花見酒(後編)
「先輩ー。
そろそろ起きないと、私が全部作っちゃいますよー」
耳元で聴こえる桜の声。
とても楽しそうに聴こえるのは、まだ夢の中なのだろうか。
「ん、う・・・ん。
あ、あぁ、もうそんな時間か。
ごめん桜、今起きるから」
むくっと体を起こして、周りを見る。
時刻は朝の五時半。ここは見慣れた自分の部屋。隣には愛用のエプロンを着けてにこやかに笑う桜。
ん、いつもどおりの朝だ。
「ふふっ、先輩、おはようございます。今日もとてもいいお天気ですよ
これならお花見も楽しくなりそうですね」
そう言われて窓を見ると、爽やかな春の朝日が差し込んでいる。
チュンチュンと鳴くスズメ達も今日が穏やかな天気だと告げている。。
多分、雲ひとつない快晴なんだろう、うん。
「そっかー、晴れてよかったな」
ぶんぶんと顔を振って、寝ぼけている頭を覚ます。
徐々に頭に血が廻り、目が覚めてきた。
「先輩、先に準備してますから、着替えたら降りてきてくださいね」
やさしく言い残して、桜は下りていった。
やはり桜も晴れて嬉しいのだろうか、いつもより上機嫌に感じられる。
ん、そうだな、あまりゆっくりもしていられないか。
これから大仕事が待ち構えているのだ。
手馴れた調子で布団をたたみ、寝巻きを脱ぐ。
―――今日は暖かくなりそうだからシャツでいいかな。
案外温かな春の空気を肌に感じ、まだ春には涼しかろうシャツで階下に下りていった。
トントントン♪
台所からはリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。
やばっ、もう料理を始めてるんだ。
桜ひとりに任せるわけにはいかないよな、と急ぎ台所に向かう。
「あ、先輩。おはようございます。
今日はどんなメニューでいくんですか?
とりあえず、今サラダを作り始めたところなんですけど」
振り返る桜、同時にふわっとそよぐスカート。
今気づいたけど、今日の桜は私服だった。
そりゃあ、学校がないんだから私服なのは当たり前なんだけど、
桜らしいピンク色のワンピースが、春そのものって感じで可愛らしかった。
「ああ、今日の弁当のメニューは『作れるだけ作る』これがメニューだ。
食材が切れるまで作り続けるから、桜もそのつもりで頼む。
―――それにしても、桜のそのワンピース、似合ってるよな。
なんていうか……桜らしいや」
俺の何気ない言葉に固まる桜。
「は、はい!今日はちょっと春っぽい服にしてみました。
あ、ほら、ピンクってなんとなく暖かい感じですよね?」
なんで言い訳してるんだろ、桜は。
ちょっとだけ赤くなった桜は、手に持った包丁をブンブン振り回しながら説明している。
ちょっと微笑ましくもあるけど危ないぞ、桜。
「ふふっ、桜、俺は褒めてるんだぞ、
そんなに慌ててると、何か怪しい事でもやってるみたいだな」
「は、はい。そうですよね、嬉しいです、私。
先輩がそんな事を言ってくれると思わなかったんで、ちょっと慌てちゃいました」
また随分と失礼な事を言ってくれる。
まるで俺が女の子の気持ちなんかわからないみたいじゃないか。
いや、実際そうなんだろうけどさ。
「ふーん、まあいいや。
―――それより、急いで弁当を作らないと時間が足りなくなるぞ
今日は今までにないほど大量に作るんだから」
昨日のうちに買い込んだ食材は冷蔵庫に入りきらないほどだ。
これを朝のうちに全て弁当に変換するのが俺たちの仕事。
……うーん、やっぱ俺一人じゃきつかったよなー、桜に頼んでおいてよかった。
「ええと、大量というのはもしかして……全部?」
「そう全部。
大丈夫だって、藤ねえとセイバーと『んっ』がいるんだから、作りすぎて余るという事はありえない。
今日はおもいっきり豪華にいくと決めたんだから、俺達のできる最高の料理を作るんだ」
「はあ、わかりました、先輩がそう言うならそうします。
でも、いくらセイバーさんと藤村先生でも食べきれるかなぁ」
その点は大丈夫だ、さっきは言えなかったけど『桜』もいるし、実はちょうどいいぐらいだと思うぞ。
それにあの満開の桜に見合う程の料理だったら、それくらいの豪華さがないと勝ち目がない。
「さあ、桜。がんがん作ってくぞ。
今日は最高の花見にするんだから、料理だって負けてられない」
「はい、先輩。―――がんがんいっちゃいましょう」
むんっと気合を入れる桜を見つつ、専用エプロンを着けて俺も台所に立った。
・・・
・・
・
「士郎、お弁当出来てるー?」
居間に入ってきた遠坂はまず真っ先に食料の心配をした。
遠坂が来たという事はもうすぐ出発の時間なのだろう。
それにしてもこんなところに来て、公園の場所取りは大丈夫なんだろうか?
「遠坂、場所の方はいいのか?
席を離れたら場所取りにはならないだろ」
弁当のラストスパートに忙しい俺は、
台所から振り返りもせず、率直な疑問をぶつけてみる。
「ああ、場所取りね。そっちの方はバッチリよ。
今はセイバーがいるし……
あ、セイバー一人でも心配は要らないの、ちゃあんと細工してきたから」
ふふんっと自信満々に胸を張る遠坂。
セイバーが一人というのは心配だが、遠坂がそう言うなのらきっと問題ないんだろう。
「そうか。
弁当の方はもうすぐだぞ。
あと少しだから心配は要らない、それより藤ねえは何をやってるんだ?」
ジャジャッとフライパンを振りながら、ここにいない残り一人のことを尋ねる。
「ここに来る時に会ったけど、なにやら大事な用があるから先に行っててくれって。
約束の時間までにブツは持ってく、て言ってたけど」
「ブツ〜?まさか酒を持ってくるつもりじゃないだろうなぁ。
藤ねえならやりかねないけど、
ま、自分用を持ってきたら当然没収だけどな」
こっちには遠坂も桜もいるし、いくら藤ねえがタイガーになっても負ける事はないだろう。
などと楽観的に考えつつ、最後に作った肉野菜炒めを弁当箱に詰める。
よぉーっし、完成!
時刻は8時ちょうど。2時間もかかったけど、手応えなんかもうパーフェクト。
セイバーの嬉しそうな笑顔が目に浮かぶようだ。
弁当を包みながら、これからの事を考えて自然と頬が緩むのがわかる。
雲ひとつない快晴、春らしい暖かな気候、満開の桜、美味しい料理、そして―――みんなの笑顔。
これだけ揃っていて楽しくないわけがない。
「士郎、準備できた?
できたなら早めに行きましょう。
セイバー朝ご飯食べてないから、そろそろ我慢の限界の筈よ」
「なにー、それはまずいな。
セイバーはご飯を与えないと理不尽になるからなー。
このまま公園に行って、これを朝飯にするとしよう」
パンパンと重箱を叩く。
衛宮邸の食料全てを使った今日の弁当は、実に重箱11個分にもなる。
これでは公園に持っていくのも重労働だ。
「さあ、セイバーさんが待ってますよ、急いでください先輩」
玄関で待つ二人の姉妹と共に、春の快晴の下を歩き出した。
トンネルを抜けるとそこは雪国だった。
とは誰の言葉だったか。
公園に入るとそこは人の山だった。
人、人、人。
冬木市ってこんなに人口多かったっけ?と思うくらいの人ごみ。
「まあ、しょうがないよなー、これだけいい天気なんだし」
熱くもなく寒くもなく、晴天に恵まれた今日は絶好の花見日和。
同じように考える人も、まあ、少なからずいたというわけだ。
「うわー、凄い人ですね。セイバーさんは大丈夫でしょうか?」
あまりの熱気に少し心配そうな桜。
確かにこれじゃあ場所取りもままならないだろう?
