一生に一度の笑顔 -short version-





「桜に言わなきゃならないことがあるんだ
―――その、とても大事なことだから、落ち着いて聞いて欲しい」

静かに話を聞いていた桜は、俺にスッと背を向け小さく言い放った。

「聞きたくありません」

呆ける俺を余所に、桜は先ほどよりも少しだけ大きな声で続けた。

「聞きたくありません、と言ったんです」

「えーと、何でだ?
まだ何も言ってないのに聞きたくないなんて」

桜は相変わらず後ろを向いたまま、沈黙を続ける。

「そうか、ならそのままでいいから聞いてくれな」

やはり微動だにしない桜。
俺はそれを肯定と受け止めて、話し始めることにした。

「俺、実は遠坂と付き合ってるんだ。
遠坂の事好きだし、ずっと一緒にいたいと思っている。
だから―――卒業したら遠坂と二人でロンドンに渡る事に決めたんだ……」

そこまで言って、ふと疑問に思った。
なんで桜は背を向けているんだろう?

「ごめんなさい先輩、きっと私、今から先輩を困らせる事を言っちゃいます・・・」

後ろ手を組んで、ハンカチをぎゅっと握り締める。
その姿は儚くて、まるで道に迷う子供のようだった。

「―――先輩と遠坂先輩のこと、随分前に気づいてました」

「………………!」

「ちょうど一ヶ月半前、遠坂先輩がここに来るようになってから、先輩はよく笑うようになりました。
その笑顔はとても幸せそうで、それを見ているだけで……私も少しだけ幸せになりました。
でも先輩の視線の先を見て、私、気づいちゃったんです。
なぜなら、その先にある遠坂先輩の笑顔も本当に幸せそうだったから……」

そうか、幸せが顔に出てたのか……

「先輩?初めて会ったときの私、どんなだったか覚えてます?」

桜は本当に穏やかな声でそんな事を尋ねてきた。

「ああ、間桐の家で慎二に紹介された時だろ?
うーん、大人しくて、可愛くて……
―――そうっ、綺麗なお人形さんみたいだったな」

人形という言葉に桜はピクッと反応した。

「ええ、私は人形だったんです。
でも、私、先輩の家に来るようになって変わったと思います。
―――先輩はそうは思いませんか?」

淡々と話し続ける桜。
そう言われれば、、、確かに桜は変わったと思う。

「あぁ、桜はよく笑うようになった。
明るくなって本当に幸せそ・・う・に・・・・・!?」

「気づいてなかったんですよね、先輩。
こんなコト言うと、先輩が困るの分かってます。
でも、言っちゃいますね。
―――私、先輩のことずっと好きでした。
好きで好きでたまらなくて、たとえ人形でも幸せそうに笑えるようになったんです」

え?えっ?

呆ける俺を置き去りにして桜の独白は続く。
身を切るような桜の言葉に、俺は立ち尽くすことしかできなかった。

「どうして遠坂先輩なんですか?
どうして気づいてくれなかったんですか!?
どうして私じゃないんですか!!!?どうして!?どうしてなんですか!?」

こちらを振り向き声を張り上げる桜。
振り向いた顔には間断なく涙があふれ、手に持ったハンカチで拭く暇さえない。

「ずっとずっと、ずーーっと好きでした。
昔の私は生きているのが辛かった!
楽しい事なんて何もなかったんです!
死ぬ勇気もなくて、ただずっと人形のように生きてきました。
それでもいいと思った。人形でいようと思った。
でも、それでも先輩に出会ってしまった!
先輩の側にいると温かかった。
―――だから好きになった」

涙は既にポタポタと床に落ち、興奮した顔は耳まで真っ赤。
今まで見せたことのない桜の姿に、俺は見つめることしか出来なかった。

「分かっていたんです。
私みたいな心の汚い女は、先輩には相応しくないって。
先輩がセイバーさんと楽しそうに話すのが辛かった。
先輩が姉さんと幸せそうに話すのが辛かった。
先輩が先生と親しそうに話すのが辛かった。
ホント笑っちゃいます―――
こんなに嫉妬にまみれて、他の誰にも先輩を取られたくないのに
自分はもっともっと一緒にいたいなんて……
―――こんなに嫌な女、先輩の側にいる資格なんて最初から無かったのに」

桜の口からは今まで聞いたこともないような熾烈な言葉が次々と飛び出す。
その言葉は一つ一つが桜の心からの声であり、鋭い杭となって俺の心に突き刺さった。

「そうです!私は汚いんです。身も心も穢れきっているんです!
先輩……私、処女じゃないんですよ。
大人しそうに見えて、やる事はやってるんです!
ほら、笑っちゃうでしょ?先輩」

