、倒し損ねた悪魔が、今の私の心臓にでも釣られて出てきたのだろう。
それにあのような輩を私が信用するわけもない。
だから出してある指示はただ一つ」
「セイバーと俺を引き離せってことか」
「ほう。なんだわかっていたのか。
これはこれは恐れ入った、そこまでの洞察力をお前が持っているとはな」
なぜか言峰は嬉しそうだ。
この前もそうだったが、俺が強いと何か得でもあるのか、こいつ?
「つまり俺とお前は一騎打ち、セイバーとアイツも一騎打ちってことだな。
お互いを助けに行きたいのなら、それぞれの敵を討ち滅ぼせ、か」
「そうなるな。しかし今のアイツは強いぞ、私に使役されているあの悪魔の魔力は無限とも言える。
果たして魔力を制限されたセイバーがアイツを倒しきることができるかな?」
またもや楽しそうな言峰。
「そうか、なら話は簡単だ。俺はお前を倒すし、セイバーがあんな悪魔に負けることはない。
―――俺たちの完全勝利だ」
俺は手に持つ弓に魔力を通し、いつでも射る事のできる準備を整える。
「ほう、果たしてそう簡単にいくかな」
言峰も手に黒鍵を装備し、こちらの弓に対抗する。
その右手には一本、左手には扇状に三本。都合見えている剣は四本だ。
「いくぞ、言峰」
「貴様の真の力……見せてみろ」
俺の体内をめぐる大量の魔力、胸にかかるペンダント、そして少ない残り時間。
様子見はいらない、最初から全開だ。
俺は即座に螺旋剣を投影し、弓を構える姿すら見せず一息で射放った。
かなりシロウと引き離されてしまった。
既に最初の戦場から十メートル以上、目の前の敵は強敵で後ろを振り返る余裕はない。
くっ!
溢れる焦燥を押さえつけて、目の前にそびえ立つ三メートルの魔を睨みつける。
その腕は四本、間合いは私の二倍以上はあろう。
魔力は溢れているが、魔術を使うようには見えない。
いや、それどころか知性があるかも怪しい。
私は剣を下段に構え、目の前の悪魔に向けて構える。
―――早く!早くシロウの元に向かわねば
シロウ一人ではコトミネには敵わない。私がこの悪魔にてこずればてこずるほどシロウの命は減っていく。
その思いが私を突き動かす。
下段の構えから、一足飛びで敵の間合いに飛び込む。
そのままの勢いから剣を振り上げる。
鋼と鋼がはじける音と共にこちらの剣が弾き飛ばされる。
「なんと!勝利すべき黄金の剣でも切り裂けぬのか!?」
私の放った一撃は、驚くべきことに敵の爪を切り裂くことはできなかった。
どのような材質の爪かはわからない。ただ私の剣と同等以上の硬度を持つことだけは事実だ。
その一撃を境に戦いは乱打戦の様相を呈した。
スピードは私が上だ。
振るう剣の速度は私の方が速い。
しかし敵は四本腕。しかもその腕の一つ一つが意思を持つように自在に動く。
徐々に追い詰められるのも自明の理であった。
―――防戦一方となった私の耳に更なる悲報とも言える戟音が響いた。
「この音は―――シロウ!?」
始まってしまったシロウの戦い、その音は私を更に焦らせた。
―――目前の敵に度し難い隙を見せてしまうほどに。
気づいた時にはすでに遅かった。
避け切れないスピードで迫る、四本腕の同時攻撃。
「しまった―――!」
俺と言峰の戦いは遠距離戦の様相を呈していた。
俺の射放つ宝具の矢と、言峰の投擲する黒鍵。
お互いの魔力で編まれたその武器は、いつ尽きるとも知れず互角だった。
―――くっ、弓で射ている俺とただ投げている言峰が互角とは。
弓と投擲ならどちらが有利かなどは考えなくてもわかること。
その条件下で互角という事実が俺を更に焦らせた。
俺はいきなり全開だ。
放つ矢は螺旋剣。一撃一撃が必殺の威力を持つ宝具をただの黒鍵でことごとく打ち落とす言峰。
俺の魔力は有限、ヤツの魔力は無限。
この遠距離戦を続けるワケにはいかなかった。
「どうした衛宮士郎。まさかこの程度で魔力切れというわけでもあるまい」
やはり普通の攻撃ではいくら威力があっても通用しないらしい。
ならば昨日のように心理戦に持ち込んで隙を作りだすしかない。
新たに投影したのは昨日と同じ無銘の剣。
それを四本、束ねて放つ。
「ふんっ」
弓を構える姿すら見せず放つその矢は四束中。
言峰の胸めがけて水平に射る。
「この程度の攻撃が通じると思ったか」
言峰は投げる必要もないと、四本の矢を手に持つ黒鍵で薙ぎ払った。
「わかっているぞ、陰に隠れてもう四矢」
―――見抜かれている。
最初に放った四束中と全く同じ軌跡で後を追わせた四束中。
だが。
その四本の矢に一つだけ紛れている螺旋の矢。
言峰がそれに気づかず薙ぎ払えば俺の勝ちだ。
前の四束中と同様に薙ぎ払う言峰。
激しい爆音と目を貫く閃光。
―――そしてその瞬間、全ての音は失われ、再びその地は火の海となった。
耳をつんざく轟音が薄れ、目の前にはもうもうと上がる煙。
勝ったと思った。
同時にあっけなさ過ぎると思った。
そう感じた瞬間に右上方から放たれる黒い矢を感知し、左に飛び退く。
僅かに速く反応できたのは、言峰の実力を知ってしまったからだろう。
俺がいた空間を容赦なく射抜く、三本の黒鍵。
それらが飛んできた空間に、跳躍する言峰を視認した。
「ちっ」
やはり避けられていたか―――
くるっと回転して華麗に着地する。
その姿は優雅で、敵でなければ賞賛を送りたいほど洗練された動きだった。
「気づいてないとでも思っていたのか」
「まさか、お前にしてはあっけないと思っただけだ」
「ふむ、まだまだ余裕があるな。もう少し追い詰められた所を見せてくれねば面白くない」
「追い詰めてみろよ、そのご自慢の剣で。
そしたら取って置きを見せてやるさ」
「では、見せてもらおうか、その取って置きとやらを」
言うが早いか、それまで受けに廻っていた言峰が一転して攻めに廻った。
十メートルはあっただろうその間合いを、瞬きの間に詰めて俺に迫る。
右手に握るはただ一本の黒い剣。
俺は即座に弓を手放し、最も戦いなれた二対の剣を投影する。
次の瞬間俺の手には陽剣干将・陰剣莫耶が握られていた。
目の前に迫る言峰、俺はそれに応え二対の剣を構える。
遠坂は言った。剣での戦いに持ち込め、と。
ならこの選択は間違っていない。
セイバーとの戦いで得たアイツの剣術で言峰と勝負する。
言峰の突進を二対の剣をクロスして受け止める。
お互いが見合う体制から、二振りの利を生かし攻めに廻る。
干将で黒い剣を受け流し、莫耶で言峰の胸をを切り裂いた。
「よしっ!」
致命傷ではないが深手だ。
やはり剣術なら言峰にだって見劣りはしない。
しかしその一瞬の油断を突いて迫る言峰。
まるで胸を深く切られたことなど関係ないとばかりに俺の胸を貫こうとする。
俺は干将・莫耶を胸の前に十字に重ねブロックする。
ヤツの突きを受け止め、激しい金属音が響き渡るはずだった。
しかし鳴り響いたのは剣の折れる鈍い音。
俺の二振りの名剣は、クロスした箇所をあっさりと貫かれていた。
「なっ!」
そのまま俺の胸に黒い剣が突き刺さる。
干将・莫耶のブロック、そしてとっさに後ろに飛んだおかげで貫かれはしなかったが、俺の胸は血に濡れていた。
「この剣がこんなにあっさり折れるか!?」
血に濡れる胸の傷より、手に残る折れた剣。
肉体的なダメージより精神的なダメージが俺の心を蝕んでいく。
「さて……言った筈だが。この黒鍵は私の魔力で編まれていると。
ならば今の私の魔力は無限だ。黒鍵に無類の強度があってもおかしくはあるまい。
そして、黒鍵の中でもこの一振りだけは特別だ。
私の魔力の全てを籠めて編んだ最強の剣と言えよう」
言峰がこの戦いの最初から右手に持ちながら、唯一投擲しなかったその黒鍵。
見た目はただの黒い剣だが、解析すると身震いがする。
―――あの剣は異常だ。
黒い、底の見えない魔力で編まれたあの剣は、恐らくこの龍脈から流れる魔力の大半を注ぎ込まれて作られている。
一流の魔術師数百人分の魔力が籠められたあの剣は、確かに無限ともいえる強度を誇っているのかもしれない。
先ほど切りつけたヤツの胸の傷も既に見ることはできない。
間違いなく深手だった筈だが、相変わらずメチャクチャな治癒力だ。
「どうした、まさか今のが切り札だったわけではあるまい」
圧倒的な戦力差に俺の心が折れてしまう。
その俺の心を支えている切り札。
―――最初からコイツを倒すにはコレしかなかったのかもしれない。
俺は遂に禁呪と呼ばれる大魔術を使わねばならない所まで追い詰められていた。
左腕からポタポタと血が滴る。
焦りから生じた隙とはいえ、傷は深かった。
四本の腕で同時に放たれた悪魔の攻撃は、私の回避ルートを確実に封じた。
結果として左手を犠牲にして致命傷を避けたのだが……
「くっ」
思ったよりも深い傷跡に思わず舌打ちをするのであった。
しかし、傷のことなど考えもせずに、寸分も変わらぬ構えを下段に取る。
だがどうする?
