春に咲いた紫陽花の華


「せぇいっ!」

春の道場にこだまする掛け声。
僅かな隙も逃すまいと、気合を籠めて竹刀を振り下ろす。
セイバーが隙をみせるなんて滅多にあるもんじゃない。
間違いなく今日一番鋭かったその剣は、

「甘いっ、シロウ!」

後ろに半歩下がっただけのセイバーにアッサリと避けられていた。

「くそっ」

思わず舌打ち。
渾身の一撃が当たらず、体勢を崩された俺は、
次にセイバーから放たれるであろう袈裟切りを、甘んじて受けてしまう筈だった。

が。

スパーーン!
「なっ?」

体勢の崩された俺を、完璧に捕らえたはずのセイバーの袈裟切りは
下段から跳ね上がった俺の竹刀に弾かれていた。
セイバーからすると完全に予想外。

よし!うまくいった。そうこれは俺にとっては予想の範疇だったのだ。

攻守逆転。
今こそが真の好機とばかりに、裂帛の気合を籠めて切り払う。

狙うは小手。
袈裟に振り下ろした剣を弾かれたセイバーは、両手が隙だらけだ。
その小手を横殴りに切り払う―――。

「ヒュッ―――」

入ったっ、と思った。
初めてセイバーから一本取れると、喜々として放った剣だったんだけど・・・
どうやらセイバーにはちょっとだけ足りなかったみたいだ。

スカッ

間違いなく当たると思った俺の竹刀は、
セイバーの小手に当たる瞬間、またもや空を切った。

「えっ?」

何がなんだかワケが解らなかった。
セイバーの手首に竹刀が当たる瞬間、セイバーは俺の視界から消え失せていた。
もう避けたとか、かわしたとかそんなレベルじゃない。
セイバーは、風のように消え去っていたのだから。

「シロウ」

ハッと、後ろを振り向いた俺の鼻先には、セイバーに付きつけられた竹刀があった。

い、いつの間に後ろに?
ふぅー、と軽く息をついて、

「まいった、今のを避けられたんじゃどうしようもない」

俺は負けを認め、竹刀を下ろす。
それを見たセイバーも、俺に向けていた竹刀を下ろしてくれた。

「さすがセイバー、アレがかわされるか。
今のは、今までで一番うまくいったと思ったんだけどなー」

はああ、と、ため息をつき、チラッと道場の時計を見る。
時刻は12時10分前。いつものお昼に後10分だが、稽古としてはちょうど切りがいい。
時計からセイバーに目を移すと・・・

セイバーは、俺を見て、ポカーンとしていた。
珍しいなぁ、セイバーのこんな顔なんて滅多に見れるもんじゃないぞ。

「おーい、セイバー、どうしたんだ??ぼおっとして」

どったの?とセイバーの顔を覗いてみる。

「い、いえ、シロウ。なんでもありません。
少し呆けてしまいました。申し訳ありませんでした」

そう言って、セイバーは顔を伏せた。
そこでピーンときた。
・ちょっと挙動不審なセイバー。
・時刻は十二時ちょっと前。
・そういえば今日は朝飯を食べたのも早かった。
―――導き出される答えは、これしかないっ!


「ははーん、そうか、もうすぐ12時だもんなー。
はしたないぞー、女の子なのに」

遠坂ばりの邪悪スマイルで、セイバーをいじめてみる、こう、ニヤニヤって感じで。
そうすると、セイバーは多分・・・

「な、な、何を言っているのですか、シロウ!
私は別に、お腹の虫が鳴っているわけではありません。
そのような考えは、キチンと改めてもらわなければ困る!
大体今の笑みはなんですか。まるでリン並みの邪悪さが見え隠れしていましたっ」

がーーっと、一息に反論するセイバー。
その顔が赤いのはお約束。
うんうん♪こうなるよな、やっぱり。
想像通りの返答で、俺は嬉しいよ、セイバー。

「あれー、セイバーさん、腹の虫が鳴りそうなんですかぁ?
俺は、もうすぐ12時だー、と。女の子なのにー、しか言ってないぞ」

「なっ!」

セイバーは、
ボンッと顔を真っ赤にして、「あ、あ」と言うのみである。
うんうん、満足、満足。
セイバーは隙が無いように見えて、実は不意打ちに弱い。
こうしてたまにセイバーをからかうのも俺の日課の一つだった。