遠坂は大丈夫って言ったけど、さすがに心配になる。
「大丈夫なのっ!
士郎、私のこと信用してないの?
私が大丈夫って言ったら大丈夫なんだから!わかった!?」
俺達二人の視線の抗議に耐え切れなくなった遠坂は、
ふんっ、ってな感じで奥を見つめる。
「奥の、一番大きい桜の木があるでしょ。
セイバーがあの木の下に陣取ってるわ。
さ、行きましょ、これだけ人が出てると、さすがに紛れが起きかねないわ」
つかつかと奥に向かって先行する遠坂。
奥に向かって一直線に歩いている。
でも、どうやってあの一等地を確保できたのだろうか。
だってあの桜の下はどう考えても一番人気だ。
今回は遠坂の努力を褒めてやらなきゃな。
人ごみの中を奥へ向かうと、公園で一番大きな桜の木が見えてきた。
俺の想像通り、その桜の周りは溢れんばかりの人で一杯・・・・・・というわけではなかった。
周りの桜の下はどこも人で一杯。
しかし、お目当ての木の下だけは不自然なほどに人っ子ひとりいなかった。
―――いや、いた。
木の下で静かに正座をする女の子が一人。
「セイバーだ」
その一体感は、近づいて見なければそこにいるのが見えないほど。
桜の花びら舞うその空間は一種の聖なる神殿のように静かだった。
その神殿の中央に座するセイバーは、
俺達が近づいてくるのを感じて、閉じていた目を開ける
そしてひとこと。
「遅いです、シロウ」
拗ねたような瞳で俺を睨む。
「は?」
神々しいまでの空間をから漏れたいつもと同じその言葉に
俺は情けない声を発してしまった。
「だから、遅いといったのです。
―――シロウ、私は朝食を摂らずにここにいる。
その意味がわかりますか?」
ああ、そうか。
つまりセイバーはお腹が減っている、ゆえに機嫌が悪い。
なんてシンプル。
「もちろんだ、腕によりをかけてたくさん作ってきたから、いくらでも食ってくれ
いくらセイバーでもこれだけあれば食い尽くせないぞ」
「むむ、その言いようでは、私が常日頃から食い尽くしているように聴こえる。
それは聞き捨てなりません。即時の撤回を希望します」
俺の言葉が癪に触ったのか、眉をひそめるセイバー。
ぷぷっ、でもここに弁当がある限り、セイバーは俺に逆らえないのだー。
「ふぅーーーん、じゃあセイバーは必要ないんだ、朝飯。
俺達も朝飯食ってないから、ここでみんなで食おうと思ったんだけどなー。
ふーん、セイバーさん、お昼までいらないんだー」
「なっ!」
俺の切り返しに明らかに動揺するセイバー。
むむむ、とか言いつつなにやら考え込んでいる。
プライドと食欲の狭間で凌ぎあってるのか。
「シ、シロウ。先ほどの話の撤回は希望しますが、その、リンたちも食事を取ってないとのこと。
―――とりあえず、皆で朝食にしようではありませんか。
いえ、シロウもサクラもお腹が空いているでしょうし」
プライドと食欲の戦いは、妥協案でまとまったらしかった。
いつもならもうちょっとセイバーをからかって遊ぶのだが、遠坂と桜もいることだしこの辺で止めておこう。
「ちょっと士郎、私のセイバーをあまりいじめないで!
ただでさえ朝からこんなところで場所取りなんてさせてるんだから。
サーヴァントに花見の場所取りさせるなんて聞いたことないわ」
それは俺も聞いたことない。
それにそうだな、確かに朝早くから大変だったと思う。
「ああ、実は俺も腹が減ってしょうがないし、皆でとりあえずご飯にしよう。
遠坂も食べてないんだろ?
たくさん作ってきたから、まずは朝飯にしようか」
ビニールシートを敷いて、弁当箱をドスッと降ろす。
家から持ってきた紙コップに、保温ポットで持ってきた緑茶を注ぐ。
持ってきた弁当の中からサンドウィッチとポテトサラダを取り出して準備完了。
「藤ねえはまだ来てないみたいだし、俺たちだけで勝手に始めてようか」
最重要優先客のセイバーに、サンドウィッチとお茶を手渡す。
だってセイバー、うずうずしてるし、これは朝から場所取りをさせた報酬みたいなもの。
「そうね、せっかくだからいただきましょ。
―――士郎と桜の本気、見せてもらうんだから」
「ええ、じっくり味わってくださいネ、姉さん。
私と先輩が力をあわせて作った合作ですから」
ほほ、とにこやかに笑う桜。
ふふっ、と涼しげに笑う遠坂。
さらには、すでに目の前のサンドウィッチを食べつくし、虎視眈々と次の重箱を狙うセイバー。
……おいセイバー、いくらなんでも食べるの早いぞ。
「シロウ、このサンドウィッチはとても美味しいです。
ですが、いささか量が少ないようだ。
早く次の重箱を開けてください」
はやくはやくーと急かすセイバー。
おいおい大丈夫か、本当に11箱で足りるのか、このペース。
いつもどおりコクコクと頷きながら黙々と食べ続けるセイバー。
姉妹仲良く火花を散らす桜と遠坂。
そんななんでもない光景に心温まる俺。
ビューと一陣の風が吹き、桜の花びらが舞い散る。
辺りは妙に静かで、周りの喧騒も気にならない。
目を閉じれば外界の音は完全に届いてこないほど。
ん?
いくらなんでも静か過ぎないか、これ?
周りにはたくさんの人がいるのに、ここだけは異様に静か。
おいおいちょっとおかしいだろ。
「おい、遠坂。
ここってやけに静かだと思わないか?」
んっ?てな顔をして桜との目線バトルを中断する遠坂。
「―――当然でしょ。結界の中なんだから」
さも当然のように答える遠坂凛。
「い!?」
こんなところで魔術!?しかも、結界!?
本気かよ遠坂。
驚く俺を見て、眉を寄せる遠坂。
むむ、不穏な雰囲気・・・
「ちょっと士郎。貴方まさか気づいてなかった、なんて言わないわよね」
はぁー、なんてあからさまにため息をついてるところを見ると、
質問をしているくせに、もう答えはわかってる様子。
「む、悪いか。こんな白昼往来で魔術を使うなんて思わないぞ、普通。
第一誰か入ってきたらどうするんだよ、
いきなりビリビリとかきたら大問題だろ」
魔術は隠匿するもの、ってのが魔術師のルールなんだから。
「ビリビリ?
ああ、イリヤの城の結界の事?
この結界はあんなに高度じゃないから、そんな心配は要らないわ。
第一魔力がない普通の人は気づきすらしないもの」
「?気づきすらしないってどういうことさ」
「だからそのままの意味よ。
一般人はここに何かがあることはわかっても、それが桜の木だとは気づかない。
つまり物事を認識させづらくする結界なの。
だからセイバーがいても誰も気づかないし、わざわざ近寄ってくる人もいない。
それにねー、士郎。この結界って魔術師にしてみれば基礎の基礎でしょ
魔術の秘匿のためには欠かせない結界なんだから」
悔しいけど、確かに遠坂の言う通りだ。
魔術を隠すための結界は、現世に生きる魔術師にとって必修科目に違いない。
だがっ
「でも、俺達は何も感じずにここには入れたし、セイバーも桜の木もちゃんと見えたぞ」
「それは当然よ。
体内で魔力を精製する魔術師にはこの程度の結界じゃ役に立たないわ。
所詮結界はその土地に仕掛けるもの、へっぽこでも魔術師なら効果は薄いものよ。
―――それにしても士郎、本当になにも感じなかったの?