ヤツとのパワー差は明白だ。
魔力の使えぬ今の私では、四本の腕を打ち払う力はない。
パワーで劣る私があいつに勝る唯一の長所はスピードだ。
スピードと技で勝負をかける。
―――それしかない
私は構えを崩さず目の前の敵に向かって駆けた。
真正面と見せかけサイドへ廻る。
パワーファイターで知性も無いのなら、このスピードについては来れまいっ。
いつぞやのバーサーカー戦を彷彿させるような俊敏さで、悪魔のサイド、バックを自由自在に駆け巡る。
周囲を旋回する私という爆撃機の攻撃に、悪魔はなす術もなく身を削られていく。
腕、肩、胸、背中、足。
何回の斬撃を見舞ったことだろう。
事実ヤツの体には私のつけた傷跡が無数にある。
しかしその全ての攻撃はこの悪魔には効いていなかった。
―――間合いが足りない。
後一歩、いや半歩近づいて斬り込めば、間違いなく致命傷を与えることができる。
しかしその半歩を踏み出すことができない。
四本の腕はまるで結界のように私の接近を阻む。
あとわずか半歩の踏み込みは、すなわちヤツとの相打ちを意味する。
その迷いが私の攻撃を中途半端にしていた。
しかもその中途半端な攻撃で与えた傷は瞬時に治癒され、目の前の敵はいまだ無傷も同然。
いや、痛みはあるのだろう。切り刻まれるその時、目の前の悪魔からかすかなうめき声が聞こえる。
このままでは埒が明かない。
こうしている間にもシロウとコトミネの戦いは進んでいるのだ。ならば英断が必要だ。
サイドと見せかけて一番守りの薄いバックから敵の間合いに踏み込む!
決断してしまえば実行は速かった。
敵の速度と反応を計算して、紙一重でこちらが勝つと直感した。
悪魔のサイドに回り斬りつける、もちろん敵の間合いの外から。
ブロックに出した腕をかいくぐり、そのままバックに廻る。
「もらったっ!」
瞬時に踏み込むスピードは正に雷光。
敵も間合いに踏み込む獲物に対して四本の腕を振りかざす。
私の剣が一瞬速い―――
一秒の後、間違いなく目の前の悪魔は一刀両断されているはずだった。
しかし、そのイメージが頭に浮かんでこない。
直感が働く。
―――これ以上踏み込むな、と。
目の前のがら空きの背中に、嫌な予感がする。そして避けろ、避けろと私の直感が叫び続ける。
ならば避ける。
私はこの直感に従って数々の戦いに勝利してきた。
千載一遇のチャンスを捨てて、踏み込みを中止。その場から離脱を試みる。
すると何もない悪魔の背中から一本の腕が現れた。
「なっ!」
五本目の腕―――隠し腕かっ!?
どのような魔術で作られた腕か?それともこの悪魔の生来の腕なのか?
いずれにせよ、予想だにしない新たな攻撃により、私はなす術もなく切り裂かれた。
いや、一瞬早く離脱したおかげで、かろうじて剣を挟む余裕だけはあった。
ギィィン
鋼と鋼の弾きあう音と共に私は五メートル以上吹き飛ばされた。
受身も何もあったものじゃない。
派手に弾き飛ばされた私は、庭の角にある木にぶつかってようやく止まることができた。
まだ生きてる、意識もある―――だが致命傷だった。
体に力が入らない。
傷ついた左腕からは止めどなく血が溢れ、目の前の視界も歪んでいく。
しかし立ち上がらなければならない。目の前の敵は待ってくれる筈もない。
勝利すべき黄金の剣を杖にして、私は必死に立ち上がる。
そして見た。
目の前の悪魔が確かに笑うその姿を――――――
問題は時間だった。
あの大魔術を扱う魔力は十分、胸に隠されたペンダントから届く魔力はそれほどの量だった。
だから問題は詠唱時間―――瞬間契約に匹敵する長詠唱を言峰が黙って見逃す筈もない。
言峰との距離は約5メートル、俺が詠唱を始め、隙を見せれば一瞬で切り裂かれる距離だ。
だから俺は隙を作らなければならない。
十秒以上もの間言峰を封じる決定的な隙を―――
こうして言峰と向かい合いながら、俺の頭はフル回転を続ける。
右から攻めるか、矢を射るか、それともはたまた後ろに跳ぶか。
そんな俺の苦労も次の言峰の言葉により全てが水の泡と化す。
「何を警戒している。
切り札があるのだろう?待っていてやるから早く始めるのだな」
はぁ?
俺は耳を疑った。
コイツ今なんて言った?
「聞こえなかったのか。
待っていてやるから、その切り札というやつを見せてみろ、と言ったのだ」
「お、お前、なに言ってんだ!
どこの世界に相手の切り札を待つ馬鹿がいるってんだ!」
「ふむ、別に馬鹿ではないがそういう輩もいるだろう?
気づいているぞ、衛宮士郎。
お前の切り札というモノは長時間の準備が必要なのだろう。
ならば何を遠慮している。私の気が変わらぬうちに早く詠唱を始めるのだな」
驚くことに言峰は本当に待っているらしい。
敵が切り札と言い放つ、正体不明の技を―――
「ってめえっ、舐めやがって―――」
言峰は俺を好奇の目で見下ろしている。
ここまで舐められて引き下がるワケにはいかない!
「そんなに見たいなら見せてやる!後悔するなよ」
俺は右手を宙に掲げ印を組む。
左手は言峰に向け、いざという時の備えとする。
右目を閉じ精神を集中。
左目はそのまま、左手と共に見張りと化す。
そして俺はあの戦いで一度だけ開いた俺の心象世界を紡ぎ始めた。
―――I am the bone of my sword.
あの日以来一度も忘れた事のない呪文を口にする。
この段階で俺の魔力では届かない領域に達し、ペンダントから新たな魔力を吸い上げる。
―――Steelismybody,and fireismyblood
導く先は一点のみ。
目の前の男は既に目蓋の中に移るだけ、そして俺は自分の中に埋没する。
―――I have created over athousand blades.