「やめろ、桜……」

「どうしてですか?
先輩も笑ってください。こんな汚い女、もう会いたくないって!」

「やめるんだ!!」

あらん限りの声を絞り出して桜を怒鳴りつけた。
それだけで桜の話は止まった。

少しだけ落ち着いたように見える桜だが、俯いていてその顔もよく見えない。

「俺はそんなことは聞きたくない。
桜だってそんな事を言いたくはない筈だ」

桜はその言葉に反応するように、涙に濡れた目で俺を睨み、

「そんなことありません。
私は汚いんです。嫌な女なんですっ!
先輩と遠坂先輩が恋人になるのを止める為ならなんでもします!
―――そうだ、先輩。私のコト抱いてください、愛してくれなんて贅沢は言いませんから」

そう言うが早いか、桜は服を脱ぎ始めた。
涙に濡れる顔は美しく、そこはかとなく淫靡で、羞恥を帯びた頬はほのかに紅い。
一瞬躊躇したスカートを脱ぎ捨てようとする彼女を

―――優しく抱きしめていた。

「もういい。
―――止めるんだ、桜。
俺がお前を嫌いになるなんてコト、きっと無い。
でも、それをしたら俺は桜を軽蔑する」

泣き崩れる子供を優しく言い諌めるように桜に告げた。

「ど、どうしてですか?先輩。
私、最後の思い出が欲しいんです。
先輩を好きだったことを忘れたくないんです。
それとも、こんな穢れた女は嫌なんですか……?」

先ほどの激昂はもうない。
そこにいる少女は、怒られるのを怖がっている小さな子供だった

そんな桜を見て、俺は

―――優しくキスをした。

今、この瞬間は遠坂のことも関係い。

ただ唇を合わせるだけのフレンチキス。
自らを穢れていると言って止まない、桜の心を照らす清らかな口付けだった。

それでも、桜はほっぺたを林檎のように真っ赤にして、信じられないという驚きの顔をしていた。

「桜は汚くなんかない。身も心も清廉潔白だ。
それに、最後なんて言うな。俺たちはこれからもずっと家族だろ」

本心からの言葉を、精一杯の優しさで包んで桜に伝えた。
桜は俺の側が温かい、と言った。
ならば、今の俺の温かさは桜に伝わっているのだろうか?
”俺の心よ桜に届け”とばかりに、今までよりも少しだけ強く「ぎゅ」と抱きしめた。

腕の中の桜は温かくて、柔らかくて、握りつぶせてしまうんじゃないかと思うほど儚かった。
こんなにも儚く、脆い、桜の心を、なんで今までわかってやれなかったのか?
後悔の念は留まるところを知らないけれど、俺はこの後に言わなければならないことがある。

「俺は、桜のことが好きだ。本当に大事に思っている。
だから、そんな風に自分を貶めるようなことを言うのは止めてくれ」

「はい、嬉しいです……」
―――でも、信じちゃいますよ。それでもいいんですか?」

俺は、これから一番大事なことを言わなければならない。
きっと桜には辛い事、そして俺にとっても辛い事だった。

だからこそ、目をそらすなんて出来ず、桜の紫の瞳を見つめながら決心をする。

「あぁ、もちろん信じていい。俺が桜を好きなことに嘘はない。
―――ただ・・・」

言わなければならないことなのに、一息で言うための勇気が足りない。
これを言ってしまったら、桜はきっともうこの家には来ない。
それでも言わなければならないのか―――?
その僅かな迷いが、桜の先手を許してしまう。

「―――ただ、遠坂先輩のほうがもっと好き……ですか?」

ドキッとした。
言わなければならないことを先に桜に言われてしまった。

ただ、その答えは俺の答えとはほんの少しだけ違っていた。
それを今ここで正さなければならない。

「それは違うぞ、桜。
俺にとっては遠坂も桜も変わらず大事だ。
それに順番とか優劣とかは付けられない」

そう、これが俺の本心。

「―――ただ、俺は遠坂を愛している。
桜との違いは本当にそこだけの違いなんだ」

桜はその差は大きいと思うかもしれない。しかし、俺にとってはたいした差ではない。
二人とも俺にとって大切な存在には違いないのだから。

「言い訳が巧いんですね、先輩」

「許してくれないか?桜。
―――俺には桜が必要だ」

それを聞いた桜は、クスっと少しだけ笑い

「はい、許しちゃいます。先輩。
―――でも、条件があります」

「条件?桜の言うことなら大抵OKだぞ、きっと。
―――あ、でも、食事を全部作らせろ、とかは無しだからな」

「えへ、じゃあ、一つ目は朝食は毎日私に作らせる、にします。
先輩は朝ぐらいはゆっくりしてください。どーんと構えてくれればいいんです」

「あー、了解。私こと衛宮士郎は、朝食を全て桜に任せることを誓います」

俺のくさい芝居に、桜はクスクスと笑っている。

「じゃあ、二つ目です。
私、先輩のこと諦め切れません。
だから、卒業までに先輩が遠坂先輩より私のほうを好きになったら、私と一緒に日本に残ってください。
―――私、遠坂先輩に宣戦布告をしちゃいます」