とはいえ・・・セイバーをいじめるのも今日はこのくらいにしておこう。
人間引き際が大事なのだよ。これ以上の深追いはきっと良くない。
セイバーはいじめ過ぎると、きっちり倍返しでお返しをくれるのだ。
俺だってそんなお返し嬉しくないし。

しかしそこにタイミングが良いのか悪いのか

「くぅ〜〜〜♪」

なんて、可愛らしい音が響き渡った。
その、、、道場全体に、、、しかも満遍なく。
道場が静かなだけに、隠しようが無かったその音は
二人の顔を赤と青に染めてしまった。

げげっ、まずいっ。
当然、顔を青くしたのは俺の方だ。
引き際は心得ているつもりだったが、見誤ったか・・・
その腹の虫は、確かにセイバーらしい可愛らしい音ではあっんだけど、
なんともタイミングが最悪だ。

あまりにもピンポイントすぎたから、過去の経験からこの後の展開が読みきれてしまう。

そう・・・

―――フ、フルアーマーダブルセイバーが起動してしまうっ!
鎧に竹刀だぞっ、手加減無しだぞっ、やばい、やばいぞ。衛宮士郎、ライブでだいぴーんち。
目の前でプルプル震える、真っ赤な顔のセイバーを見ながら
打開策を弾きだそうと俺の脳細胞はフル回転だー。
がんばれ、俺。今こそ勝負の分かれ目だー。

この間わずか1.5秒。
俺のピンク色の脳細胞がフル回転して導き出した答えは・・・

「セ、セイバー。今日はさ、お肉屋さんの特売日なんだ。
牛ヒレ肉がすっごく安いの。
セイバーにいつもお世話になってるお礼に、ヒレステーキなんか作ってみようかなー、なんて」

懐柔策、これが最善の策である、といいな。

セイバーは、いまだプルプル震えたまま、うつむいている。
その顔は、少しは落ち着いたのか、ほんのり赤い程度だった。

くっ、ダメか!
ちょっとセイバーをからかっただけなのに、「お昼ご飯までボコボコの計(俺命名)」を味わってしまう宿命なんだろうか……。
死刑宣告を待つように、セイバーの反応をジーっと待つ。
俺に死刑宣告をする裁判官(セイバーさん)は、ちょっとだけ赤い顔を上げて

「それは本当ですか、シロウ」

あっさりと無罪を宣告した。
あぁ、お肉屋さん。今日が特売日でありがとー。
心からの感謝を、お肉屋さんに捧げつつ、俺は。

「ああ!勿論だとも!!
普段お世話になってるセイバーのために、今すぐ買ってくるよ。それも特選牛。
ソースはオニオンを漬け込んだ秘伝のステーキソースでさっぱりと、
ホクホクポテトとさっくりニンジンを付け合せて完成さっ!」」

セイバーの言葉に勢いを取り戻した俺は、コノ隙ノガスベカラズーって感じで押し切った。

「あぁ♪それは楽しみです、シロウ♪
シロウが作るのなら、きっと今まで食べたどのステーキよりもおいしいのでしょう♪
そうですか、オニオンをソースに使うとは、これまた楽しみです」

見る間に上機嫌になるセイバー。
それを傍目で見て、食事につられる女の子もどうかと思ったが、勿論内緒にする。
せっかく成功した買収策を、そんな一言で失う事は出来ない。

「よし、じゃあ肉を買ってくるから、セイバーは居間で待っていてくれるか
15分くらいで帰ってくるから」

自転車でかっ飛ばして、サラッと買ってこよう。
うん、セイバーの機嫌が直って良かった。
出費はちょっと痛いけど、セイバーの笑顔に比べればなんともない。

そこでハタッと気づいた。

む、そうか。
もしかしてヤツの分も買ってこなきゃならないのかな?