Unaware of loss.
Nor aware of gain
溢れる魔力は容赦なく俺の魔術回路を破壊する。
悲鳴を上げる魔術回路を押さえつけ、俺は更なる魔力を呼び寄せる。
―――Withstood pain to create weapons.
waiting for one's arrival剣の丘で鉄を鍛つ
目蓋に映るのは、荒野と剣の墓場。
そこに立つただ一人の自分を描き、体中の魔力を走らせ続ける。
I have no regrets.This is the only path
魔力の充填は終了。
俺の心象世界は完成し、後はこの世界へと干渉するだけ。
そして、俺の心底には赤い外套の背中が浮かび上がった。
Mywholelifewas "unlimited blade works"
最後の真名を告げる。
それと同時に俺と言峰を包む、赤い炎の螺旋。
世界は書き換えられ、俺の心象世界が言峰の結界を打ち消していく。
周囲は荒野、目に浮かぶのは幾戦もの剣、空には赤い錬鉄の炎。
無限に続く剣の墓場、聖杯戦争以来の俺の心象世界。
―――そしてここにunlimited blade worksは完成した。
「なんと、コレは固有結界か!?
―――まさか貴様がコレほどまでの大禁呪を習得していようとはな」
言峰は珍しく驚いているようだ。
ただ、それでも慌てているようには見えないのは何故だろうか。
「この俺の世界の中で、貴様の勝ちはない、わかるだろ、言峰?」
それは当然だった。
ココは俺の心の中、如何なる剣でさえ一目で作り出し、貯蔵する剣製の地。
ココに眠る数百の剣は全て俺だけの武器。
そしてこの俺の心象世界の中で、言峰の結界は意味を成さない。
幾百もの剣に囲まれ、数々の有利に囲まれ俺の勝利と言峰の死は自明の理だった。
しかし言峰は笑う。
「何故?私が負けねばならぬのだ?
確かにこの固有結界の中では私の結界の意味は成さないだろう。
だが、ここにある何百の剣のどれか一つでもこの剣を砕くことができるのか?」
「なっ!」
「ふんっ、図星か。
それでお前はこの世界をいつまで維持できる?
5分か。それとも10分か?
これほどの大魔術、維持するだけでもどれほどの魔力を消耗するかは想像に難くないがな」
「くそっ!!」
俺の右手には慣れ親しんだ弓。
番える矢は螺旋剣が四本、それを二連。
俺はアーチャーやギルガメッシュのように矢を魔力で操って飛ばす術を知らない。
しかし、こうやって弓で射ることでそれ以上の精度で飛ばすことができる。
しかもこの世界の中ならこんな芸当だってできるんだ。
俺は力の限り上空に跳んだ。
俺の為に用意されたこの世界で、そのジャンプ力は桁外れ。
3メートル以上の上空から弓を構える。
もちろん狙いは目の前の敵。
番える矢は先ほど掴んだ8本の螺旋剣。
―――四束中、二連。
ほぼ同時に射られた八本の螺旋剣は雨となって降り注ぐ。
その姿は正に流星群
見るものが見れば綺麗とさえ思えるその雨に、例え言峰といえど生きてはおれまい!
炎の空から降り注ぐ流星群は言峰を飲み込み、周囲を破壊しつくす。
在るものは爆発し、在るものはを貫く。
その一矢一矢が必殺の流星となって言峰という敵を殲滅しつくす。
そして赤い炎の世界を塗りつぶすほどの閃光。
少し遅れて全てを飲み込む爆音。
空にいる俺ですら吹き飛ばされるほどの爆風に、俺は言峰の死を確信できた。
「どうだっ!再生する暇すらない筈だ!」
体勢を立て直し、地面へと着地する。
目の前にはもくもくと立ち上る宝具の残り火。
ココにいたって確信は絶対の自信へと変わる。
「勝った!勝ったぞ、遠坂!」
だが目の前の敵はソレすらも通じない最強の敵だった。
「凛がどうした?勝ったと思うのは早いのではないか」
煙の中から姿を現す言峰には傷一つなかった。
アレほどの衝撃を受けて、なお無傷などあり得ない!
「なっ、なぜ……」
「ふむ、素晴らしい威力だ。
今の一撃は破壊の極みに達しているかもしれん。
だが、所詮は偽物、八本束ねても私の剣には通じぬ」
なんと、言峰は今の攻撃をたった一本の黒い剣で受けきったと言うのだ。
「ま、まさかっ」
「言った筈だ。
例え幾百の剣があっても、この私の剣を超えられないのなら無意味だ、とな」
そう言って言峰は近づいてくる。
俺の世界において、尚不気味に黒光りする最強の剣を掲げて。
俺は折れ欠けた心に喝をいれ、勝機を探る。
―――まだ負けたわけじゃない。
まだ俺の世界がアイツに砕かれたわけじゃないんだ。
この無限の剣で必ずヤツを打ち砕く。
近づく言峰に剣を振るう隙すら与えない。
走り寄りながら伸ばした手には覇者の剣
輝煌と呼ばれ、聖剣と詠われた稀代の名剣だ。
そして俺はセイバーと共に鍛え続けた剣技で勝負する!
言峰の先手を取って横なぎに振り払う。
鋼の撃ち合わさる音と共に動きが止まる。
覇者の剣は折れない―――さすが聖剣。
コレならいける!
勢いに乗って俺は聖剣で言峰の胸を突き貫く。
「甘い」
言峰の黒鍵を一度は防いだ聖剣も二度目の打撃には耐えられなかった。
「所詮は偽物」
音もなく転がる聖剣の刃。
そして俺の手には根元から折られた剣の柄。
「くそっ」
次の瞬間思い描いただけで手に在るのは
―――太陽剣グラム
聖剣とも魔剣ともいわれるカリバーンの原型。
投影するのは初めてだったが不足ない完成度で俺の手の内に顕現する。
息つく暇もなく言峰に向けて振るう。
言峰の動きは読むことができる。
セイバーとの訓練は無駄じゃなかった。
剣技において俺は確実に言峰を凌駕していた。
開花した『心眼』のスキル。
剣を振るうその胆力。
瞬時に相手を誘い込むその剣術。
全てが言峰の上を行きながらも、たった一本、言峰を上回る剣を作り上げることができない。
この時まだ俺は勘違いをしていた。
―――衛宮士郎は剣士じゃない。俺にとっての戦いとは常に自分自身との戦いの筈だ
その後も何本の剣を折られただろうか……
心が折れそうだった。
余りに強大な敵に、俺が今まで積み重ねてきたものがガラガラと音を立てて崩れていく。
敵に向かう勇気も、自分を信じる心も、全てが崩されかけていた。
そして俺は最後の剣に賭ける。
俺が作る最も完成度の高い剣。
セイバーでさえ、本物と同等以上といってくれたあの。
―――勝利すべき黄金の剣
長時間の固有結界の維持により、ペンダントの魔力も著しく消耗していた。
もう時間がない。この剣が折られたなら…………
それ以上は考えられない。
俺は今まで以上に時間をかけて勝利すべき黄金の剣を投影する。
そして右手に現れたその剣は、先ほどセイバーに渡した剣と同等の輝きを誇っていた。
「まだやるのか、衛宮士郎よ。
いい加減に悪あがきは止めた方が良いのではないか」
「うるさいっ。
うるさい、うるさい、うるさいっ!