顔を赤くして、そう告げる桜は、とても可愛いのだが、
遠坂に喧嘩を売るのはやめたほうがいいと思う。

いや、マジデ。

「あ、ああ、わかった。
―――私こと衛宮士郎は、一年後に遠坂凛と間桐桜のどちらかを選ぶことを誓います。
これでいいかな?」

ちょっと照れくさかったが、仕方ない。
精一杯の誠意を込めたその誓いを、桜は本当に満足そうに聞いていた。

「はい、完璧です。
じゃあ、私も。
―――もし、先輩が遠坂先輩を選んだなら、私は二人に心からの祝福を送ることを誓います」

ぺろっと舌を出し、これで対等の条件です。なんて言う桜。

俺が知ってる間桐桜はこういう女の子だった。
優しくて、慎み深くて、本当にお人好し。
だってその一言は、間違いなく自分に不利になる。

そこにいる少女は、とても清らかで春風のように温かい。
その名に相応しく、桜の花のように華やかな笑顔を見せる。
その少女の笑顔をずっと見ていたいなんて、遠坂に失礼なことを思ってしまった。

「じゃあ最後、三つ目の条件です。
――――――ロンドンに行っても、私のこと、忘れないでください……」

先ほどの強気な宣戦布告とは相反する条件。
そのせいで俺は桜の悲壮な決意を知ってしまった。

「む、その条件はちょっと違うぞっ。
―――衛宮士郎は、間桐桜の事を一生忘れないことを誓います」

こんなあたりまえの質問をした桜に対して、少し不機嫌そうな顔をして見せた。

俺の腕の中で下から俺を見上げる桜は、きょとんとしている。
そして、にっこりと笑って

「―――はい、ありがとうございます。
私も先輩のこと、一生忘れたりはしません。」

ああ、忘れてなんかやるもんか。
桜って女の子がいたこと、
桜って女の子が大事だったこと、
桜って女の子が好きだったこと
―――、一生忘れたりなんかするもんか。

「そういえば聞きたいことがあったんだ。
―――桜、さっき遠坂の事を姉さんって呼んだだろ?」

「え、え、え?私、そんな事言いました!?」

もしかして、何かの聞き間違いだったのだろうか?

「えーとですね。誰にも言った事はないんですけど……
私と遠坂先輩は、実の姉妹なんです」

えーっと、桜が言ったことの意味がよく分からい。
頭の中はハテナマークで一杯、早急に桜からの追加説明が必要だ。

「落ち着いてください先輩。
私は11年前、遠坂家から間桐家へ養子に入ったんです。
その時の取り決めで、お互い干渉してはならない、と決められていたんで、遠坂先輩と呼んでいるんです」

「そうか、そういう事だったのか。どうりで遠坂が桜の事を過保護にしすぎるわけだ」

「せ、先輩。遠坂先輩が私のことなんかを気にかけるわけないです」

おかしな事を言う、だって姉妹だろ二人とも。

「遠坂先輩は完璧な魔術師なんですよ。だったら魔術の研鑽以外のことに興味を持つ筈はありません」

あぁそうか、桜は遠坂の本性を知らないんだ。

学校での遠坂は、仮面を被っている。
仮面を外した遠坂はあかいあくまで、完璧な魔術師。
でも、更にその奥、アイツには隠された本性がある。

「それはちょっと違うぞ。
あいつは確かに完璧な魔術師だが、根っこの部分では誰よりもお人好しだ。
最後の最後、本当に大事な所でアイツはきっと私情を殺せない」

そう、なぜなら俺はそんな不器用な生き方をしているアイツを、ずっと守っていきたいと誓ったのだから。

桜は信じていない。
当然だ。そんな遠坂を見ることが出来るのは俺だけに許された特権なのだから。
だから、本当は内緒にしておきたい。
俺だけが遠坂の素顔を独占して、さりげなくフォローしてあげる。それが俺の小さな喜び。
でも、その素顔の遠坂を少しだけ桜に見せてあげよう。
だって、この姉妹はもっと幸せになるべきだ。

「桜が信じないのもわかる。
―――だから賭けをしよう」

「賭け……ですか?」

「その前に、桜。
―――遠坂のコト、姉さんって呼びたいんだろ?」

ボンッっと音が出るくらい顔を真っ赤にする桜。
うん、とてもわかりやすい。

「そ、そ、そんなことありません!
それに私なんかに姉さんって呼ばれても嫌がられるだけです!」

「ははっ、無理してるのがバレバレだぞ。」

「先輩!なんでニヤニヤしてるんですかっ!
もう、勝手に自己完結しないでくださいっ」

「だって、桜。顔に書いてあるぞ、姉さんって」

ボンッっと再び赤化する桜。
だから、そういうところが顔に書いてあるんだって。

「はぁ……本当は呼びたいんです、私の肉親はもう姉さんだけですから。
でも、嫌がられたりしたら、もっと嫌なんです。
だからこのままでいいんです!」

うんっ、なんて頷いて自分の中で完結している桜。
なんて後ろ向きな発言だっ!まぁ、桜らしいといえば桜らしいのだが。

「桜、それじゃ全然進歩が無いんじゃないのか。
ああなったら嫌だから、とか、こうなったら悲しいから、とか、それじゃ結局逃げてるだけだ。
怖くったって、悲しくったって、前に進まなきゃ進歩は無い」