桜だってちゃんと気づいてるっていうのに。
はあー、師匠としてちょっと自信なくしちゃうわね、これは」
顔を抑える遠坂の顔はホントに落胆している。
うう、我ながらちょっと恥ずかしくなる。
そういえばここを見た時、なんとなく神殿っぽいかなー、なんて感じたのも当たり前だったんだな。
結界の中だもん、ここ。
ってそれよりも!
「桜!」
桜も気づいてたなんて。
確かに桜も魔術師らしいのだが、その実力を俺は知らない。
遠坂のみならず、桜にまで負けたとなると、先輩としての、いや男としての威厳が・・・
「え、え、先輩?
き、気づいてなんかいませんよっ、はい、ぜんっぜんっ気づきませんでした、私。
ホ、ホントですよ」
―――男の威厳なんて既に無かったらしい。
むしろ桜の温かい心遣いが、胸に突き刺さる。こうグサグサって感じで。
桜、お前はこれからウソ禁止。
俺にさえ見抜かれるようじゃ、きっとこの世で騙される奴なんていないぞ。
それにしても俺の8年間って一体・・・
常に死と隣り合わせの修行って意味ないんだな、実は。
そう思うと心がダークネスに染まっていった。
ふーーーーーんだ、どうせ俺には魔術の才能なんて有りませんよーだ。
どうせ俺は剣しか能がないんだから、毎日剣だけ作ってればいいんですよーーーーだ。
いじいじ。
「えっと、士郎?
あの、いいじゃない、それでも!
士郎には剣があるんだし、他の魔術は私がいるんだし
一応魔術だって少しずつ進歩してるんだから、その、普通の魔術師の50分の1くらいは」
俺のグレ気味な気配が伝わったのか、世にも珍しい遠坂のフォロー。
ていうか全然フォローになってないし。
「おーおー、さすが五大元素様は言うことが違いますねー。
ところで五大元素様。
魔術師しか気づかない結界だったら、藤ねえはどうなるんでございましょうかね?」
ピクッ!
その言葉に反応したかと思うと、あからさまに『やっばぁ〜』って顔をした遠坂。
「おい、五大元素。
まさか忘れてたとか言わないだろうな」
あっちゃー、こいつ本当に忘れてたらしい。
さすが大事な事ほど良く忘れるのが特技だけある。
「そこ!五大元素言うなー。
わたしだって悪いと思ってるんだから。
あー、なんで今まで気づかなかったんだろ、迂闊だったわ」
まあ、ちゃんと反省はしてるみたいだ。
それにしてもこういうシーンが頻繁にあるのは気のせいだろうか?
毎回反省してたら遠坂も大変だなぁ・・・
「ってそんなこと言ってる場合じゃないだろ。
遠坂、俺ちょっと探してくるよ」
遠坂は立ち上がる俺を制した。
「いえ、わたしの責任だもの。
わたしが探してくるわ。
すぐ戻るから、ここで3人で待ってて」
言うが早いか、遠坂は足早に藤ねえを捜しに行った。
相変わらずの決断の早さだ。
駆けて行った遠坂は真剣で、アレならきっと心配はないだろう。
立ち上がりかけた腰を下ろし、目の前に置かれるお茶を飲む。
「シロウ、お話は終わりましたか」
「ああ、セイバー。遠坂に任せればだいじょ・・・」
そう言って左隣を振り向いて愕然とした。
空の弁当箱が3つーーー!
この短時間に3つもの重箱が積み重なってるーーーっ!
空になった重箱の前でコクコクと頷きながら更に捕食を続ける金髪の少女。
おい、お前のことだ、食欲大魔神一号。
「シロウ、このローストビーフはとても美味しい。
ですが、いささか量が少ないようだ」
先ほどと似たようなセリフを吐きながらも、微塵も食スピードを落とす気配が無い。
「セイバーさん、そのローストビーフは私が作ったんですよ。
美味しいって言ってくれて嬉しいです、私」
ニコッと笑い、セイバーと共に弁当に立ち向かう桜。
その姿は正に食欲大魔神二号。
おい―――お前ら二人して花より団子ですか。
いいんですか、花も恥らう乙女がそんなことで。
「さすがサクラ。これ程の料理、もはや神の領域といえるでしょう。
二人に料理を作ってもらえるなどとは、私はとても幸せものです」
「いえ、そんなセイバーさん。
それにまだ先輩には及びません。まだまだ修行あるのみです。
―――でも、姉さんには負けませんけどね、意地でも」
「そうですか、リンの料理はいつも美味しいのですが、いかんせん不安定です。
忙しい時などは、『かっぷらーめん』というヤツでごまかされた事もあります。
アレはもはや料理とはいえないシロモノだった・・・」
無念そうに肩を落とすセイバー。
その表情には『コノウラミハラサズデオクベキカー』みたいな怨念が宿っている。
それを見て、ああ、遠坂も苦労してるんだなー、とわかってしまった。
セイバーを現界させるのに最も苦労するのは魔力の供給なんかじゃなくて、
実は食費なんじゃないかって唐突に思ってしまった。
セイバーは本当はうちに住んでもらいたかったのだが、遠坂の猛反対によって却下された。
そのツケは、食費となって遠坂の預金通帳に直接跳ね返っているのだろう。
そんな事を考えつつ、セイバーを見ると
「ん、シロウ?どうしました、嬉しそうな顔をして。
―――それにしても、この鳥の唐揚げはとても美味しい。
ですが、いささか量が少ないようだ」
もぎゅもぎゅと唐揚げを食べるセイバーの顔がとても幸せそうだったからだろうか。
先ほどの些細な事なんてどこかに消えうせてしまった。
セイバーの笑顔に、俺も少しだけ幸せを分けてもらえたみたいだ。
「うーーーーっん」
ドサッ
精一杯の背伸びをしつつ、シートにごろっと寝転ぶ。
そういえば聖杯戦争から今日まで、気の休まる時なんて無かったな。
魔術や剣術の鍛錬、勉強や慣れない新クラス、やらなきゃならない事は山積みだった。
こんなふうにのんびりするのはいつ以来だろう・・・
そんな風に考える俺の顔を上から遮る影が一つ。
「先輩。何を考えてるんです?
―――楽しいことですか?それとも苦しい事ですか?」
風に舞う髪を手ですくい、穏やかな顔で俺を覗く桜。
その幸せそうな桜の顔を見て、
「もちろん楽しい事だよ、桜。
今、この時の俺は幸せだなって」
桜吹雪をバックに映える桜の顔は、とても魅力的だった。
そう考えた瞬間、桜の顔は徐々に俺に近づいてくる。
動けない俺。
桜の花びら散るその幻想的な空間が、まるで俺を縫い付けてしまったかのように。
「先輩・・・」
「桜」
近づいてくる桜の顔は、もうすぐ目の前。
鼻と鼻がぶつかり、唇と唇が触れようとした時。
「そこまでです、シロウ」
ビックーーーーーン!