本日は・・・

藤ねえは朝から部活の監督に行っている。
桜も同様。もうすぐ新入生が入ってくるので、弓の練習に余念がないみたいだ。
二人には、今朝お弁当を作ってあげたので、昼飯は用意する必要がない。
となると

「あら、衛宮くん。今日のお昼はステーキなんだあ♪
いい時間に着いたわ、わたし」

道場の入り口で、こちらを見ながらにっこりと微笑むあかいあくま。
あぁ、まあ、来るよな・・・当然。
遠坂には午後から魔術を教えてもらうのだから、今ここにいるのも有り得る話か。
1時からの約束なのに、自然に12時前に来るあたり、当然確信犯だ。
しかも、わたし、ステーキはヒレよりロインの方が好きなのよね〜、とかなんとか言ってるし。

「前から思ってたんだが。おまえ、わりと目ざといよな・・・」

素直な本音。

「まあね。これっくらいは当然でしょ?」

ふふん、って感じに胸を張る遠坂凛ことあかいあくま。
なんで自信満々なのさ。

「まあ、遠坂にもお世話になってるから、それもいいか。
分かった、んじゃ買って来るから、遠坂とセイバーは居間でお茶でも飲んでてくれ。
セイバーはヒレで、遠坂はサーロインでいいんだな?」

目がキラキラと輝くセイバーは先ほどの爆発一歩手前はどこ吹く風。

「はい、シロウ。私としてはロインの肉汁も捨てがたいのですが、やはりヒレの柔らかさには敵いません」
「私はサーロインの脂身が好きだから。ヒレステーキもいいんだけどね」

「わかったわかった。じゃ、行って来まーす」

と、靴を履いて、道場の外に出ようとして

「あっ!ちょっと待って、士郎」

遠坂にくびねっこを押さえられた。
ぐぇーーー。

「んぐ、どうしたんだよ遠坂。急いで買いに行かないとセイバーが・・・」

ステーキに上機嫌だった遠坂の顔が
むっ、セイバーが何よっ、って感じに変わったが、
どうしても訊きたい事なのか、そのまま真剣に尋ねてくる。

「時間はとらせないわ。
単刀直入に言うけど。
―――士郎、今の動き、何?」

今の動き? 遠坂は何を言ってるのだろう。
今の、、、動き、、、?
ああそうか、さっきの立会いの事か。

「遠坂、いつからここに居たんだ。
セイバーと打ち合ってるところを見てたのか?」

セイバーの剣に集中してたから気づかなかったのか。遠坂はどうも結構前から入り口に立っていたらしい。

「せえい!ってとこからよ。衛宮くんが正眼から竹刀を打ち下ろした時。
ちょうど道場に着いた所だったんだけど
―――あの動き、はっきり言って尋常じゃなかったわ」

キッと俺を見る遠坂。
その目には多少の殺気が感じられる。
いや、殺気と言うより敵意か。まるで敵を見るような目で俺を見る。
それは、俺が初めて投影をした時の目と同様だった。
自分がわからない事があると、すぐ敵意を燃やすのか、コイツは。
はぁ、魔術師ってのも大変なんだな。
なんて、よからぬコトを考えてしまったりして。

「貴方、セイバーの動きを予測したでしょ。
ここで見ていて解ったもの。読めてなければアノ剣は避けられないわ。
もしかしてそれって予知じゃないの?そんな力が貴方にあるなんて訊いてない!」

ふんっ、なんてちょっと不機嫌そうにそっぽを向く遠坂。
うむ、相変わらずいい感じに自己完結してるみたいだな。
こっちに被害が来なければいいのだが。

そんな事を思いながら、今の遠坂の言及を考えてみる。

予知。未来予知のことか。
数瞬後の未来を見通す力。
数瞬後の未来視のコトを、魔術の世界では予知と呼ぶ。
予知能力とは、例えば、自らに迫り来る危機がわかったり、
例えば、太刀筋を読む事なども可能になる。

戦闘においては、絶大な力を発揮し、
勝利への道を手繰り寄せる、そのスキル。
セイバーの直感は、既に未来予知の域に達していると言うが・・・

「―――無いぞ。そんな力が俺に有るわけ無いだろ。
今のは、ただ毎日セイバーと打ち合ってるから、セイバーの動きがなんとなくわかっただけだ」

そう、ただそれだけの話。
毎日セイバーと打ち合いを続けるうちに
こうすればこう来る、ああすればこう来る、というのがなんとなくわかるようになっただけ。
そんなこと遠坂だって分かってるだろうに、
なんだってあんなに殺気だってるのだろう。