桜は今悩んでいる。
あとたった一歩の後押しで、きっと桜は前に進めるようになるだろう。
だからその背中を押すのが俺の役目。

「桜―――一人じゃ辛いなら俺たちを頼ればいい。
俺は桜を見捨てたりはしない。いつだって頼っていいんだ。
というわけで、さっきの賭けの話だけど……」

軽く深呼吸。

「俺、今日の事を全部遠坂に報告するぞ。
桜を抱きしめた事も、キスしたことも全部」

「ダ、ダメです先輩!そんな事をしたら遠坂先輩はきっと先輩の事を許しません」

「へー、桜は許さないって思うんだ」

「当たり前です。遠坂先輩じゃなくても許しません。
その……キスとか。
私のせいで二人が不幸になるなんて、考えただけでも震えちゃいます。
今日のことは私も絶対口に出しませんから、先輩もおかしなことは言わないでください」

「桜。お前矛盾してるぞ。
俺と遠坂がうまくいかないほうが、お前にとって都合がいいんじゃないのか」

ハッとした桜は、それ以上何も言わなかった。
やっぱりアイツの妹だ。根っこの部分ではとても似ている。

「だから、桜が心配する事はない。
それで賭けの内容だが……桜は遠坂が怒ると思うんだろ?」

コクリと頷く桜。まぁ当然だな。

「じゃあ、俺は怒らないと思う。
これで賭けは成立だ、問題ないだろ?桜」

「っっっ!やっぱりダメです!私には二人とも大事なんです。
だからそんなことは言わせません」

「あのな、桜。勘違いするなよな。
俺だって別に遠坂と別れたいわけじゃないんだ」

「じゃあ何でそんなコト言うんですか。内緒にしてればで済むんじゃないですか?」



「ふっ、甘いな桜。大甘だ。
その答えはシンプルさ。俺は遠坂に隠し事はしたくない。更にもって俺はあいつの事を信じている」

自信満々に胸を張る俺。
そんな俺を見て、桜はふぅとため息一つ。

「わかりました。先輩を信じます。
それで私が負けた場合は何をすればいいんですか?」

俺は爽やかに言い放つ。

「俺が勝ったら、望む事は唯一つ!
―――遠坂の事を姉さんと呼んでくれ、桜!」

「……でも、それじゃあ、どちらに転んでも先輩に得が無いじゃないですか」

「ふふん、甘いな桜。もちろん俺にも得があるのさ。
―――俺は喜ぶ桜が見てみたい。
どうだ、これって十分俺の欲求だろ」

それを聞き、呆然としていた桜の頬を涙が伝った。
赤い頬をツーーーと伝う透明な涙。

「何も言うなって。
俺は桜が笑っている顔がみたいんだ。
それにな、実はもう一つだけ見てみたいものもあるんだ、小さい事なんだけど」

「…………?」

「桜に姉さんって呼ばれて、慌てふためく遠坂の姿……だな」

小さな声でボソッとささやいた。
こんなこと遠坂に聞かれたら、間違いなく踵落とし一閃だ。

「クスッ」
「ははっ」

二人同時に笑い声を上げる。

「でも、ホントに慌てますかね、遠坂先輩」

「あぁ、間違いない。俺には自信がある。
こう、顔をボンッと真っ赤にしてな、目を丸くする筈だ」

くっくっくく、と笑いをかみ殺して桜に告げる。

「―――遠坂先輩が怒らない、の方にも自信があるんですよね」

最後に心配そうにそう聞いてくる桜。
だからその心配を少しでも和らげるため、自信に満ちた言葉で告げる。

「あぁ、間違いない。桜のためって言えば、アイツはきっとこう答える。
―――『そう、それじゃ仕方ないわね』ってね」

「わぁ凄いです、先輩。なんて言うかまで分かっちゃうんですか」

本当に感心したのか、桜は大げさに頷いている。

うん、これなら桜は大丈夫だ。
後は・・・

遠坂、お前次第だぞっ。
いきなりガンドを撃つなよ、信じてるんだから。

遠坂が帰ってくるのを待つ間も、俺たちの笑顔は尽きなかった。





「どうしたのよ、士郎。いきなり話があるなんて」

「ああ、遠坂にちょっと聞いてもらいたいことがあってさ」

「え?」

どうやら台所の桜が気になるのだろう。

「あぁ、桜は気にしないでくれ。
―――証人みたいなものだから」

むむ、ってな顔で俺を睨む。
どうやら怪しい雰囲気を察したようだ、さすがはあかいあくま。

「遠坂、お前冷静か?」

「冷静よ。士郎、何を企んでるのよ!?」

「うん、冷静ならいいんだ。問題ない。
実は、昨日桜に話したんだ、俺たちが付き合ってるって」

「そう、よくやったわね士郎、それで桜は納得したの?」

「ああ、納得した。それでその時
―――桜を抱きしめて、キスをした。
申し開きはしないけど、浮気じゃない。信じて欲しい」

「バンッ!!!」

机も壊れよ、とばかりに遠坂の鉄拳が机を直撃する。
遠坂の顔は早くも怒りで真っ赤だ。
指を俺の顔に向け、今にも呪いを撃ってきそうだ。

「ちょ、ちょっと士郎。アンタどういうつもり!!
よりにもよって桜とキス!!?
しかも浮気じゃないけど申し開きはしないっ!!?
そんなんで私が信じると思うの!!?」