この剣は特別なんだ。そんな薄汚い剣なんて真っ二つにしてやるさ!」
そういって俺はがむしゃらに剣を振るう。
そして剣も俺の期待に応えてくれた。
十合、二十合は打ち合っただろうか、勝利すべき黄金の剣は折れない。
一撃ごとに言峰を追い詰め、目の前の敵を傷つけていく。
「いけるっ!」」
そう思って大振りになった隙を黒の神父が見逃す筈もなかった。
「甘い」
横一文字に振るわれた黒鍵をしっかりとブロックした筈の勝利すべき黄金の剣。
しかしその剣にはわずかにひびが入っていた。
そして、返す刀で上段から打ち下ろされる言峰の追撃。
二連撃であっけなく叩き折られる最後の希望の剣。
その剣の崩壊と共に俺の世界も崩れ去っていく。
炎の空が、荒野が、そして何百と眠る剣たちが。
俺の敗北を認める心と共に崩れ去っていく。
折れるはずのない剣が折れた今、俺がこの世界を維持することはできなかった。
俺は惨めにも地面に両膝をつき、呆然と佇むしかなかった。
目の前の悪魔は確かに笑った。
顔は変わらず表情という識別すらないのだろう。
しかし、確かに笑ったように感じたのだ。
ふらつく体を支えながら、冷静に勝機を分析する。
知識などないと思った。
ソレゆえの手ごわさだとも思った。
しかし、今確かに笑ったのならこの悪魔に知性はある。
それに切り札をギリギリまで隠すこんな戦法は、ただの思念体には不可能なことだ。
―――ならば勝機はまだある。
今の笑みは油断だ。
―――ならばその隙を逃すわけにはいかない
知性があるのなら痛みを嫌がるのも当然のこと
―――自らの犠牲を少なくしたいと思う筈だ
ソレゆえに駆け引きも通じる
―――今の私の容態を悟られてはならない
私の姿は見るからに重い。
剣を杖にしてふらつく体を支えるその姿、さぞ倒しやすいと見えることだろう―――
だが、私はあと一撃だけ、そうたった一撃だけだが、体力を残している。
案の定、悪魔はこの隙逃すものか、と突き進んでくる。
その突進は真っ正直、既に死に体の敵に危険などあるはずもないと悟っている。
その隙に―――全てを賭けるっ
真正面から私に向かったその四本同時攻撃を、残された体力で上方に跳んで避ける。
思いも寄らない獲物の回避行動に慌てているのが丸分かりだ。
そのまま悪魔の背後に着地、同時に反転。躊躇せずに無防備な背中に切りつける。
その姿は左半身、怪我をした左腕を敢えて前面に位置する。
ここで、来るっ!
すでにわかっている手品に驚く必要はない。
当然の如く、背中から一本の手が現れ、私に向かって攻撃をかけてくる。
敵の攻撃は半歩前に出た私の左腕を貫く。
だが私は怯まない。
「腕一本、貴様にくれてやるっ!!」
敵の攻撃を喰らうと同時に、股下から頭まで一刀両断に切り上げる。
左腕を弾き飛ばされたが、確かな感触を右手に感じる。
もんどりうって倒れこむ私。
目の前の悪魔は微動だにしない。
だが、私が立ち上がると、悪魔はゆっくりと二つに裂けた。
象が倒れるほどの大音響と共に悪魔は崩れ落ちる。
―――戦いは勝利に終わった。
左腕は繋がっているのが不思議なほどだが、何とか肩にくっついている。
左腕が千切れるのも覚悟して放った一撃だったのだ、十分僥倖といえよう。
塵となり消え逝こうとする目の前の悪魔。
「肉を切らせて骨を絶つ―――覚えておくが良い」
私は自分の成長を感じ、湧き上がる喜びをかみしめた。
―――サーヴァントは成長しない
常識である。
すでに完成されたサーヴァントの身体能力は成長はしない。
だが、知識は別だ。
私がこの世界に召喚されてから覚えた知識・戦略が自らを成長させたと感じられた。
それが嬉しかった。
なぜならそれこそが、シロウたちとこの世界で暮らした証と言っても過言では無いのだから……
感覚のない左手は死に体。しかし私の戦いはまだ続く。
ならば向かわねばならない。
たった一人で戦っているであろう、私のマスター。そして私の大切な鞘であるシロウの元に。
右手にはしっかりと勝利すべき黄金の剣を握り、もう一つの戦場へと向かう。
ふらつく体はすでに限界。
しかし、この身はシロウの剣となり、盾となると誓った。
―――急がねば
私が向かった場所には、光り輝く黄金の剣を右手に宿敵に立ち向かう少年の姿があった。
崩れ落ちる世界、剥がれていく空間、溶けていく空。
完成したパズルを壊すかのように、あっという間に心象世界という結界は崩れ去った。
残されたのは俺と言峰、そして黒い剣と折れた黄金の剣。
地面に膝を着く俺に戦意は無かった。
胸に隠されたペンダントの魔力は尽きようとして、もう一度固有結界を創り出すことは不可能である。
最大の切り札と最高の剣を一度に失った俺は力なくうなだれる事しかできなかった。
「ふむ、これでお前の勝機は完全に無くなったということか」
言われなくたってわかってる、そんなの。
「いやしかし、見事な魔術だったぞ、衛宮士郎よ。
もはやお前は衛宮切嗣に追いついているかも知れんな」
お前に親父を語る資格など無い。
「ならば決着をつけてやろう。
なに、安心しろ。凛もすぐさま後を追わせてやる」
それは困る。せめて遠坂だけでも助けなきゃ。
そんな思いが僅かながらの闘志を呼び込む。
よろよろと立ち上がり、目の前の男を睨みつける。
「まだ、戦う意思が残っているとはな。それでなくては面白くない」
くっくと笑う言峰は相変わらず楽しそうだ。
だが、そんな戯言に付き合う暇は無い。
俺に残された道は唯一つ。
―――ヤツを道連れにして、みんなを救う。
新たな目標に向けて俺は必死に考えを巡らす。
生きて帰るといったみんなには申し訳ないが、俺は今、正義の味方にならなければならない。
「そうだな、ただ殺すのも興が無い。
―――ジワジワとダメージを与えて殺してやろう」
言峰の左手には扇状に構えられた三本の黒鍵。
自然体から投げたとは思えぬ速度で、俺に向かってくる。
「くっ、まだ策が見つかってないのに……」
ここで致命傷を受けるわけにはいかない。
俺はペンダントの最後の魔力を使って剣の丘から必死で盾を引っ張り出した。
それは何の考えも無いただの保身に過ぎない。
まだ死ぬわけにはいかない、その思いが突き動かした自己防衛だった。
「熾天覆う七つの円冠―――!」
ただただ必死だった。あの時一度だけ見た最強の盾。
アイツが最後に俺を助けた熾天覆う七つの円冠の真名を叫ぶ。
言峰の投擲を防ぐ最強の盾。
それも当然だ、投擲武器に対する無敗の盾、それがアイアスの盾なのだから。
だがそれも言峰の計算のうちだったのだろうか、黒鍵を防ぎきった盾は俺の魔力を貪り尽くした。
ペンダントの魔力が尽きるのと同時に七枚の花弁も消え去り、目の前には再び黒鍵を放とうとする言峰の姿。
「くっ、やはり盾は……!」
そして再びペンダントから魔力を吸い取ろうとする。
しかしペンダントの魔力は先ほどの盾の投影で空になっていた。
代わりに俺の体に流れ込んできたモノに、俺は激しい戦慄を覚えた。
「む、何を涙を流している?この期に及んで命乞いというわけではあるまい」
そんなわけあるかっ。だが、俺は泣いている?泣いているのか?
「死ぬことなんて怖くはない」
そう、俺は死ぬことなんて怖くはない。いや、むしろ死に場所を探しているのかもしれない。
だからこの涙はそんなんじゃない。
―――ただ温かかった。
ペンダントの奥の奥、溜められた魔力の更に奥に籠められた遠坂の思い。
それが温かかった。
ずっと悩んでいた、聖杯戦争が終わってからずっと……
遠坂は俺のことなんか好きじゃないんじゃないかって。
遠坂が好きなのは俺じゃなくてアイツなんじゃないかって。
遠坂は俺をアイツの代わりにしてるんじゃないかって!