俺と桜は同時に跳ね上がり、一秒で元の席に戻った。
そんな俺に向けられる箸のさきっぽ。
「セ、セイバーさんっ」
「セイバー、いたのか」
ビシッと箸を俺につきつけ、冷ややかに睨むセイバー。
「ええ、いましたとも。
シロウは覚えてないかもしれませんが、それはもう最初から」
先ほどまでの上機嫌から、急転直下の不機嫌モードのセイバーさん。
失念していた、そういえばずっとセイバーと一緒だったんだ。
「シロウ。サクラとリンの宣戦布告の話は聞いています。
ですが、私はシロウとリンの子供を今か今かと待つ身なのです。
この私の目の黒いうちは、『はれんち』な事は許しませんので、そのつもりで」
「セ、セイバーさん。『はれんち』なことって、そんな・・・私」
「サクラ、今二人がやろうとしたことです。
この事をリンに話すと、きっと数日はリンの機嫌は直らないでしょう。
それは私としてもとても不本意な事。
今のことは私の心のうちに秘めておきますので、ご安心を」
そ、そうか、セイバーは食糧事情を心配してるんだな。
いくら最強のサーヴァントでも『かっぷらーめん』は怖いのだろう。
機嫌の悪い遠坂が料理なんか作るわけないもんな。
うんうん、それは確かに不本意な事だ。
「チッ」
響く舌打ちに、ババッと桜の方を向く。
「え、えーっと、先輩?
どうしたんですか、急に。
っ!まさか私が姉さんに今のことを言う、とか思ってるんですか。
そんなことはしません!信じてください。
こういう事は私の口から姉さんに言っても、あまり効果はないんです
セイバーさんに言ってもらうからこそ、姉さんも疑心暗鬼に陥るんです」
桜さん、まず今の舌打ちはナニ?
次にその釈明っぷりはどういうことよ?
最後に遠坂を疑心暗鬼にしてどうするの?
女の権謀術数を目の当たりにして、セイバーの潔白さが尊い物だとわかった今日この日。
―――女って怖い。
「そう、桜。
貴女、常日頃から既成事実を狙ってるのね。
しかもそれを策略に使おうとするなんて・・・我が妹ながら末恐ろしいわね」
あれー、なんかここにはいない人の声がする。
幻聴かなー。
「セ、セイバー、今遠坂の声が聞こえたような気がするんだけど、幻聴だよな?」
一縷の望みをかけて、セイバーに問いただす。
「いえ、シロウの後ろで赤い殺気を振りまいているのは、間違いなく私のマスターです。
シロウ、現実逃避とは貴方もまだまだ修行が足りない」
やっぱりそうかー。この殺気は遠坂だったか。
いやね、俺も薄々わかってはいたんだけどね。こう、心が認めたがらなかったというか、なんというか。
「あのー、遠坂さん?一体いつごろからそこにいらっしゃったのでしょうか?」
ニヤリと凄みを利かせつつ、俺に近寄ってくる遠坂。
「そうね。実は藤村先生はすぐそこで見つけたの。
『うーーーーっん ドサッ』って寝転がったあたりかしら」
そう言いつつ俺の隣に座る遠坂。
その笑顔は極上で、それがまた俺の恐怖をあおる。
「士郎ー。お姉ちゃん疲れちゃったよぅ。
全然見つからないんだもん、帰ろうかと思っちゃった。
あれ?どうかしたの」
ダンボール一杯のジュースを抱えてこちらに来る藤ねえ。
なんと間の悪いことか・・・
「藤村先生。士郎の不明を問いただしていたところです。
先生も見たでしょう。今の士郎と桜を」
「ん、それなんだけど、なんか私には見えなかったのよねー。
目には自信があったんだけど」
結界で見えなかったのか、これでダブル糾弾という最悪の事態は免れたといえる。
「そんなことよりとりあえず皆で乾杯しようよぅ。
せっかくこんなに見事な桜があるんだから、今日はそういう物騒な事はなしなし。
ね、遠坂さんも、今日はこの桜に免じて許してあげたら」
ああ、なんて藤ねえらしくない神々しいお言葉。
どうしちゃったんだろうホントに。
いつもなら遅れてなるものか、とばかりに打ち込んでくるのに。
「はあ、そうですね・・・分かりました。
―――せっかくのお花見ですし、そういうのは無しにしましょう。
でも!
士郎にはあとできっちりワケを話してもらうからね」
ぎろりと俺を一睨みして、遠坂の中でこの件は終わった。
一度終わった事を引っ張り出す遠坂じゃない。
どうやらこの場だけは助かったらしい。
「とりあえずジュースをい〜っぱい買ってきたから、好きなのを注いでくれる?
みんなに行き渡ったら乾杯しましょ。
あ、セイバーちゃんはお酒ね。ビールでいい?」
ビールの缶を手渡され、両手で大事そうに抱えるセイバー。
チラッと遠坂を覗き見た後、缶のプルトップをプシュと開けた。
「ほらほら士郎たちも早く選んで。
せっかくの桜が待ってるわよん」
見るとテレビで宣伝しているような有名なジュースばかり。
藤ねえ、ポケットマネーで買ってきてくれたのか。
ちょっと悪かったかな、後でお礼くらいは言わないとな。
どれにしようかなー。
うーん、さっきからお茶ばかり飲んでるからさっぱり系がいいかな。
「じゃあ俺はグレープフルーツにしようかな」
「私はオレンジジュースでいいです」
「わたしはウーロン茶でいいわ。あまりカロリー摂りたくないし」
それぞれのジュースを紙コップに注ぎ、席に着く。
ジュースで乾杯ってのも間抜けだが、俺達にはこのくらいがちょうどいい。
セイバーに捕食されたとはいえ、料理はまだまだたくさん残っている。
新しい重箱を開けて中央に広げる。
「んじゃあ、この見事な桜と晴れ渡った空に・・・かんぱーい!」
「「「かんぱーい」」」
藤ねえの音頭で皆が乾杯をする。
やっと全員揃った家族達。
ちょっと遅くなったけど、今から楽しくバカ騒ぎでもできるといいな。
さっきの遠坂には焦ったけど、まあ無傷で済んだんだから問題ない。
ふぅー、と一息ついて、手に持つジュースを流し込む。
疲れたのどに爽やかなグレープフルーツののど越しがまた・・・
「っ!!げふっ!ごふっ!これグレープフルーツサワーだぞ!」
・・・むせました。
「やったー。ジュースとお酒の中身を入れ替える作戦なのだー。
コングラッチュレーション♪見事ミッションコンプリートでーす
これで私もお酒が飲めるというものよねー」
「ふ、藤ねえ。まさかこれ全部入れ替えたのか!?
なんて無駄な努力を・・・
2ヶ月前から全然進歩してないじゃないか」
えっへんと胸を張り、喜々としてはしゃぎまわる藤ねえ。
「だってさー、士郎、私だけお酒禁止ーとか言うんだもん。
これはやるしかない、と思ったわけよ。うんうん」
わーい、と喜ぶ藤ねえはもう留まるところを知らない。
ていうか、持ってきた飲み物全部が酒じゃどうしようもない。
それにしても遠坂と桜は大丈夫なのか。
心配して二人を見ると、
「全然。わたしお酒大好きだもん」
「先輩、私もお花見はお酒のほうがいいと思います」
―――二人とも酒豪だった。
「おいおい!二人とも未成年がお酒飲んでいいと思ってるのか。
藤ねえも藤ねえだ。一応教師だろ。こういうのまずいだろ。
おい、みんな俺の話を聞けぇーーーーー!!」
そっぽを向いて酒を飲み続ける三人。
こいつら、根っからの酒好きだ。
くそー、ここでも少数意見かよ。俺に誰か味方はいないのか!?