「ちょっと、それってどういう意味よっ!」

もっと詳しく答えなさいよね、なんて言いながら、遠坂は俺の鼻先に指を突きつける。
詰め寄る遠坂にはフザケタ様子はなく、それはすでに魔術師の顔だった。

理由は分からないが、遠坂は俺が予知を持っていると思い込んでるみたいだ。
なら、キチンと説明するのが礼儀というものなんだけど・・・

「わかった、詳しく説明する。
でも時間が時間だ。昼飯の後でいいだろ?セイバーもお腹すかせてるだろうし」

俺たちは、呆然と立ち尽くしているセイバーの方を向く。
そう、セイバーのお腹は限界ギリギリの筈なのだ、間違いなく。

「な、セイバー。
―――あれ?どうした。呆けたような顔して」

そこで気づいたのは、そういえばさっきもぼおっとしてたな、という事。
てっきり腹減ってるのが理由かと思ってたんだけど、違うのかな?

「え、あ、申し訳ありません。
私ならまだ大丈夫です。その、実は私も聞いてみたい。
先ほどの私の剣は必勝の剣でした、必ず決まるはずのその剣が何故弾かれたのかを」

セイバーは一転して剣士の面持ちとなっていた。
静かながらも剣士の気迫をまとったセイバーは、凛として、その、美しかった。
セイバーは見た目は俺と同じくらいの女の子なのだが、実際は数々の戦地を駆け抜けてきた歴戦の騎士なのだ。
こういう面持ちを見せられると、今更ながら思い知らされる事も多い。

「くぅ〜〜〜♪」

「あ、二回目」

そんな凛としたセイバーのお腹から、くぅくぅ鳴るのもまた風情っていうか、なんていうか―――ふぅ。
俺と遠坂に一斉に顔を覗き見られて、またまた真っ赤になるセイバー。
さっきまでの清水のような美しさは、年相応の女の子の可愛さへと変わっていた。
真っ赤になって照れるセイバーを見て、
これもまたセイバーの一面だよな、なんて微笑ましくも頷いてしまう。

「はは、やっぱり、先に昼食にしよう。
ひとっ走り買ってくるよ。話はその後でいいだろ。
別にそんなことで逃げやしないし」

はぁ、って顔でため息をつく遠坂。

「わかったわ。
ここまでセイバーにくぅくぅ言われちゃ、その方がいいわね。
このままじゃ私が悪人みたいだし」

「も、申し訳ありません・・・」

所在なさげに顔を下げるセイバー。
うう、可愛すぎるぞセイバー。待っていろ、お昼は極上のステーキを食わしてやるからな。

気合を入れて、自転車一号出動!
ちなみに26段ギアに改造済み。これで坂道も怖くないゼ!
目指すは商店街、お肉屋さんだー!


さあ、最高のステーキってヤツを見せてやるぞー。
春の陽気の中、大急ぎで自転車を走らせる俺。
その心は、毎日の幸せのカタチそのままに暖かになっていくのだった。




超特急の15分で買い物を終え、キッチンで調理にかかるシェフこと俺。
居間にはそれぞれお茶と紅茶を飲む遠坂とセイバー。

「さっきの話は後な。
これから最高のステーキを作るんだから集中しないとまずい。
それにそんなにたいした話じゃないぞ、期待されても困るんだ」

むんっ、と気合を入れてエプロンを着ける俺。
ちなみに買ってきたお肉は、サーロイン、ヒレ、ロースをそれぞれ一枚ずつだ。
言うまでも無く、遠坂、セイバー、俺、の肉。
更に言うと値段もこの順だったりする、悲しいけど家計を預かる身としてはしょーがないのだ。
ロースだって巧いんだぞぅ、くそ。