そりゃー、夢に見たら不快にもなるさ、憎き恋敵だもんな。
俺はこれから何年か経って成長すれば、背も伸びて、髪も銀に染まり、肌も褐色になるのだろう。
外見はアイツに近づいていく。
―――でも俺とアイツはスタート地点を同じくしただけの違う存在だ。
百年経ったって俺があいつになる事はもうないんだから。
遠坂はアイツを好きなんじゃないかって思った。
だからアイツの剣術を真似たり、戦い方を真似たり、心を真似たり。
俺はアイツになりたかったのかも知れない。
でも違った。
だってこのペンダントから流れてくるこの思いは純粋だ。
四ヶ月間、毎日毎日俺の事だけを考えてくれたアイツの思い。
それが余りにも温かいから信じられる。
遠坂は俺の事を好きでいてくれるって。
俺をハッピーにするというあの笑顔も、
生きて帰って来いというあのキスも
全ては俺のためを思ったアイツの温かな愛。
ならば生きて帰らなければ―――
俺がココで死んだらアイツが泣く。
そんなことは俺が許しはしない、いや、そんな事になったら俺自身を許せない!
相打ち?
そんな事をしてアイツが喜ぶのか?なんて稚拙な考えだ。
胸に輝くペンダントには既に魔力は空っぽだ。
でもそんなものは必要ない。
この胸に響く確かなアイツの思い。
それがあれば俺はまだ戦える―――
俺は立ち上がる。
もう迷ったりはしない、言峰を倒す、勝って帰る、アイツに生きて報告するんだ。
「ほう、何をしたか知らぬがやる気だけは出たようだな」
そしてもう一つ気づいたことがある。
セイバーの言葉。
―――シロウには足らないものがあるのでしょう。
わかった。俺に足らないものがわかったんだ。
「言峰、俺はどうやら勘違いをしていたらしい」
「ほう、珍しいな。貴様が自分の間違いを認めるとは」
「ああ、俺は大馬鹿だ。今更気づくなんてな。
―――でもまだ間に合う、今からでもやり直せる。
言峰、お前を倒して俺は先に進む。そして遠坂に言わなければならない事がある」
「ふん、まだそんなたわけたことを言っているのか、貴様は」
だって気づいたんだ。
最初から言峰に勝てる剣は一つだけだったってことに。
怖くて、不安で、意気地がなかったからチャレンジできなかった。
しかし、自分に足らなかったものがわかった今ならきっとできるっ!
「いくぞっ、言峰。最後の勝負だ。
―――この剣、折れるものなら折ってみろ!!」
俺は体中の魔力をかき集める。
そのただ一本の剣を作る為に。
目の前に浮かぶのは剣の丘、そこに悠然と立つセイバーとその剣。
流れる雲は早く、光る朝日は鮮やか。
セイバーの記憶どおりのその剣を一つ一つ作り上げていく。
創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、成長経験、蓄積年月、そしてその全てを心に描き、投影を試みる。
最後に載せるモノは”覚悟”
俺に足らなかった覚悟を載せてこの剣は完成する。
生き残る覚悟、人を殺す覚悟、みんなを守る覚悟、勝利を信じる覚悟。
みんな俺には足りなかったものだ。
「約束された勝利の剣」はこれら含めた全ての勝利を約束する。
そうして俺の手には剣が顕現する。
闇を裂き、黄金に光るその剣の名は
―――約束された勝利の剣
圧倒的な魔力を含み、俺の手の中で静かに光るその聖剣。
やっと作り上げることができた。
「なんと!最強の幻想さえ投影しきるとは!
貴様、本当に人間か!?」
「世辞はいらない。
俺は衛宮切嗣の息子で、そして、正義の味方だっ!!」
光る聖剣を言峰に突きつける。
そこへ現れるこの剣の真の持ち主。
「シロウ!」
「セイバー、少しだけ、この剣借りるぞ」
「シロウ、私も戦いますっ!」
「ダメだ、そんな傷だらけで戦えるもんか。
―――そこで俺の勝利を見ていてくれ」
「シ、シロウ……」
そして俺は言峰に向きかえる。
その表情には余裕があり、自らの最強の剣が負けるわけがないと自負しているのだろう。
「この剣を折ることができたなら、この命、遠慮なく持っていけっ!
―――いくぞ!!」
俺は全ての力を賭けて、言峰に向かって駆けていく。
「セイバーの聖剣、遠坂の思い、そして俺の全てが篭ったこの剣が折れる筈がないっ!!」
・・・
・・
・
3つの思いを籠めて少年は剣を真一文字に振り下ろす。
その姿は剣士というにはあまりにも未熟だった。
あの日から鍛え続けてきた赤い騎士の剣術は影を潜め、
あの日から追い続けていた赤い外套は思考の隅から消えていた。
それでも振るう剣は熾烈、放つ気合は正に裂帛。
乗せる思いはひたすらに重く、少しずつ神父の黒鍵を削り始めていく。
勝利も敗北も魔術も剣術も、それら全てを記憶の彼方へ、ただひたすらに剣を振るい続ける。
残っているのは金砂の少女との稽古で得た経験と
生きて帰ると約束した赤い少女への思いだけ。
決して折れず曲がらずと思えた神父の剣は、そんな剣戟の前で今はただの鉄の塊だった。
神父の顔にはこの戦いが始まって初めての焦りの色が見える。
バカなっ、ありえんっ、と自問する神父は既に気持ちの上で負けていたのかもしれない。
少年は一撃ごとに確実に神父を圧倒する―――。
その苛烈な剣戟は、黒鍵を削り、神父の体を切り取っていった。
神父の治癒も及ばぬ連続攻撃の前に、少年の勝利は目前だと誰もが思った。
しかし、その時、彼の魔力はもう尽きようとしていた。
石に篭る魔力は既に尽き、少年は自らの命を削ってがむしゃらに剣を振るい続けているのだ。
―――生きて、生きてアイツの元に帰るんだっ!