そうだ、セイバーだ。
セイバーならきっと俺の味方に違いない。
そのセイバーは、正座のままチビチビとビールを飲んでいた。
ちょっとだけ赤い頬がかわいい。
「セイバー、みんな止めなくていいのかよ。
未成年がお酒飲んでるんだぞ、規律を守らなきゃダメだろー」
「15歳から成人です」
ビシッと一言。
だめだ、セイバーにとっては酒は15の時から飲むモノなんだな。
はぅー、なんか一人で慌ててるのがアホらしくなってきた、もうどうでもいいぞ、こんなこと。
どうせ結界張ってあるし、藤ねえが回りに迷惑をかけることもない。
だったらもう気にするのはやめて、せっかくだから無礼講にしてしまおう。
グビグビッとサワーを飲んで、桜の木に寄りかかる。
火照った顔に春の風が気持ちいい。
二人一緒に酒を飲んでいる桜と遠坂は好対照だ。
桜がチビっと飲む間に、遠坂はガバガバ。
―――アイツざるだ。
あいつと一緒に酒を飲む時は気をつけよう。
二人は盛り上がっているのか、怒鳴り声まで聞こえる。
実はあれはあれで仲がいいのだ。お互いの遠慮がなくなった証拠だろう。
姉妹に戻って以前より親しくなったのは間違いない。
それは俺にとっても嬉しい事。
これからもあの二人にはずっと仲良くしてもらいたい。
藤ねえは手酌で酒を飲み続けている。
アレはきっと序曲で、酔いが回ってくると周りに被害が出始めるのだ。
多分標的は俺、もしくはセイバーか。
なにやらハイテンションだが、俺に近づいてくる気配は無いので良しとしよう。
セイバーは、相変わらずチビチビ飲み続けている。
どうやら酒に強いというのは本当のようだ。
もうかなり飲んでいるのに、一向にペースが落ちない。
セイバーの前には既にいくつもの空き缶が並べられている。
平和そうな顔をしてビールを飲むセイバーにいつもの緊張感はない。
桜を見るセイバーの顔は本当に穏やかで、平和そうだ。
まぁ、ここには結界が張られているから、そうそう危険はないはずだ。
こんな時くらいはセイバーも気を抜いていいのだと思う。
さて!
ここで一人で飲んでいても始まらない。
俺の選択肢は……
1.平穏無事。セイバーと二人でのほほーんと桜を眺める
2.ある意味チャレンジャー。酒好き姉妹とのあまーいひと時。
3.虎穴にいらずんば虎児を得ず。藤ねえとタイマン一本勝負。
3は論外。即死の選択肢だ。
2も激しく身の危険を感じる、トラップだ。
正解は1、セイバーと二人でのほほーんと桜を眺める、だ!
いそいそとセイバーの側に歩み寄る。
相変わらずセイバーは正座をしたままビールを飲んでいる。
セイバーの目の前に並ぶビールの缶は既に10本を超えている。
「おいおい、セイバー。いくらなんでも飲みすぎじゃないのか
たとえ酒に強くてもあんまり飲みすぎると体に悪いぞ」
セイバーの隣に腰を下ろしつつ、軽く忠告をする。
「大丈夫です、シロウ。私にとってこの程度の酒は水のようなものです。
ですがご忠告には感謝いたします。ありがとうございますー」
ん?
なんか今違和感が・・・
「それにしても見事な桜です。
英国にも桜はあるのですが、種類が違うのでしょう。
これほど見事には咲き誇りませんねー」
んん?
「んー、二人でなぁに話しちゃってるのかなー。
怪しいぞぉー。危険な香りがぷんぷん。
ね、ね。おねえちゃんも混ぜて欲しいよぅ。
セイバーちゃん、一緒に飲むって約束だもんねー
―――士郎はその辺で素振りでもして来なさい、とりあえず百万回」
ねー、って感じで俺達の間に現れたタイガー。
もう既にかなり酔ってるらしく、その言動のそこかしこが理不尽だ。
「セイバーちゃん。これこれ。
セイバーちゃんへのプレゼント。
大変だったんだからー、お爺様の蔵から持ち出してくるの。
ジャジャジャジャーン♪
―――秘蔵、とらぎんじょうー
すっごい美味しいんだって、一緒に飲もうよー」
なぜにドラ○もん効果音!?
しかもアレが虎吟醸!?
名酒中の名酒と呼ばれる虎吟醸は、一年に一本しか作られないと言う貴重酒。
まさかライガ爺さんが持っていたとは。
しかもそれを孫に盗まれるなんて・・・不憫。
それを聞いた遠坂と桜も集まってきた。
「それほど美味しいなら是非いただいてみたい。
タイガ、よろしくお願いしますー」
もしかしてセイバー、酔っ払ってるんじゃないのか?
さっきから語尾がちょっと変だ。
だとするとヤバイ。
確か虎吟醸のアルコール分はかなり高かった筈。
コップに注がれた虎吟醸は超高級日本酒の名の通りに澄み切っていた。
その酒を一息に、んぐんぐっと飲み干すセイバー。
とめる暇もありゃしない。
「あ、あ、ああ!セイバーちゃん、高いんだから一気飲みとかしないで味わって飲んでよぅ」
藤ねえが買ったわけじゃないだろ。
「藤村先生。わたしにもちょっと飲ませてくれませんか。
わたし、日本酒ってダメなんですけど、そんなに美味しいならいけるかも」
「ダメです。遠坂さんは未成年でしょ。
―――それにこれは私とセイバーちゃんの為に盗んできたのっ」
ハフハフと鼻息も荒く遠坂の申し出を却下する藤ねえ。
元々酒を飲ませたのはアンタだろう!
しかも盗んできてえばるな!
さすが理不尽大王、酔っ払いは伊達じゃない。
そんな事をしてるうちにセイバーは一息に虎吟醸を飲み干していた。
ぷはーっって親父かい!
「お、おいしいです!
こんな酒が存在するなんて・・・
これが本当の酒だというのなら、私の今まで飲んでいた酒はなんだったのでしょうかー」
食事の時もそうだったけど、セイバーって恵まれてないよな、そういうの。
仮にも王様だろ・・・
「でしょでしょー。これはねー、お爺様の秘蔵の一本で、
いっつも分けてくれないから、いつか奪い取ってやろうと思ってたの。
セイバーちゃんと一緒に飲める今日が勝負―――って思ってたのよぅ」
人懐っこい笑顔を浮かべる藤ねえ。
その笑顔に邪気はなく、まぁ、悪いと思ってないんだろうな、きっと。
ライガ爺さんお気の毒・・・
「もう一杯いただけますか?タイガ」
「もちろんよー、セイバーちゃん。
セイバーちゃんと一緒するために持ってきたんだから」
コポコポと紙コップに注がれる虎吟醸。
それを羨ましげに見る遠坂。
おい、そんなに飲みたかったのかおまえは。
コップに並々と注がれた酒を、一度だけ覗き見る
腰に手をあて、これから飲みます、なんてポーズで
セイバーは一気に飲み干した。
「んぐっんぐっんぐっ―――」
おいおい、また一気かよ。日本酒だぞ、ヤバイだろそれは。
隣で心配する俺を余所目にセイバーはコップ一杯の酒を飲みきる。
「ふー、おいしいれす。さすがタイガだ、このおうなすはらしい酒をもっていおうとは」
おい、騎士王。呂律が回ってないぞ、そんなんでいいのか。
行儀良く正座はしているが、頭はふらふらと揺れている。
酔ってるなこりゃ。
「セイバー、そのくらいで止めとけって、日本酒は後でまとめて酔いが来るんだから」
遠坂と桜も心配そうに見ている。
まあ、こんなセイバーを見ることも滅多に無いので、ある意味貴重なんだが。
「しろう、だいじょうぶれす。このていろの酒にのまえるわらしであありませ・ん・・・」
こてん
言うが早いかそのままセイバーは倒れこんだ、その・・・隣にいた俺の胸に。
―――そりゃー許しませんよ。
誰って、今にも叫びだしそうな雰囲気で俺に迫ってくる二人の姉妹が。
ズンズンズンと効果音を伴って一歩一歩迫ってきます。
わー、二人の息はピッタリだー。
でも
「しろ―――」
「せんぱ―――」