こんなにも取り乱している遠坂は初めて見る。
それで俺は遠坂に愛されていたんだな、と今更に実感し
ちょっとだけ頬が緩んだ。

「っっっ!!!
アンタ、何で笑ってんのよ。あったま来たーーーーーーっ。
あと3秒!それまでに事の真相を言わなかったら、ここで撃つ!」

俺に向けている指先に魔力がともる。
きっと三秒後に遠坂は俺に向かってガンドを撃つだろう。
台所では心配そうに俺たちを見つめる桜の姿があった。

桜、心配しなくてもいいんだ。
まだ、あと一つだけ、俺は遠坂に言ってない言葉がある。

「遠坂、言い訳はしない。信じて欲しい。
それでも一つだけ言うのならば」

遠坂の指の魔力は臨界点だ。
瞬きした後、あの指からは呪いが放たれ、俺は瀕死の重症を負う事になるだろう。
でも、慌てる必要はない。俺は遠坂を信じるだけ。

俺は遠坂の目から決して逃げず、全ての思いを次の言葉に乗せて告げた。

「だって、それが桜に必要だったんだ」

今にも放たれそうなガンドの魔力は、その言葉によって霧散した。
先ほどまで遠坂の体に猛り狂っていた膨大な魔力も消えかけている。
遠坂の顔はまだ少し赤いが、それでも理性を取り戻しているように見えた。

「―――桜のためって何よ?その辺説明しなさいよね、士郎」

俺に向けていた指を下ろし、腕を組んで口を結ぶ遠坂。

「それは言えない。二人の約束だから。
―――でも、俺は遠坂に嘘はつかない。信じて欲しい」

あくまで『信じて欲しい』の一点張りの俺に大きなため息をついて
やれやれしょうがない、なんて顔をした遠坂は、やっと俺と桜が待ち望んだ勝利の言葉を言ってくれた。

「そう、それじゃあ仕方ないわね。でも、次そんなことしたら絶対許さないんだから―――」

ふんっ、なんてそっぽを向いたまま告げる遠坂。
その頬はまだほのかに赤い、しかし俺の事を、そして桜の事を信じてくれたようだ。

台所で覗く桜にアイコンタクトを送る。
―――な、言ったとおりだろ。

でもそんなの、俺にとってはわかりきっていたこと。

だって

遠坂は桜のことを本当に大切に思っているんだから―――。








エピローグ1
<sister>

「じゃあお茶でも入れようか」

先輩は席を立って台所に来る。
それと入れ替わり、私は居間に行かなければならない。
すれ違う先輩と目が合う

―――がんばれよ

口に出さなくても伝わる心。
先輩が応援してくれている。
あんな何の得もない約束を私の為に果たしてくれたのだ。
ここで勇気を振り絞らなきゃ、私は先輩の隣にいる資格なんてない。
がんばれ、私の心。
一生分の勇気を使っても良いから、前に一歩踏み出さなきゃ。