その思いを糧に、少年は剣を振るい続ける。
「よし!!」
「ぬ!!」
永遠に続くと思われたこの戦いも、一瞬の逡巡かそれとも僅かな気の迷いか。
この一瞬の両者のひらめきがこの長かった戦いの決着となる。
「はあぁああっ!!」
体中から声を張り上げ、鉄をも断ち切らんばかりの気合をもって少年はトドメの剣を振り下ろした。
勝負を決めに来たと誰もが思うその剣は、神父の手に持つ黒の剣で流麗に受け流されてしまう。
体勢を崩す少年。
その胸にこの打ち合いで唯一と言ってもいい致命的な隙ができる。
その隙―――黒の神父が見逃す筈もなかった。
「……死ね」
静かに、しかし確かな殺気を籠めて言い放つ。
それと同時に黒い剣が少年の左胸を刺し穿った。
神父の剣は間違いなく少年の心臓を貫き、神父も金砂の少女も少年の死を確信した。
しかし、少年だけはニヤリと笑う。
激しい金属音と火花を伴って、無敵とも思われた黒鍵は折れ、少年の服の下からは真紅の宝石が顔を出す。
「―――遠坂の秘石!!」
全てに気づいても既に遅かった。
少年は残る全ての力と万の思いを込めて、黄金に光る聖剣を袈裟に下ろす。
神父はその剣を防ぐ術を持たず、甘んじてその身にを受けるしかなかった。
「見え見えなんだよーーーーーーっ!!!」
この長かった戦いに終止符を打つべく振り下ろされたその剣は、言峰という神父を完膚なきまでに切り裂いた。
左肩から右腰まで、その斬撃は間違いなく致命傷となる一撃だった。
常人なら助かるべくもない決定的な死。
しかしソレさえも神父にとっては直接の死の具現とはなり得ない。
全ての力を今の一撃で出し尽くし、剣を振り下ろしたままの姿で固まる少年。
神父はその度し難い隙を突く―――
「あぶないっ、シロウ!!」
この戦いが始まってから、只の一度も口を開かなかった金砂の少女。
その心からの叫びが少年の本当の危機を表していた。
しかし、
―――折れた剣で襲い掛かる神父も、金砂の少女の声も全て少年の読みの中であった。
少年はすばやく聖剣を手放し、一瞬早く身を翻す。
カランと乾いた音を残し、地面を転がる聖剣。
そして少年の手には、代わりに背に隠していた魔法剣が握られている。
既に無人となった空間に振るわれる折れた黒鍵。
「心臓がなくても生きられる化け物だ。この程度じゃ死んでないと分かっていた」
右足を軸に、クルリと一回転した勢いのまま神父の胸にアゾット剣を突き刺す。
その刀身の全てを神父の体に埋めこみ、なおも短剣は光り輝く。
そして、その言葉にありったけの魔力を込めて開放した。
「遠坂の十年分の思いだ!くらえっ!!!」
「―――laBt!!」
瞬間、神父の胸に魔力の炎が咲き乱れる。
まるで花火のようなその魔力は、黒い体の隅々まで行き届き
―――そして完全に神父の生命を絶っていた。
―――今、戦いは終わった。
戦場には全ての魔力を使い尽くし地に膝を着く少年と、
体を真っ二つにされ、その身を大地に置く神父。
「シロウ!!」
少年の下に駆け寄る金砂の少女。
その呼び声が長かった戦いの本当の終焉を告げていた。
「セイバー……」
「シロウ!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ、体も魔力もボロボロで何で生きてるのか分からないけど、それでも何とか生きているみたいだ」
心底心配していたのだろう、こんな時でもセイバーは拗ねるように俺の顔を覗き見ていた。
「もう、シロウは人が悪いです。
私はシロウが心臓を貫かれたと気が気でなかったというのに……
アレは誘いだったのですね?」
「ああ、セイバーとの稽古で得た経験、そして『心眼』が役に立ったよ。
言峰の動きは俺には読めていた。
確かにアレは賭けだったけど、この結末自体は俺の予想どうりだったんだ」
セイバーは戦いが終わって初めての笑顔を見せた。
その笑顔は、顔なんか泥だらけで服もボロボロ。
しかも、左腕は千切れかけてさえいる。
そこかしこが血でまみれ、お世辞にも綺麗とはいえないだろう。
それでもこの数ヶ月間で一番のセイバーの笑顔だった。
そしてその笑顔のまま、セイバーは俺の胸に飛び込んできた。
「良かった……本当に良かった。シロウが生きていて―――」
俺を抱きしめるその体は華奢で細く、とても悪魔を退けた英霊とは思えない。
俺は勝利を実感し、同時に思う。
―――良かった。この少女を悲しませずに済んで……本当に良かった。
そして家で俺たちの帰りを待つ二人の少女の事を考える。
その二人との約束を果たせた事を心から誇りに思い、目の前の少女を抱きしめた。
「そうか……やはり、誘いだったのか」
「――――――っ!!!」
その言葉に即座に反応し、俺から離れて剣を構えるセイバー。
「コトミネっ!!貴様、まだっ!!」
剣を構えとどめを刺そうとするセイバーを手で制す。
「セイバー。言峰はもう死んでいる。
あと数分、いや数秒か。こいつに残された時間はそれだけだ。だから―――」
「だから……見逃せ、というのですか?」
「ああ、すまない。
―――おい言峰。
最後に何か文句があれば聞いておく。
お前の事は大嫌いだったけど、それでも俺はお前の遺志を胸に刻みつけて生きていく」
常に死と隣りあわせ。
コレは魔術師にとって当然であり、魔術を志す者ならば避けて通れない道だった。
お互いを殺し、殺される事など覚悟の上、日常茶飯事なのだろう。
だが、俺は人を殺す事に慣れるなんて考えたくもなかった。
―――ならば、殺してしまった相手を抱えて生きていく。
ソレが今初めて人を殺してしまった俺の覚悟だった。
「―――何故……折れた。
たとえ遠坂の秘石といえど、あの一撃で砕けぬ石などこの世にない。
胸に隠した石が例えダイヤであっても、砕け散るのは石の方だ」
それだけの魔力を込めた、と言峰は言う。
確かに無敵と思われたあの黒鍵ならダイヤだって貫いても不思議ではない。
だから、その答えはいたってシンプル。
「遠坂の俺への思いが詰まったこの石が、お前なんかの剣で砕けるもんか。
―――そう信じたから、この石に、いや遠坂に全てを賭けたんだ」
そうだ、石の強度なんてどうだっていい。
魔力が残ってるかどうかも瑣末な事だ。
ただ、遠坂の俺への思いが温かかったから―――信じていけた。
自信満々に言い放った俺を見て、
横に立つセイバーも、大地に寝転ぶ言峰も呆然としている。
しかし、それでもセイバーは分かってくれた。
その賭けが無謀でもなんでもないってことを。
「そう……ですね。
人の思いは時に全てを凌駕する。
貴方の勝利です、間違いない……シロウ」
そういって晴れやかな笑顔を俺に向ける。
その顔には迷いなど一片もなく、今まで以上の決意を感じる。
これからも俺たちと共にありたいと感じることができる。
「そうか……人の心など持ちえぬ私には理解できぬ事象だ。
―――そして、私の敗北だ。
ならば一つだけ言っておく事がある、衛宮士郎よ」
言峰は既に息をしていない。
淡々と話すその口調はいつもどおりだが、その命の灯火はか細く、いつ消えてもおかしくはなかった。
ゆえに俺はその話を真摯に聞かなければならなかった。
言峰綺礼という男の最後の言葉を、この胸に刻み込まなければならない。
「間桐の老魔術師が大聖杯を狙っている。この事を必ず凛に伝え、その対策を練るのだ」
なんと、言峰の最後の言葉は恨みでも不平でもなく、俺と遠坂への助言だった。
なぜ?と思う事はなかった。この男がソレを望むのなら俺はその遺志を汲むのが俺の覚悟だ。
「わかった。必ず遠坂に伝える。それでいいんだな、言峰?」
言峰は足の先から砂になっていった。
サラサラと風に舞うその砂は、言峰綺礼と言う男の生き様そのものに見えた。
そして、この男が消え去る前に、俺も一つ聞かなければならないことがある。
「言峰、なぜ俺たちを殺さなかった?
俺を殺すチャンスなんていくらでもあった筈だ」
そう、言峰は本気で勝とうとは思っていなかった。
いや、あの剣戟も、魔術も俺を殺すつもりだったのは間違いない。
―――ただ俺にこだわりすぎた。
俺たちを殺すにしては、不可解なことが多すぎた。
「別に……
私は最初に言った筈だ。私は私の望みどおりに動く、と。
だから私の望むとおりに戦ったまでの話だ、お前の生死など、もはや私の考えるところではない」
そういって中空を見上げる言峰の顔はいつもどおりだった。
教会で初めて出会ったときと同じ、威圧感溢れる嫌味神父そのものだ。
「それよりも……行け、衛宮士郎よ。
こちらを振り返らず走るのだ。お前を待つ者がいるのだろう?
ならば私などに構っている時間などあるまい」
言峰の体は既に腰まで消えつつあった。
俺は言峰に背を向け、隣にいるセイバーを促し走り出す。
長かった戦いが示すように、東には日が昇り始め周囲は明るく照らされていく。
「そうだ、走り続けるのだ、衛宮士郎よ。
お前は私の終生のライバルの息子なのだから」
俺は後ろを振り向かず走り続ける
その背に敵だった男の最後の言葉を受け―――
「主よ。衛宮士郎のこれからに祝福を。
―――衛宮切嗣には永遠の安らぎを与え・たま・・・え」
輝く朝焼けの中、俺たちは走り続ける。
言峰の最後の言葉を胸に、このまま―――どこまでも走り続ける。
朝焼けの向こう、俺の帰りを待つ少女の下へ。
エピローグ1<凛>
「姉さん、少しは落ち着いてください」
「う、うるさいわねっ、わたしは落ち着いてるわよ」
「そうですか、それならいいんですけどね」
そう言って桜は林檎の皮を、剥き始める。
その手並みは流麗で少しの淀みもない。
「〜〜〜〜♪」
鼻歌さえも聞こえてくる。
この子、士郎のことが心配じゃないのかしら?