「二人とも、焼き加減はどうする?
レア、ミディアム、ウェルダンとございますが」

カッコつけて、ちょっとウェイターっぽく訊いてみる。

「私は、これでもかってくらいのレアで焼いてくれる?
血の滴るようなステーキってさいこうよね〜」

まあ、あくまだから血が好きなのも当然か。とか不穏なことを思ってみる。勿論口に出したら俺の血が滴っちゃうけど。

「私はシロウにお任せします。おいしく焼いていただければ満足です。
まあ、シロウなら間違いはないと思います
がっ

にこやかではなく、ちょっとだけ殺気を乗せてるところがセイバーらしくない。
これは、暗に焼きをミスったらようしゃしないぞーっ、ってことでしょうか?
先ほどの事もある。
ここでセイバーに美味しくない食事とかを作ったりなんかしたら・・・
ブルブルッ
あ〜、調理前に余計な事を考えるのは止めとこう。
下手にプレッシャーをかけて自滅したら悲しいしな。
ぽじてぃぶしんきんぐってヤツだな、うん。

ここで失敗するワケにはいかない、と気合を入れて調理場に向かう。
ステーキの場合は焼き加減で全てが決まる。
客の希望通りの焼きのためには、最新の注意が必要だ。
しかもその客がまた曲者。一分たりとも隙は見せられない。

シーズニングソルトとペッパーを軽く肉にまぶして下味を付ける。
レアとミディアムの時間差を考えて、ヒレの方から焼きにかからなければならない。
ヒレは厚みもあるから、少し長めに焼かないとサーロインには追いつけないのだ。
10分ほどしてから遠坂のサーロインと俺のロースを焼き始める。
時間としてはピッタリだ。

〜15分経過〜

そんなこんなで見事完成。最高のステーキが今ここにある。
簡単そうに見えるけど、実はすっごく苦労してるんだぞっ!
そして、付け合せにホクホクポテトと、さっくりニンジンをつけてパーフェクト。
やっぱりお高い食事は失敗するわけにはまいりませんよねー、全国の主婦の皆さん。

完成した料理を居間に運ぶ。
皿を温めるなんて基本も、もちろん忘れてはいけない。
最新の注意を払ってこそ、納得のいく料理が作れるというもの。

「ほら、遠坂がサーロインのレアで、セイバーがヒレのミディアム。
ヒレはミディアムが一番おいしいんだ。
あんまり焼きすぎると、せっかくの高級肉が固くなるからな」

セイバーはイギリス人だけに肉料理にうるさいかもしれない。
中心に僅かに赤みを残す、ミディアムレアからミディアムに移る直前、肉の味を引き出す最高のポイント。
うん、珠玉の出来。

遠坂のレアははっきりいって、レアもレア。ベリーレアもいいところだ。
これは、遠坂の好みにきっと合う。
2ヶ月もみんなの料理を作っていれば、自然とそれぞれの好みもわかるというもの。
ほぼ、毎日食事に来る遠坂なら間違いない選択だと思う。

「あら、おいし。丁度いい焼き加減ね
悔しいけど、やるわね士郎」

ほらね、やっぱり。

「すばらしいです。シロウ。私は今までこれほどおいしいステーキを食べた事はありません」

こくこくと頷きながら食べるセイバーはいつものことだが、今日はいつもより幸福そうに見える。

それにしても、ヨーロッパって肉料理の本場だろ、しかもセイバー王様だし。
今までどんな酷い食事をしてきたんだろうか。

まあ、セイバーの事だ、戦時中だから周りに遠慮してたのかもしれない。
王様だから美味しい食事を食べる、なーんて、あいつはきっと考えもしないだろうな。
そう考えるとコクコクと頷きながら、食事をしているセイバーがとても誇らしく思え、心が優しい気分で満たされていく。

「うーん、ソースに玉ねぎをいれるってのもどうかと思ったけど、侮れないわねっ
ロインの油をオニオンの酸味がサッパリと中和してくれるわ
焼き加減も申し分ないけど、付けあわせがマイナスポイント。
ステーキだから―――ポテトとニンジンを付け合せ じゃあ、何も工夫の色が無いもの。
油の多いポテトよりも、ほうれん草の和え物みたいな青物を添えた方がポイントアップだったのにね」

和んだ心をバッサリと切り開く遠坂のつっこみの数々。
お前は料理評論家かっ!心の中でビシッとつっこんでみる。無論、口に出すなどという愚を冒しはしない。

そうこうするうちに、今日の昼飯は大盛況の内に幕を閉じたのでしたー。
そりゃあね、いつもの食事の倍以上のお金がかかってるんだから、
これでまずかったら承知しませんよ、主に俺の財布とかが。