静々と遠坂先輩の側に座る私。
きっと顔は真っ赤で、見るからに怪しいんだろうなー。とか、こんな事考えるなんて、結構余裕あるみたい。
これなら何とかなるかも。うん。

「あら、桜。やっぱりさっきの話、桜も一枚かんでたのよね」

「はい、遠坂先輩。」―――失敗

「そう、それでやっぱり桜に聞いても教えてもらえないのかしら」

「はい、ごめんなさい。遠坂先輩。そういう約束なんです」―――失敗

「ふぅん、それにしても桜、貴女変わったわね。なんか随分明るくなったみたい」

「はい、姉さん。全部先輩のおかげです」―――よしっ成功。

「はいはい、頼りない姉さんは桜のこ――――――」

はて?なんて顔をした姉さんは、手に持ったお茶を口に含み、
音が出るほど顔をボンッと真っ赤にして、目を丸くしたまま

「ぶーーーーーーーーっ」

盛大に机の上に吹き出した。

くっくっく、
あ、台所から先輩の笑い声が聞こえる。

「さ、さ、さ、さくらーーーーーっ、なによ、今『姉さん』って言ったの!!?」

姉さんは口からだらだらこぼれる緑茶も構わず大声を上げた。
先輩の言った事はホントだった。私はこんなに慌てた姉さんの姿は見たこともない。

「はい、姉さん。これからは姉さんって呼びたいんです。
―――ダメですか?」

ダメですか、と聞きながら、私には姉さんの答えが分かっていた。
だって、こんなにも姉さんの事を知り尽くしてる先輩が、ああいったんだもの。
きっと……

「ばかっ!そんなの……ダメなわけないでしょ。
―――その、あ、桜は私の妹なんだから」

ふんっと横を向き、鼻息も荒くそんな事を言う姉さん。
うん、予想通り。私にも読めましたよ、姉さん。

ふふっ、とかすかに笑った私は、ずっと望んで止まなかった姉さんの胸に抱きついた。

「はい、私、姉さんの妹です。だから、これからずっと姉さんって呼びますね」

あぁ、姉さんの体、柔らかい。
私のただ一人の肉親。今までずっと遠くで見てただけだった。

「ごめんね、桜。こんな頼りない姉さんで。
本当はね、いつも貴女の事見てたの。
―――でも、それ以上のことは私には出来なかった・・・
父さんを亡くして、私、自分のことで精一杯だったみたい」

うん、今分かりました姉さん。
子供の頃から、ずっとずっとひとりぽっち。
それでも遠坂の跡取りとして、魔術も勉強も運動も手を抜くことは出来ない。
そんな姉さんを羨んでいただけの今までの自分が恥ずかしい。

「うん、わかってる。姉さん。
でも、きっと悪いのは私。だからごめんなさい」

それを聞いた姉さんは、私の髪を優しくなでている。

「そう、なら約束しなさい、桜。
これからは遠坂先輩って呼ばないで。一度でもそう呼んだら怒るからね」

「はい、もちろんです。姉さん」

にこやかに笑う私を見て、とても嬉しそうに笑う姉さん。

「うん、やっぱり桜が笑ってくれると私も嬉しい。
ね、これからはずっと笑ってなさい。そうすればみんなが幸せになれるから」

「はい、私がんばります、だから姉さんも手伝ってくださいね」

「当たり前でしょう。わた―――」

そこで急に姉さんの雰囲気が変わった。ん?殺気?

「姉さん?どうしたんですか」

私の後ろ、姉さんの視線の先には・・・
物陰から覗いている先輩の顔が見えた。

顔に『やばいっ』と書いてある先輩は、ダッシュで逃げ出した。

「遠坂、桜。ちょっと夕飯の買い物に行って来るから―――!」

「ちょ、逃げるなっ士郎!」

先輩を追いかけて部屋を出て行く姉さん。
私はそれを見てテーブルの前に座り、姉さんの噴出した緑茶の掃除を始めた。

「チッ、アイツ、最近逃げ足速くなったわね」

なんて言いながら、ガニ股でドスッ、ドスッと歩いてくる姉さんが来る頃には、テーブルは元通り。
新しいお茶まで準備万端、うん、完璧。

「姉さん、お茶でも飲みませんか?」

姉さんは、そうね、と座って私が注いだお茶に手をつける。

あぐらをかいて、あーおいし、なんてお茶を飲む姉さん。
ちょっとお行儀が悪いです。

「あ、そうだ。私、姉さんに言わなきゃならない事があったんでした」

ソレを思い出して、ポンと手を叩いた。

「ん、なに?大切な事なの?」

ソレを聞く姉さんに気合はない。はっきり言えばだらけている。
その隙を―――突く―――。

「はい、姉さんと先輩は来年の春にロンドンに魔術留学するんですよね?」

「え、ああ、士郎に聞いたの、魔術の事」

「はい、先輩に聞きました。それで
―――来年の春。先輩は私か姉さんの好きなほうと一緒にいてくれると、約束してくれました」

「ぶーーーーーーーーーーっ」
姉さん、今日二度目の緑茶ブー。

「あー、姉さん。粗相は止めてください。せっかく拭いたんですから」

とはいえ、実はこうなるんじゃないかなと思っていたんだけど。
ちゃあんと布巾も用意してあります。

「さ、さ、さ、桜ーー!それホントなのーーーー!!?」

またも口からこぼれる緑茶を吹きもせず、叫ぶ姉さん。
姉さん、女としてのたしなみはどこへ・・・

「はい、本当です、姉さん。
来年の春。先輩が私を選んだ時は、日本に残ってくれるそうです」

「―――そう、桜、その意味分かって言ってるのよね、やっぱり」

瞬時に勝負どころを判断したのか、姉さんは既に冷静だ。

「はい、私、先輩を諦め切れません。だから
―――ここで姉さんに宣戦布告をしちゃいます。
正々堂々と先輩を奪って、この家で一緒に暮らします。
だから、姉さんは一人でロンドンに行ってください」

「そう、桜、貴女随分変わったわね。
ホント、どうしちゃったのかしら。そんな前向きさ、貴女にはなかったはずだけど」

そう言いつつも姉さんは怒ってない。むしろ、嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ふふん、と不適に笑うあの顔は、先輩に対する絶対の自信と、自分に対する絶対の誇り。
私の姉さんはホントに凄い人だ。