余りの自然さに沸々と疑問がわいてくる。
「はい、姉さん。林檎剥けましたよ♪
―――あれ、どうしたんですか?もしかして調子が悪いとか?」
「ねえ、桜。
貴女心配じゃないの?士郎のこと」
正直に聞いてみた。
「はい?先輩のことですか?
先輩は信じて待てといいました。だから私は信じて待つだけです。
―――絶対に先輩は裏切りません。私、信じてますから」
はっきりと言い切るその目は真剣だった。
「桜、アンタ、強くなったわね……」
「はい♪先輩と姉さんのおかげです」
桜は本当に強くなった。
以前の桜なら嘘でもこんな風には振舞えなかった。
代わりに私は弱くなった。
士郎の事を考えるだけで、だってこんなにも胸が痛い。
口ではあんなことを言ったけど、士郎が勝つ確率は余りにも低い。
信じている、信じているけど……私は士郎を失うことが何より怖い。
私は弱くなった。
こんなんじゃ魔術師失格ね……
「はぁーーー」
「あれ、どうしたんですか、姉さん?ため息なんかついちゃって」
「別にぃ……士郎が早く帰ってこないかなー、って思ってさ」
「そうですね、そろそろ帰ってきてもいい頃じゃないでしょうか」
「そうね……勝ってればね……」
「あー、またそんな不吉なことを言うんですね、姉さん!」
「あぅ、ごめんね、桜」
「いつものポジティブシンキングはどうしたんですか?」
「あぅ」
私は弱くなった……
桜の剥いてくれた林檎をシャクシャク食べながら窓の外を見る。
いつの間にか暗かった夜は明け、朝焼けが入り込んできた。
―――アイツ、朝までが期限って言ってたのに
目をつぶってあいつの顔を思い浮かべる。
セイバー、アイツのこと守って!!
わずかに繋がるセイバーとのラインに感覚を合わせる。
その瞬間、心の奥底に感じる波動。
「あ…………」
「ん、どうしました?姉さん」
「士郎達が……勝った…………」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、今セイバーの波動と遠坂の結界が元に戻ったの、間違いないわ」
「やったーーーーっ、だったらこうしてはいられませんね、
姉さん、悪いんですけど、私、出迎えにいってきますね」
桜は返事も聞かず忙しく出て行った。
そして私のお腹の石化も徐々に解けていく。
それは綺礼が死んだ証だった。
「そっかー、勝ったんだアイツ……そっかー」
自然と頬も緩み、ふふっと笑みが浮かぶ。
石化の呪いが完全に消えた時、居間の方で歓声が上がった。
「……………………!」
多分桜だろう。
注意して聞くと士郎の声も聞こえる。
何を言ってるのかは聞こえないが、嬉しそうな声だとはわかる。
―――わたしも
ドアノブに手をかけて思い留まる。
なんかわたしから行くのも悔しいわね。
ここで待ってれば報告に来るでしょ。
考え直してわたしはベッドに寝転がった。
・・・
・・
・
「アイツ!なにやってんのよー」
10分は経っただろうか。
シロウが客間に顔を出す気配はまるでない。
相変わらず居間からは楽しそうな歓声が聞こえる。
わたしは再びドアノブに手をかけて、またベッドに戻る。
くぅー、ココまで来て今更居間にいけないじゃないのっ。
我ながら変なプライドだが、ココは譲れない。
士郎、早く来なさいよね。ご褒美あげるの待ってるんだから。
果たして何回ベッドとドアノブの間を行き来しただろうか?
5回くらいまでは数えてたんだけどな。
「ええい、なんでわたしがこんなにヤキモキしなきゃならないのよー。
もう寝る、寝るったら寝る。
―――士郎なんか知らないっ!」
掴みかけたドアノブから手を離し、ベッドに向かう。
しかし、そう思うとやって来るのが衛宮士郎という男だった。
「遠坂?入るぞー」
コンコン、と、ノックと同時にわたしの名を呼び、そのまま部屋に入ってくる。
なんとタイミングが悪い……
わたしがベッドに入ろうとしている瞬間に士郎は客間に入ってきた。
「ん、なんだ、起きてたのか?それだったら居間に来ればよかったのに。
桜が寝てるって言ってたから、後で行こうかと思ったんだけど」
あの女〜、やってくれるじゃないの……
ベッドに入るタイミングを逃したわたしは中途半端な体勢で士郎と相対している。
士郎は士郎でこちらの出方を待っているのか、じっとして話をしてこない。
―――相変わらず、女心のわからないヤツねー。こういうときは気の利いたセリフを言うものよ
あ、ちょっとムッときた。
わたしをこれだけ振り回したんだもん、当然よね。
ちょっと文句言ってやろ。
「ちょっと士郎。こういう場面で言うこと、あるでしょ?」
「あ、そ、そうかっ、すっかり忘れてたよ。
―――その、おかえり、遠坂」
「―――っ、ちょっ、逆でしょ、逆!アンタなに考えてんのよ!どう考えても逆でしょ!」
「え?だって遠坂は一週間もロンドンに行ってたんだし、昨日はいろいろあって言ってなかったし、
それに―――、一週間も遠坂に会えなくてすごく寂しかったし」
―――っ、こ、コイツはなんでバカ正直にこういうことを言うかな。
わたしはちょっとだけ頬が赤くなるのを感じる。
よしっ、この程度なら士郎にはばれないわ。
「そうね、そうとも言うわね。ならまぁいいか」
「それとこれ、返すよ。俺の家には一つあるし。
それに遠坂の気持ち伝わったから。
―――石に籠めた気持ち、全部伝わったから」
そう言ってペンダントを優しくわたしの首にかける。
ボンっ
やばっ、音がするほど顔が赤くなっちゃった。
こ、こいつ!そんな爽やかな笑顔でそんな恥ずかしいコト言うのは反則でしょーーーーーー!!
「ちょ、ちょっと士郎!石に籠めた気持ちって何よ!!
ちょっと、何よ、その「全部わかってる」みたいな笑顔はーーーーーー!」
「ふふっ、大丈夫だって全部わかってるから。
―――でもありがとう。遠坂の思いに気づいたおかげで言峰に勝てた。
全部、遠坂のおかげだ」
照れもせずそういう士郎は、私の知ってる士郎よりちょっぴり大人だった。
ふんっ、確かにあのペンダントにはいろいろ籠めちゃったかもしれないけど、
でもでも、それでもわたしだけこんなに照れてるのは、なーーーーーんか悔しい!!
目の前にはニコニコと笑う士郎。
そしてぶすっとするわたし
そこでふと気づく。
士郎の服はボロボロだ。
いや服だけじゃない、見れば体中が傷だらけ。
今まで気づかなかったけど、顔だって泥だらけだし、体にはこれっぽっちの魔力も残ってない。
―――馬鹿だ、わたし。
士郎はたった今、死線を潜り抜けてきたんだ。
それなのに、ここで寝ていただけのわたしが悔しがる権利なんてどこにもない。
ならわたしにも言うことがあるでしょう。
恥ずかしいなんて言ってられない。
言うべき事をきっちり言ってこそ、こいつの事を好きなんだって胸を張れるんだから。
わたしは覚悟を決めて士郎の正面に立つ。
そして、きっとコイツが望んで望んで望み続けたその言葉を言ってあげる。
「ただいま、士郎♪
わたしも士郎に一週間も会えなくて寂しかった……ホントよ」
笑顔がないと嫌味に聞こえるかもしれない。
だから、最高の笑顔をつけてあげる。
―――わたしの大好きなこの人へ
おかえり、士郎・・・
エピローグ2<ご褒美?>
「遠坂、ご褒美くれるって言った」
「え!?今、、、欲しいの?」
「うん、今欲しい」
「うん、わたしも一週間ぶりだし、いいわ。
―――しよ♪」
そうして先輩はキスをしたまま姉さんをベッドに押し倒して――――――
バーーーーーーン!!