二人の目の前に手のひらを広げ、大声を制す。
「待った。セイバーが起きちゃうだろ。
文句なら後でいくらでも聞くから、とりあえず静かにしてくれないか」
二人揃って俺の胸で静かに眠るセイバーの顔を覗く。
その寝顔があまりに幸せそうだったからか、二人はそれ以上大声を出す事はなかった。
「くっ!今日だけだからね。
士郎、今日だけは許してあげる。セイバーはわたしのサーヴァントだもん。
それに、そんなに無防備に眠るセイバーなんて、わたし見たことなかったもの」
歯軋りが聞こえるほどの苦渋の表情で告げる遠坂。
ごめんな、後で何でもしてやるからさ。
今だけは勘弁してくれよな。
interlude in
・・・
・・
・
ふん、まったく士郎もセイバーには甘いんだから。
でも、ま、わたしもセイバーの幸せそうな寝顔を見たいから、今日は勘弁してあげる。
―――わたしも甘いわね、ホント。
はぁー、とため息をついて、それが士郎の良いところだからしょうがないかなー。
ふと見ると、隣にいる桜がなにやら思いついたのか、ニヤリと笑っている。
ん、また何を思いついたのかしら、この娘。
最近の桜のはっちゃけぶりは、留まるところを知らない。
今までの桜は擬態どころか、別人格だったようね。
それはそれで姉としては嬉しいのだけれども。
そんな事を考えているわたしを尻目に
桜はツカツカと藤村先生の下に歩み寄り、ババッと虎吟醸を奪い取る。
藤村先生が反応できない程の速度とは、我が妹ながら侮れないわね。
そのまま士郎の側にツツツと歩いてくると、先ほどのセイバーよろしく一気飲み。
なるほど、酔っ払ってセイバーの二番煎じを得るつもりね。
でも甘いわ、桜。
遠坂の血筋は伝統的に酒に強いのよ、それも人並みはずれて。
その程度の酒に酔い潰されることは無いわ、残念ね桜。
だが、どうやらわたしは桜を甘く見ていたようだ。
自らの迂闊さを呪うしかなかった。あの女は勝つためなら何でもやるのだから。
ポロッと紙コップをこぼし、一言。
「ああーん、先輩。わたし酔っちゃいましたー」
ふらふら〜と士郎の胸に寄りかかる。
右側の胸にセイバーのいる士郎はもちろん避ける事はできない。
「え、えんぎーーーーー!?」
士郎の胸に寄りかかる直前。わたしにだけ見えるように桜は邪悪に微笑んだ。
(ふっ、甘いです姉さん。利用できるものは全て利用するのが戦術と言うものですよ)
くっ、あの笑みに含まれる、桜の言葉を瞬時に判断したわたし。
「ぎりりっ!!」
歯も砕けんばかりに歯軋りをするが、もう後の祭りだ。
士郎は、困った顔をしつつも、『やれやれ』なんて顔で桜を胸に抱き寄せているし。
反対側のセイバーも起きる気配はない。
呆然と立ち尽くすわたしに、士郎は手を合わせて『ごめん』と無言で謝っている。
くっ、あのすっとこどっこい。
後で平手打ちの一発や二発は食らわせないときがすまないんだから。
ふんっ、と横を向くわたしの服が、チョイチョイと引っ張られる。
「ね、遠坂さん。そんなところで立ち尽くしてないで、一緒に飲みましょうよぉ。
ねね、虎吟醸分けてあげるから、ね」
虎吟醸にはもう興味はなかったが、この溢れる怒りを収めるには飲むのが一番かもしれない。
無言で手を合わせ続ける士郎を無視してわたしは藤村先生の誘いに乗る事にした。
・・・
・・
・
interlude out
やれやれ、あれは相当怒っていたな、遠坂のヤツ。
いくらセイバーとはいえ胸を貸すのはまずかったかな。
後で平手打ちの一発や二発は覚悟しなければならない。
だけど、まあセイバーのこんな寝顔が見れるからいいかな、なんてな。
気が付くと俺の隣にドーンと仁王立ちする桜。
その顔は最近では見慣れた桜のほのかに黒い笑みだった。
あ、桜、なんかよからぬ事を考えてるだろ。
やっぱり姉妹だ、この二人は根源では似通っている。
そんな俺の予想を上回る奇行に出る桜。
手にした酒を一気よろしく飲み干す。
「んっんっんっ」
えーっと、何の真似でしょうか、桜さん?
この後の展開がなんとなく読めてしまうのですが・・・
ぷはーーーっ、と飲み終えた桜の顔は少しだけ赤くなっていた。
紙コップを手放し、俺に抱きつきながら桜さんは言いました
「ああーん、先輩。わたし酔っちゃいましたー」
なんですとーーーーー!
でも予想通りーーーーーー!
桜はウソ禁止っていっただろーーーー!
混乱した俺は心の中で叫び続けた。
口がパクパクするばかりで声は出ていなかったのだが。
だが隣にはセイバーもいるし、逃げるわけにもいかない。
測らずしも右胸にはセイバー、左胸には桜と美女二人をはべらす羨ましい男の完成だ。
こ、これは平手打ちではすまないかも・・・ベアナックルか!?
だって遠坂の歯軋りがここまで聞こえる。
こう「ぎりぎりっ」って。
とりあえず手を合わせて謝る。
(ごめん!)
合わせられた手には、精一杯の謝罪を込めたつもりなのだが、遠坂に通じただろうか。
伝わってないな、あれは。
遠坂はふんっなんて横を向くと、藤ねえと一緒に酒盛りを始めてしまった。
ふぅ、かなり怒ってるみたいだが、どうやらベアナックルは勘弁してもらえそうだ。
これは後でひと雨降りそうだぞ、俺の血の雨が。
その時、ブワーと少し強い風がふいて桜が舞っていた。
舞い散る桜吹雪が春の息吹を運んでくる。
まあ、遠坂のことはひとまず置いておいて、
今日はまだまだ長い。
とりあえず、この二人とのんびり行きますか。
下を見るといつのまにか桜も寝てしまったようだ、目をつぶって静かにしている。
俺は二人を起こさないように気をつけながら、体をずらし寝転がった。
二人とも寝ちゃったみたいだし、俺も少し寝ようかな。
目をつぶって意識を空に向ける。
目が見えないせいか、暖かな春の空気をより一層感じることができる。
落ち着いた気分のまま、さあ一眠りしようかと考える。
そして聞こえる歌声。
「花の色は うつりにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに―――」
それはどんな呪文だったのだろうか。
鈴のような声でつむがれたそのスペルは、驚く事に日本人のものではなかった。
「え!? 今のセイバー?
―――起きてたのか?それに今……」
「はい、シロウ。起きています。
今日はお見苦しいところをお見せしました。
ですが、もう少しだけこのままでいさせて欲しい」
セイバーは目はつぶっているが、どうやら先ほどから起きていたようだった。
「ああ、それはいいんだが、それより今のは?
なんだか和歌のようだったけど」
「―――先輩、知らないんですか?
今のは古今集の小野小町の和歌ですよ」
「さ、桜も起きてたのか?」
ギョッとして左胸を見る。
「はい、寝ちゃうのもったいなかったんで、目をつぶってました」
平然と言いのける桜。
まぁ、あれが演技だとは思ってたからいいけどさ。
「それにしても日本語とは本当に奥が深い。
学んでみて初めてわかります
―――たったこれだけの言葉に、伝えきれないほどの意味を込めることができるのだから。
少なくとも英語では、こうはいかないでしょう」
そうか最近日本を学んでいるセイバーは、きっと和歌も勉強してるんだな。
セイバーは日本のことを第二の故郷と言っていた。
別に俺が褒められたわけではないが、なぜか誇らしげに感じられる。
日本を発つ頃には、きっとセイバーは俺よりも日本通になってるだろう。
それにしても
セイバーは何を言いたかったのだろう?