食べ終わった食器を片付け、キッチンで皿を洗う俺を尻目に
食後のお茶を飲みながら、昼飯の反省会を始める二人。
なんとなしにその話に聞き耳をたててみる。

「これなら、一週間に一回くらいはステーキにしてもいいわね」
おいおい、お前は鬼か。肉の値段知ってて敢えて言ってるだろ、あいつ。

「私は、毎日食べてもかまいません。本当に幸せでした・・・」
無理ーーーっ。毎日は無理です、セイバーさん。いくら幸せでも、無理ーーーーっ。

「ちょっと待った。セイバー、いくらなんでも毎日は無理よ」
おぉ、珍しい、遠坂がまともなコト言ってる、いいぞ、いけいけー我らが遠坂。

「毎日食べたらさすがに太るわ。スタイルの維持って大変なんだから
だから、一週間に一度くらいで勘弁してあげなさい、ね」
もっと他に心配するところがあるんじゃないのかーーー?主に俺の財布とか。

ああ、これじゃ洗い物に集中できない。
こうなったら洗い物に集中することで、聞こえてくる声をシャットアウトしよう。じゃぶじゃぶ。
おお!?居間の声が聞こえくなりましたよ、さすが俺の集中力。……根本的解決じゃないけどな。

やっとこさ洗い物を終えた俺に、真剣な顔をした二人からの視線が突き刺さる。
む、一週間に一回で勘弁してくれるんだろうか・・・
嫌々ながら自分の席に座り、お茶を入れる。

「ねえ、士郎。さっきの話だけど・・・」

ビクッ、

やはり来たか、恐れていた事が来ましたよー。
この家の財布を握る物として、断固として一週間に一回は譲れないラインだ。
それ以上のステーキは、どう考えても無理だ。おうぼうだ、だんこはんたいしてやるー。

「一週間に一回だぞっ、それ以上は無理だ。これは絶対だ」

これは譲れないぞっ、と二人をにらみつける。
二人は顔を見合わせて

「アンタ、何言ってるの。わたしの言ってるのはさっきの稽古のことよ」

呆れたー、なんてあからさまに表情に出す遠坂。
む、稽古? 
そういえば後で説明するって言ったんだっけ。
俺にとっては、一週間に一度の方が重要だっただけにすっかり忘れてた。
まあ、ステーキのコトじゃなくて良かった、良かった、うんうん。
ほっとした俺は、上機嫌で答える。

「ああ、そっちのコトか。
たいした事してないぞ、俺。
―――それでもいいなら、何でも聞いてくれ」



「そう、じゃあ私から。
あなたさっき、セイバーの動きがなんとなくわかったって言ったけど、
ソレこそが未来予知じゃないの?」

もう先ほどのステーキ評論家はいない。
魔術師としての遠坂の質問に、真面目に答えないわけにはいかない。

「だから、そうじゃないってさっきも言ったろ。
セイバーと毎日打ち合っているうちに、なんとなくセイバーの動きが読めただけって」

遠坂の怒気に当てられた俺は、ちょっと逃げ腰気味な説明で下手にでる。
そんな回答じゃあ納得しない遠坂は、むーっ、て顔で俺を睨む。

「それはおかしい、シロウ。
いくら毎日打ち合っているからといって、そのように動きを読めるものではありません。
第一あの時のシロウの隙は決定的だった。
私の作った隙に向かって、真正面から打ち込んできたシロウの太刀を、私は紙一重で見切っていた。
その見切りから出来た大きな隙は致命的で、返しの太刀をかわす事は至難の業です。
いや、少なくとも昨日までのシロウなら完全に不可能であったのは間違いありません」

こちらも納得がいかないとばかりにセイバー。
それは、剣士としての正論であるらしい。

「そうか、やっぱりあれはセイバーがわざと見せた隙だったんだ」

「ッ!、まさか、気づいていたのですか、シロウ」

げっ!なんて驚きのポーズを決めるセイバー。
かわいくないぞ、そのポーズ。

「ああ、セイバーが誘ってるかもしれない、とは思っていた。
だから、最初の打ち下ろしは、実は俺にとって100%じゃなかったんだ。
確かにかなりの力を込めたけど、余裕を残しての一撃だ。
体勢を崩すほどじゃない。