「サクラ、ドアが壊れますっ!
―――-それに様子を見るだけという約束ではないですか?」
セイバーさんに止められる前に、わたしは必殺の一撃を放つ。
標的はもちろん憎き姉さん。
が、裂帛の気合を持って放たれた「お盆」は先輩を盾にした姉さんの姦計により防がれた。
ドッカーーーーーーン!!
「痛い……って桜、なにすんだよーーーーー!」
「あら、先輩、ごめんあそばせ、手が滑ってしまいましたわ♪」
「桜、その割にはすごい威力で飛んできたわよ、今のお盆。
―――もしかしてわたしを狙った?」
「あら、まさかそんな筈は。
あくまで手が滑っただけですのよ、姉さん」
「桜、貴女ね、人の邪魔をするよりも自分を磨くことを考えなさい」
「あら、さすが余裕のある人は違いますわね、姉さん。
あいにく私には半年しか時間がないものですから」
「だからってわたしと士郎の愛の営みを邪魔する権利はないでしょ!!」
「あら、愛の営みとはまた随分積極的ですわね、姉さん」
「わたしと士郎は恋人同士なんだから、そのくらい当然でしょ!!」
「あら、姉さん、今日履いてる下着、まだ気づいてないんですか?」
「な、なによっ、下着って?」
「あら、姉さんが意識を失っていた間お世話をしたのは私なんですよ」
「な、なんとーーーー、熊さんパンツーーーーーー!!」
「あら、申し訳ありません。ちょうど下着の替えが切れていましたから」
二人の姉妹喧嘩は続く。
これ以上付き合うわけにはいかない、よなぁ。
「セイバー」
「あ、シロウ。申し訳ありません。
力の限り止めたのですが……我が力不足を痛感します」
「セイバーのせいじゃないよ。
それより、お腹減っただろ?ご飯作るから一緒に食べないか?」
「は?よろしいのですか?」
「ああ、今日はセイバーもがんばったしさ、お礼のつもりで豪華にするから」
「は、はいっ♪ それならばお願いしますっ」
「よし、じゃあ居間へ行こうか」
「あの二人は放っておいて良いのですか?」
「ああ、昔から言うだろ、『兄弟喧嘩は犬をも食わぬ』ってさ」
「シロウ、それを言うなら『夫婦喧嘩は犬をも食わぬ』です」
「そうか、セイバー、突っ込み厳しくなったなー」
「はい、いろいろと鍛えられましたから……」
「そうか、苦労をかけるなぁ」
「いえ、私が望んだことですから……」
「ちょっと士郎!どこ行ったのよーーーーーーーー!!」
「先輩っ!私を置いていかないでくださーーーーーーい!!」
エピローグ3 <Answer>
ここはかつてアインツベルンの城といわれた場所。
そして今は、その面影はどこにも無い、瓦礫の山。
火事があったのだ、それも城全体を燃やし尽くす大火事。
その大火事は、特にニュースにも載らず、ひっそりとここにだけ爪痕を残す。
そして瓦礫の中に一つの命が焼け残っていた。
「……私は、生きているのか……?」
それは神父だった。
先の聖杯戦争で暗躍した、黒の神父。
その胸には変わらぬ黒の心臓。
大聖杯の活発化か、はたまた黒の心臓のおかげか。
ランサーの呪いの槍で、一度は失ったと思った命を再び手にした。
ガラガラと瓦礫を押しのけ半身を起こす。
ちょうど朝焼けの時刻だったのだろう。
廃墟となった城に、朝の光が注がれた。
そうして神父はようやく気づく。
左胸には変わらぬ黒の心臓。
しかし、それに隠れたわずかな光を。
チクチクと神父の胸を突付く、その光こそ、
黒の神父が望んで望んでそれでも得られなかったもの。
そして衛宮切嗣が望んで望んで切り捨てたもの。
今、一度の死を経て神父は望むものを手に入れたのだ。
朝焼けの元、スズメの鳴き声が響く。
神父は信心深かった。
だからこう考えた。
―――すべては主の思し召しである、と。
それならば決着をつけに行こう。
宿命のライバルとその息子との最後の決着を―――
後書き
まずは一言、『長くてごめんなさい』
はい、気合入れすぎちゃいました。
とりあえず連載を無事終えて今はホッと一安心というところです。
連載全体の後書きはこの後ということで、まずは突っ込みどころ満載の終章の後書きから。
●言峰がいいやつになってるのはおかしい
勘弁してください。このSSの裏テーマは『言峰の救済』なのです。
全然救われて無いだろーーーーって突っ込みもあると思います。
ですが、言峰はずっと願っていた筈です。普通の人間としての喜びを得たい、と。
これは主にHeavens Feelsで語られてますよね。
言峰の願いを叶えたかった、それが最初に言峰を使おうと思った動機です。
●下級悪魔ってなんだよーっ。Fateの世界には悪魔なんて出てないぞっ。
もっともです。これは単に私の趣味です。
しかも悪魔退治が悪魔を使役するとは言語道断、とか言われそうですが。
言峰は悪魔を全然信用していません。これは文章内にいろいろと散りばめたつもりなのですが、いかがでしょうか。
それはもちろん代行者として、そして神父としての必然なのですが……
つまり使い捨ての道具として使っているのです。なにせ言峰には時間がありませんから。
実は迷いました。悪魔はやめてゴーレムにしようか、精霊にしようか、それなら突っ込みもこないだろうし。
でもそれは逃げかな、と。確かにそれなら一般的な使い魔として違和感無くまとまるでしょうが、最初のインスピレーションを大事にしました。
ですから、ここのポイントだけは突っ込まないでくれると嬉しいです。
その他の内容でも突っ込みどころ満載だと思います。
とりあえずこの終章は戦闘メインで辛かったです。
皆さんもその辺いかがでしょうか?退屈じゃなかったですか?
最後の戦いをクロスさせたのは、Fateルートの真似っこです(ぉぃ
私としては違和感無くまとまったとは思いますが、つまらなかったらごめんなさい。
あと、最後の最後で少しだけ三人称視点を使っています。
しかもその中の一文だけに自由間接話法というちょっと高度なテクニックを使ってみました。
上手く機能しているようでしたら幸いです。
ではでは、私がしぼまない程度に批判・感想をお願いしますね。
と言うわけで四章(終章)の後書き、終わりです〜。
よろしければ掲示板・メールで感想とか書いてください。間違いなく次への活力となります。
さてさてこちらからは全体としての後書きです。
後先考えずに始めた、ワケでは無いのですが、終わってみるとそんな感じになりました。
当初の予定では
学校生活を出したい。
弓道をやらせたい。
言峰を使いたい。
凛をメインにしたい。
バトルを題材にしたい。 だけでした。
一成とか美綴とかが一章、二章あたりにしか出てこないのにいはワケがあります。
この私のFateSSワールドが全て繋がっているのは、最初から読んでくださっている方ならご存知だと思います。
そうです、この『ただいま』もその一番大きな連作の一部分でしかありません。
ということは次や、その次のSSで今作で作ったイメージの一成君や美綴さんを使えるようになったということなのです。
まぁ私の熱意が続けばの話ですけど・・・
このままいけば12ヶ月全てを描き、3月に幸せなハッピーエンドをで纏めることができると思います。
一応大まかなプロットは二作目あたりから作ってあるので、12個の連作を読むと大きなテーマが見えるつくりにしたいですね。
とはいえ私のFateへの情熱がそこまで持つか心配ですが。
それでは徐々に長くなるこのSSの連載に最後までお付き合いくださいまして、心から感謝いたします。
皆さまの温かくも厳しい批評を楽しみにしております。
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04/04/11 管理人spring
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