今の和歌にどんな意図を込めたんだろう?
俺にはさっぱりわからなかった。
「もう鈍いんですね、先輩。
セイバーさんはこう言いたかったんですよ。
―――この見事な桜も時間の経過と共にいつかは散ってしまうように・・・
―――今日この日の美しい思い出もいつかは私の胸から消え失せてしまうとしたらなんと悲しい事か
ってね。
少し私なりの解釈が入ってますけど」
セイバーは何も答えない。
なら、今の桜の答えは正しいという事だ。
そうか、セイバーは今日のことを楽しかったって思ってくれたんだ。
そして、おそらくセイバーにとって『初めての楽しい』がいつか薄れてしまう事が怖い・・・
なら俺がセイバーに言ってやらなきゃ。
「大丈夫だよ、セイバー。
確かに今日の記憶なんて何年もすれば失われるかもしれない。
話した内容や、弁当の中身とか細かい事なんてすぐに忘れてしまうだろう。
―――でも、今日この日が楽しかったって思いだけは、きっといつまでも心に残る。
この桜の木を焼き付けておけば、桜を見るたびに思い出すさ。
それにな、楽しい事が今日一日で終わりなワケじゃない。
確かに今年の花見は今日で終わりだけど、夏になったら夏の、秋になったら秋の楽しみをこれから見つけていけばいいさ。
ここにいるみんなと一緒にな」
それは俺が自分自身へ向けた言葉でもあった。
全てを失ったあの日から、俺には楽しいという感情が無かった。
あの聖杯戦争のその時まで、自分を偽った歪んだ感情でずっと生きてきたんだ。
―――でも、今は違う。
遠坂がいる。みんながいる。みんなを幸せにするためには、俺が幸せにならなくちゃならないってわかってる。
「なあ、セイバー。夏になったらみんなで海に行こう。きっと楽しいぞ
もちろん桜もいいだろ?」
「……」
「……」
なんだ二人とも本当に寝ちゃったのか?
ちぇ、せっかく格好いいコト言ったのになー。
でも、ま、いいか。
上を向いて寝転がっている俺。
春の陽気のおかげで、俺が眠気に襲われるのも当然だった。
眠りに落ちる直前に見えたその景色は、
抜けるような青空と、雪のような桜吹雪。
それはあまりにも鮮やかな青とピンクのコントラスト。
朝からずっと胸に感じていた空と桜。
ああ、なんだ。今ごろ気づいた。
楽しかった今日という日は、俺の胸にいる二人の色そのものだったのだから・・・
春の眠気に押し切られ、目を閉じる直前の俺の最後の意識。
え、赤はどうしたって?
それは起きたら考えるとしよう。
とりあえず今はこの幸せな気分のまま眠りにつこう・・・
エピローグ1 <赤?>
目が覚めると少し涼しくなっていた。
太陽は既に中空には無く、日は傾きつつある。
果たしてどのくらい寝ていたのだろうか。
途中で寝返りを打ったのか、懐の二人はそれぞれ俺の脇で寝ている。
ハタから見ると川の字になって眠る家族に見えるかもしれない。
真ん中が一番長いのはご愛嬌、てところだな。
んーーーーっと、背伸びを一発。
そろそろ二人を起こそうかと考えていると、突然ソイツはやってきた。
「士郎、目が覚めたようね。ちょうど良かったわ」
寒気がくるほどの遠坂の気合。
ああ、気合入ってるなー、遠坂。
他人事のように考える自分に苦笑しつつ覚悟を決める。
「まぁ、怒るよな、当然」
「まあね、当然でしょ。衛宮くんは怒ってないと思ったの?」
怒りのためか遠坂は顔が赤い。
ああ、こりゃベアかな、やっぱ。
「いや、もちろん思ってないぞ。
―――それよりも悪かった。今回は俺が全面的に悪い。
遠坂の気の済むようにしていいぞ」
全面降伏、ちょっと情けないがこれがベストの選択肢だろう。
確かに遠坂にしてみれば、今日のことは嫌な事ばかりだったかもしれない。
「よく言ったわ、士郎。
じゃあ、目を瞑って歯を食いしばりなさい。
これ一回で全部帳消しにしてあげるんだから安いものでしょ」
なんかさっきより赤くなってるぞ、遠坂の顔。
こりゃー、きついのが来そうだ。
俺は黙って目を瞑る。
考え付くのは
―――見えないといつ来るかわからないから、恐怖が倍増だなー。
とか
―――あんまり騒ぐとセイバー達が起きちゃうかもなー。
とか、どうでもいい事ばかり。
「歯を食いしばりなさい!」
来るっ!
そう思った後もいつまでたっても痛みは訪れず、
変わりに
チュ♪
遠坂の唇が重ねられた。
「え?」
「目を開けて士郎。大事なこと言うから」
ちょっと怒り気味のその声。
言われなくても目を開ける。
目の前には深呼吸をする遠坂。
そしてその口から紡がれるそれは、果たしてどんな効果のスペルだったのか。
「―――好き・・・遠坂凛は、衛宮士郎のことが大好き」
なんだ!?これはいったいどういうことだ?
殴られるはずが一転して好き!?
いきなりの展開に頭が巧く動いてくれない。
真っ赤になって照れつつも、真っ直ぐに俺を見続けいる遠坂。
「言う事、あるでしょう。貴方にも」
ぶっきらぼうに横を向く遠坂。
そうして気づく。
そういえば遠坂に好きって言われたの初めてだったな・・・
ごまかしたり、曲げて言ったり、アイツはそういうヤツだと思っていた。
真っ直ぐに好きだって言うのは嫌いなんだなって。
急転直下の告白に慌てた俺だったが、
幸いにも言うべき事を言う事ができた。
「―――あ、ああ、俺も遠坂が好きだ。本心から」
まだ夕焼けの時間にはかなり早いのに二人とも真っ赤。
知らない人が見たら、何事かと思うだろう。
でもいいんだ。
だって赤く照れる遠坂は、今迄見たどんな遠坂よりも可愛かったんだから。
「今のは不意打ちだったけど、
これからは一日一回キスしてくれないと許さないんだから。
わたしにこんなことを言わせたんだから当然よね」
それだけ言うのが精一杯だったのか、後ろを向いてしまう。
そんな彼女の一歩手前まで歩いていく。
「遠坂。一つ聞いていいか?」
後ろ向きの彼女は不満気にこちらを振り向く。
「なによー!、今更何を言っても無駄・・・」
言い切る前に唇をふさぐ。
今度はこちらからの不意打ち。
遠坂が不意打ちに弱いのは織り込み済みだ。
きっと十秒後、彼女はさらに真っ赤になって怒るだろう。
だからその前に一つ言っておかなきゃ
「別に一日に二回でも構わないんだろう?」
俺に不意打ちを喰らったのが悔しかったのか。
でも、そう言われたら怒る事もできないのか―――
赤い顔のまま遠坂は腕を組み、不満気に口を開ける。
その言葉は、いつもの口調で、そして予想通りの答え。
「あったりまえでしょう!アンタはもうあたしのものなの!
―――頼まれたって一生離してなんかやらないんだから」
遠くから虎の咆哮が聞こえる。
「がぉーーーーーーっ!
ちょっとちょっとちょっとーーーー一体どこのラブコメだーーーーーい!!
黙って見てるって約束だったけど、もう勘弁ならないわよーー!
毎日一回とか、そんなのおねえちゃん、ゆる・しま・せーーーーーーん!!!」
春の公園に響き渡るタイガーの絶叫。
そういえば藤ねえはどこに行ったんだろ?