こんなふうに考えたんだ。

このセイバーの隙に向かって上段から振り下ろせば、きっとセイバーは半歩だけ下がって避ける。
そこで体勢を崩して見せれば、まあ実際は余裕があるんだから体勢を崩す事はないんだけど、
セイバーはその隙に向かってきっと袈裟切りをしてくる。
その袈裟を残っている余力で払って、セイバーの小手に横払いを入れよう。
ってね」

「なっ!」
「そんな」

二人同時に声を上げる。
そんなにびっくりする事か? ん、たいした事じゃないと思うんだけど。

「シロウは私の隙を見て、三手先まで読んでいたというのですか?
そ、それよりも、私は、シロウの作った隙を狙わされていたなんて・・・」

なにやらセイバーは多大なショックを受けている様子。
む、そんなに俺の仕掛けた罠に引っかかったのが悔しいのか、普段はその百倍は罠にはめてるのに。
ちょっとやりきれない。

「でも、結局セイバーにかわされたじゃないか。
たとえ三手先まで読めてても、そしてもし、更にその先まで読めたとしても
俺には背後に回ったセイバーの動きが全く見えなかった。
俺には、セイバーは消えたと思えた
そのくらいあの時のセイバーは桁違いのスピードだったんだ。
それじゃ、たとえ何手読めていても意味なんてないんじゃないのか?」

一つずつ冷静に答えてみる。
そして、本当にそう思う。俺にはセイバーが消えたとしか思えなかったし。
まだまだセイバーは遥か彼方ってわかってしまったのだから。

「確かにそうかも知れないけど、それでもセイバー相手に三手先まで読めるなら、
未来予知以外の何物でもないんじゃないかしら。
読んだ通りにセイバーが動く可能性なんて、とんでもなく低かった筈でしょ。
だから、どうしてそうなったのか、をちゃんと説明しなさいっ」

もっと細かく説明しろ、ってことか。
う〜ん、俺自体もよく分からないんだけどなぁ、困った。

そこに割って入って来たのはセイバーだった。

「ちょっと待ってください、リン。事はそう単純でもありません。
あの時私は、やられた、と思いました。
そう思った瞬間、体が勝手にシロウの後ろへと回っていたのです」

え、それって・・・もしかして?

「ちょっと待ってよ。
体が勝手に動いたってコトは、追い詰められたセイバーが本気を出したってコト!?」

驚く遠坂。
そりゃ俺だって驚きだ。セイバーが俺相手に本気を出した事なんて一度も無い。
本気どころか、どれだけ手加減してるかわからないくらいだからな。
第一本気のサーヴァントの動きを俺に見切れる筈も無い。
だから、俺がセイバーに本気を出させるのはまだまだずっと先のコト。
そう、俺がアーチャーと同程度の力量になった時だろう。
まぁ、隙を突いて一本とってやろう、とはいつも考えているんだけど。

「はい、あの時のシロウの小手は確実に決まっていました。
決まる瞬間に、私の直感が働いて、100%の力で避けてしまったのです。
ですから、人間の目ではあの動きを見ることは不可能です
それでも見切れる人間は、もはや人間以上の存在と言えるでしょう」

セイバーの直感のスキル。
それこそが未来予知に他ならない。
磨き上げられたセイバーの直感は、相手の動きの先を読み、剣筋を読み、勝利を読む。
それはあの戦いで何度も見せられてきた。

「セイバーの直感って、ほとんど未来予知なのよね、確か」

「ええ、リンの言う未来予知と、私の直感は、ほぼ同位と見ても問題ない。
だからこそ、シロウに先を読まれる事は無いはずなのですが・・・」

下を向いて、ちょっとうつむき加減のセイバー。そこにいつもの威厳は無い。
まあ、こんな不肖の弟子に一本とられそうになったんだから当然かもしれないけど。

でも、そうするとあの時の俺の考えは、セイバーにも通用するモノだったということか。
悔しい事だが、あの赤い騎士の真似をするという事は、俺にとって本当に有意義な事なんだな。