「はい、先輩のおかげです。
でも―――もし私が負けちゃったら、お二人に心からの祝福を送りますね」

うん、今の笑顔は良く出来た。
きっと、私の人生の中で一番の笑顔だ。
こんな場面で、最高の笑顔が出来るなんて、私もなかなか捨てたもんじゃないかもしれない。

「桜……」

ちょっとだけ悲しそうに目を伏せた姉さんは、次の瞬間

「貴女には負けないからね、桜。士郎はわたしのモノだもの。
わたしに喧嘩を売ったこと、必ず後悔させてやるんだから」

そういって私のことを抱きしめた。
力が入りすぎて、ちょっと痛かったけど。
それはたった二人の肉親の、幸せな心からの抱擁でした。










エピローグ2
<sakura's tear>


「あら、何で二人とも抱き合ってるの?」


それを聞いた私たちは、ガバッと飛びのき、お茶をすする。

むむむむっ、と顔をしかめる藤村先生。
なにか怪しい雰囲気を感じたのだろう。
さすがに野生の虎、鋭い。

あ、でも。藤村先生に内緒にする必要はもうないんだ。
そうだそうだ。うん、そうと決まれば、すぐ実行。

「あのー、藤村先生。実は私と、姉さん、遠坂先輩は実の姉妹でして。
今日から姉さんって呼ぶことにしたんです」

驚くかな、やっぱり普通はそうだよね。
今まで只の先輩、後輩だったのが、実はいきなり『姉妹でした』だもん。

そんな私の予想を覆すのが野生の虎、もとい藤村大河という人物だった。

「あー、そうなんだー。
でも、良かったねー。これからは桜ちゃんも頼りになるおねえちゃんができて。
でも、頼りにならないおねえちゃんはちょっと悲しいよぅ」

よよよ、と泣き崩れる真似をする藤村先生。
確かに藤村先生は私にとっての姉の代わりともいえる存在だった。
色々相談もしたし、いつも頼りにしていた大きな姉さん。

「そんな、藤村先生は頼りになりますよ。ね、姉さん」

「そ、そうですね。士郎も桜も幸せ者です。藤村先生のような姉がいるんですから」

ちょっと照れくさかったのか、僅かに頬が赤い姉さん。

ありがとう、姉さん。
今一番言って欲しかった事を言ってくれて。
でも、ごめんなさい。これから少し意地悪しちゃいます。

「そういえば士郎はどこに行ったの?」
きょろきょろとあたりを見回す藤村先生。

「あ、士郎はかいも……」
「あ、先輩と遠坂先輩は卒業したら二人一緒にロンドンに行くって言ってました」

「なっ!」
硬直する姉さん

「そ、そんなのゆるしませーーーーーーーーん!!」
がぉーーーーーーーっとタイガー化する藤村先生。

あ、すごい。火が出そう。
でも、先輩のいないこの状況だと虎の咆哮はどこに向かうんだろう、などと不謹慎な事を考えてしまった。

「ちょっと遠坂さん。それってどういうことよーーーーーー!!!」

あ、姉さんに行った。
がーーーっと姉さんに喰らいつく藤村先生。
本当なら圧倒できる筈の姉さんは、タイガーの急所をいつものように的確に突くことが出来ない。

いきなりの展開に不意を突かれたみたいだ。
ふむ、姉さんは不意打ちに弱い、と。
心に刻み付けました。以後ご注意くださいね、姉さん。

「ちょ、ちょっと藤村先生、落ち着いて。
いや、私のせいじゃないです、士郎が勝手についてくるって……
って、話を聞いてくださーーーーーーーい」

うん、互角の攻防だ。
そろそろ助け舟を出さないと、私が姉さんに恨まれてしまう。

「藤村先生。その事は直接先輩に聞かないとあまり意味がないと思います。
姉さんも先輩が勝手についてくるって言ってますし」

「そ、それもそうね。さすが桜ちゃん。
で、肝心の士郎は何処に行ったの?夕飯の買い物でも行ったの?」

さぁ、ここが正念場。
タイミングを誤るわけにはいかない。
私の予想では、多分先輩はあと少しで帰ってくるはず。

「えっと、たぶん道場じゃないかと思います」

もちろん嘘。だけど、タイミング的にはこれでちょうどいいはず。

「そう、道場ね。待ってなさいよー、士郎ーーーー!!」

タイガー化している藤村先生は、飛ぶように道場に向かっていった。

藤村先生から逃れられた姉さんは、はぁ、と大きく息をつき

「どういうつもりなの、桜?あんな嘘ついて?」

「それは、もちろん。姉さんに伝えたいことがあるからですよ」

・・・

・・





「ただいまー」

グッドタイミングで帰ってきました。私もなかなかですね。

ビニール袋一杯の夕飯の食材を持って、居間に入ってくる先輩。
その瞳はいつもどおり穏やかで、これから起こる惨事を微塵も感じてないようだ。

その瞳に私の決心も鈍るがもう遅い。だって、姉さんにはもう言ってしまったもの。

「先輩、お疲れ様でした。荷物預かりますよ」

「いや、大丈夫だよ。今日の晩飯は俺が作るからさ。
桜はゆっくり休んでてくれよ、遠坂もいることだし」

先輩はビニール袋を渡さなかった。