エピローグ2 <黄色?>
そこには桜の策略にはまった女二人、夢破れて山河有り、兵どもが夢の後。
勝負に敗れた女が、二人寂しく虎吟醸をかわす。
「ちょっと聞いてます?藤村先生!
あいつ、両胸に女の子二人をはべらかして、何様のつもりですか?」
「ちょ、聞いてるから、遠坂さん。ちょっと落ち着いて
ほら、虎吟醸もう一杯飲む?」
「いただきます。
でも、これが落ち着いてなんかいられますか!
士郎も士郎だけど、あの二人もあの二人です。
帰ったらこってりと搾ってあげるんだから」
イライラしたまま手に持つ酒を口に運ぶ。
脅威の真空飲みで、一瞬よ、こんな酒。
んぐんぐっ!
ぷはーーーーっ、
空になったコップにすぐさま注いでくれる藤村先生。
さすが体育会系、こういうの慣れてるんだ。
「そう、そんなに嫉妬するくらい士郎のことが好きなんだー、遠坂さん」
う、含みのある笑い。
藤村先生のこんな顔、私に向けられるのは初めてだ。
まるで士郎を見るかのような、穏やかな目。
それにしても・・・嫉妬!?
この私が士郎に嫉妬?そんなバカな!
この気持ちが嫉妬の訳が・・・
嫉妬だ。
間違いなく嫉妬だ。
セイバーも桜も私にとって家族同然なのに、そんな近しい人に対して嫉妬に狂う。
なんて醜い。
いやな女だ、わたし。
「そうですね、嫉妬に狂ったみっともない女です。わたし」
ちょっとブルーになる。
常にポジティブシンキング、人生前向きが信条のわたしがこんな弱音を吐くなんて、
普段なら到底考えられない。
もしかして、たったあれっぽっちのお酒で酔ってしまったのだろうか?
「あ、ちがう、ちがう。
そういうこと言ってるんじゃないのよ、遠坂さん。
ただね、そんな遠坂さんだから、士郎も好きになったのかなって」
「え?」
「きっとね、士郎はみんな好きなの。
全てを愛せよ、ってワケじゃないけど、士郎は誰をも好きなのね。
―――でもね、遠坂さんは特別。
見てればわかるもの。きっと士郎は好きに順番をつけたりしないけど、
トップは間違いなく遠坂さんなんだと思う」
ぐびっと酒を飲みながら答える藤村先生。
その表情は真剣で、いつものおちゃらけは感じられない。
「あの・・・藤村先生は士郎の事好きなんですよね?」
「もちろん、大好きよ。
でもその感覚は貴女たちとは違うのよねー。
私はただ士郎に幸せになってもらいたいだけだから。
―――あの子はね、衛宮の家に来てから幸せを知らないのよ。
だからあの子を幸せにできるのが遠坂さんなら喜んで士郎を任せることができるし、
それが私の役目なら死んだって譲ったりはしないの」
そんな事を当たり前のように言う藤村先生は、とても優しく。
こんな事を言ったら怒られるかもしれないが、まるで私の知らないお母さんみたいだった。
「あら、切れちゃったみたい。惜しいなぁ、美味しかったのに」
空になった酒ビンを物惜しげに覗いている。
まだまだ飲み足りなそうな先生は、私以上の酒豪なのだろう。
士郎はやけに怖がってたけど、どこが怖いのか、私には分からなかった。
「虎吟醸も終わっちゃった事だし、遠坂さん行って来たら」
「え、どこへですか?」
「だーかーらー、士郎のところによ。
―――言いたいコトあるんでしょー?
たまには周りの目なんか気にしないで、言いたいコト言うものよ」
今日の藤村先生、鋭い。
いつもはこんなじゃないのに・・・これはお酒のせい?
藤村先生が、立ち上がった私の背を押す。
「私はここで黙って見てるから、がんばってね」
そういってウインクする藤村先生は年相応の大人の女性だった。
ああ、わたしなんてまだまだ子供なんだな、って分かってしまった。
でも
「はい、ありがとうございます。
でも、藤村先生。
わたし二ヶ月前に誓ったんです。
―――士郎を最高にハッピーにするって。
だから、士郎をロンドンにつれていきます。今のうちに謝っておきますから」
呆気にとられる藤村先生を置いて、わたしは歩き始める。
「言ったわねー、遠坂さん!
私だって桜ちゃんだって、そう簡単には士郎を渡さないんだからー」
背後に聞こえる先生の声。
今回はちょっとだけ助けられちゃったな・・・
でも、それとこれとは別の話。
藤村先生にも桜にも、それにセイバーにだって、士郎は渡さないんだから。
とりあえず、木の下で背伸びをしている少年に言わなければならないことがある。
ずっと言いたくても言えなかったその言葉・・・
今なら目の前まで走っていって、きっと言うことができる!
―――好き、遠坂凛は衛宮士郎のことが大好きっ。
後書き
えー、まずは「ごめんなさい」
本当は前・中・後編をそれぞれ5000文字くらい、計15000文字程で簡単に書くつもりだったのですが、
今日も今日とていつもの如く、キャラの一人歩きによって後編だけで20000文字超えてます。
おかげで待たせてしまった皆さま、本当にごめんなさい。
実は今回のお話は本当に難産でした。
最初は、花見を題材に『みんな幸せストーリー』をほのぼのと書くつもりが、
なにやら色々な要素が混ざりあって、相変わらずの冗長な文章になってしまうあたり、やっぱり私は修行不足です・・・
どうしても最後が綺麗にまとまらず、何度も書き直しました。
そんな苦労をした分だけ愛着もひとしお。
みなさんが少しでも楽しんでくだされば、そんな苦労も報われるというものです。
当初の大まかなプロットはそれぞれのキャラクターの色をメインに
・セイバーはお酒を飲むとすぐ寝てしまう、日本を第二の故郷として勉強中(イメージ=青空、青色)
・桜は前作『一生に一度の笑顔』の影響で、かなり前向き、良く笑うそして策略好き(イメージ=桜吹雪、ピンク色)
・凛は特に考えなし、便利キャラ →のはずが、最後の締め役に急遽抜擢。
・藤ねえは酒飲んで暴れる予定 →没、最後だけちょっと大人風に。
はたしてサーヴァントが酔っ払うのか?
桜が戦略家になってるのはどういうこと?
虎吟醸ってなによ?
その他、疑問点がたくさんありますが
できれば文句を言わないでくれると嬉しいです(不満点は今後の為に言って欲しいのですが)
もう私の頭の中のイメージでは、凛グッド後はこうなのです。
ただ、ちょっと原作とイメージが離れてきているのは私も感じているところ・・・
もう一度『Fate/stay night』をプレイしなおして、イメージを作り直そうと思ってます。
今回は今までのように好意的な意見ばかりではなくて、否定的な意見も出てくるのではないかと予想しています。
書き終わった後、愛着はありますが、あまり満足していませんし。
たとえ否定意見でも、掲示板の方にお書きくだされば幸いです。
今は、もうちょっと私に文才があれば、この題材をもっと面白くかけたのに、などと考えて止みません。
またいつか、時間があったら加筆・修正とかできたらいいなと思っています。
最後にこの長い文章を最後まで読んでくれた方々に、心からの感謝を送ります。
また次のSSでお会いしましょう。
「花の色は うつりにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに――― 」
小野小町・古今集。
百人一首の九番に選定されている、日本を代表する和歌です。
本当の意味は
「この長雨の間に花も色あせてしまう。それと同じように物思いにふける私の美しさも過去のものになるのか」
というような感じです。
本文での説明は私なりの適当な解釈です。
ここ意味が違うぞー、とか文句を言わないでくれると嬉しいです。
基本はほとんど同じですしね?