ピキーーーン

あまりの殺気に先輩の手が緩む。
その隙に私がその袋を奪い取ってにっこりと一言。

「だめですよ、先輩。そのままだとせっかくの食材がグチャグチャになっちゃうじゃないですか」

「さ、さ、桜。俺がいない間になにがあったんだ?」

あまりの殺気に居間の空気は凝縮され、肌をも切り裂きそうな密度を持っていた。
そんな中を近寄ってくるあかいあくまに、先輩の本能がニゲローニゲローと叫んでいる。

「ソウ、ソレジャシカタナイワネ」

「と、遠坂。何を言ってるんだお前。落ち着け、とりあえず落ち着けって、な」

「ソウ、ソレジャシカタナイワネ」

先輩の手をつかむ姉さん。逃げることなど出来ないと悟ったのか、先輩は私に助けを求めてきた。

「さ、桜。何で遠坂こんなに怒ってるんだ!なんか言ったのか!?」

先輩の顔は真っ青でちょっとだけ胸が痛んだ。
でも、私はその痛みを我慢して言わなくてはならない。

「はい、先輩が姉さんには隠し事はしたくないって言ってたので、
先ほどの賭けのことを話しました、もちろん包み隠さず全部です」

「っっっ!」

ガクガクブルブル!

「衛宮クン。貴方、私を賭けのネタにするなんて偉くなったものね・・・」

す、すごい。あそこまで殺気を凝縮できるなんて、姉さんはやはり一流の魔術師だわ。

だだだだっだっだーーーーー!

あ、ちょうどいいタイミングで足音がする。
もう既にこれ以上無いって程震えてる先輩に向かって、更に止めの一言。

「先輩。藤村先生にも、先輩と姉さんが一緒にロンドンに行くって言っておきましたから」

バターーーーン

「士郎ーーーーーーー!!アンタ一体どういうことよーーーーー!!
ことと次第によっちゃー、おねえちゃん、ゆるさないわよーーーーー!!!」

がーーーーーーっと火を吐く藤村先生に、意識を失う直前の先輩は蚊の鳴くような声を私にかけてきた。

「さ、桜さ〜ん。何で怒ってるの?俺、なんか悪いコトしましたっけ?」

「いえ、先輩は何も。ですからこれは私のワガママです。ごめんなさい、先輩」

そこで意識を失ったのか、ズルズルと引かれていく先輩。
右手は姉さん。左手は藤村先生がしっかりと握っている。

「じゃあ、道場にする遠坂さん」
「いえ、道場だと周りに被害が出ますから、庭にしましょう」

とか、料理の仕方を相談している。



嵐が去った後の居間
私は買い物袋の中身を確認して、台所に移った。

―――だってあまりにも先輩と姉さんが信じあってるから

中身はちょっとお値段高めのステーキ肉だった。うん、おいしそう。

―――ちょっと妬いちゃったんです、私

先輩は夕食をステーキにするつもりだったんですね。贅沢です。

―――だからこれは完全に私の八つ当たり

先輩が解放されるまで、だいたい一時間くらいはかかるかな。

―――あとで先輩に謝らなきゃ

ボロボロになった先輩と、疲れきってる二人の為に、最高においしい夕飯を作って待っていよう。

―――私にとっては、姉さんも先輩も大事な人

そうだ!せっかくだから冷蔵庫の中身も全部使ってしまえー。

―――二人の幸せそうなその姿に

きっとセイバーさんも来るだろうし、今日は記念に最高に豪華な夕食にするんだ

―――私の入る隙間なんて

むんっと気合を入れて、私専用のエプロンを着ける。

―――もう何処にも無いって分かってしまったんだから



まな板をだして、じゃが芋と玉ねぎをリズム良く刻む。

トントントン、
ポタ

トントントン
ポタポタ

トントントン
ポタポタポタ

あれ、何で涙がこぼれてるんだろう?

これじゃあ、せっかくの料理が涙まみれになってしまう。

ポタポタポタ

止まらない。
まぁいいか、これも今日だけの大サービスだし。


今までごめんね、私のきもち。
ずっとこんな事すら言えなくて、
ちょっとだけ私に勇気が有ったら違う未来があったのかな……

でもいいよね、ゆるしてよ、私のこころ。
だってあんなにも先輩も姉さんも幸せそうなんだから……
今さら私の出る幕なんてないもんね。

だから、今日だけ……今だけは泣くのを許してあげる。

明日からは涙を流すのは禁止なの。

だって先輩は私に笑って欲しいって言ったから

だって姉さんは私の笑顔が嬉しいって言ってくれたから。


来年の春までには、二人の言うように前向きな桜になって、

絶対絶対言ってあげるんだから・・・


一生で一番の笑顔を先輩と姉さんの晴れの門出にあげるの。



「ふたりとも、ずっとお幸せに―――」 って








後書き

TYPE-MOON様の『Fate/stay night』人気投票応援作品です。
もちろん桜応援SSになります、たとえ一人でもこのSSを読んで桜に投票してもらえれば本望ですね。


FateSSページへ戻る   「春が大好きっ」トップへ戻る