そして、俺はアーチャーの後ろ姿を思い出していた。
それは心の奥底にしまわれた大切な記憶。
未熟な俺と戦った完成された俺。
いつかは追いつき追い越さねばならない赤い背中。
最後まで走り続けたアイツを、最大の目標にして俺も走り続けている。
俺は一歩でもアイツに近づけたんだろうか?
遠くを見ながらそんな事を考えていると。

「えーみーやーくーん、貴方、何か隠してるんじゃないかしらあ?
わたし、隠し事されるのって、だいっっきらい、なのよねぇ」

優雅な微笑の中にも、氷のような戦慄が覗き見える。
でたーー、遠坂の得意技、氷の微笑。―――俺命名、しかも今。

「わかった、わかったから。俺の方に指を向けるなっ。
いつ呪いが飛んでくるかわからないからな、お前の指からは。
拳銃の銃口と変わらないぞっ、ほんと」

ちょっと油断すると、ばきゅんばきゅん来るからな、呪いの弾が。

なによっ、そんなに頻繁に撃たないわよーふんっ、って横を向いて拗ねる遠坂。
おいおい、お前はあの学校での鬼ごっこを忘れたのか、と心の中でつっこむ。もちろん口には出さない。

「じゃあ、最初から説明するとだな。
ずっと考えていたんだけど、アーチャーはなんであれほどの技を持ち得たのだろうって。
アイツは、まあ俺が見た戦いだけだけど、ランサーや、セイバーと殆ど互角に戦ってた。
俺には視認さえ出来なかったランサーの突きや、セイバーの剣筋とだ」

頭の奥底に大切に仕舞い込んであるサーヴァント同士の戦いを思い出す。
ランサーの稲妻のような突きを、サラリとかわすアーチャー。
セイバーの閃光のような剣を、双剣で弾き返すアーチャー。
そして、俺に向けて、必殺の剣を振るうアーチャー。
どれも目蓋に焼き付けてある俺の理想であったカタチ。
忘れようにも忘れる事は出来ない。

「アーチャーと実際戦う事で、俺はアイツの剣技のかなりを吸収した。
打ち合う毎に吸い込んでしまったアーチャーの知識と技に、あの時、俺の頭は割れそうだったんだ。
多分、それは存在してはならない二つの存在が同時に存在する矛盾、
それを世界が律しようとして、押し潰そうとしていたんじゃないかと思う。

セイバーも見てたと思うけど、最後は俺の剣がアイツを貫いて勝負はついた。
でも、俺は勝ったとは思っていない。ただ負けなかっただけ、、、未来の自分に。
それは、単純に俺がアイツに追いついたってわけじゃなくて、
ああ、うまくいえないけど、少なくとも近い力関係まで迫ったから、何とかなったんだと思う。
だってそうだろ?あまりに大きい力の差があったら奇跡がおきたって、アーチャーには敵わなかった筈なんだから」

だろ、と、セイバーに意見を求める。
セイバーもあの戦いを思い出しているのだろう。少しだけ目を伏せた。

「そうですね、あの戦いは私の中でも大切な記憶です。
あの戦いを見たからこそ、私はシロウを見届けたいと願い、この世に留まったのですから。
忘れるわけにはいかないのです。

アーチャーの胸を貫いたシロウの最後の剣は、それまでのシロウの剣とは違いました。
あれは、あの一時の剣は、シロウの精神の具現です。
故に技術など無く、シロウの魂のカタチそのものでした。

しかし、それ以前のシロウは、アーチャーのレベルにかなり近づいていました。
確かにアーチャーに押されてはいましたが、それは紙一重の差だったと思います」

あの戦いを唯一見届けたセイバーは、そう毅然と言い放った。
セイバーは目を閉じて、その戦いを反芻している。
セイバーはマスターになった遠坂の救出よりも、俺とアイツの戦いを見守る事を選んだ。
それだけ、あの戦いはセイバーにとっても大事だったのだろう。
セイバーの王の誓いを揺るがせるほどに・・・

何が面白くないのか、ふんっなんて鼻息も荒い遠坂は。

「なぁにっ!?、それがどうしたってのよ。アーチャーに近い剣の力があるから未来予知が出来るっていうの」

なんて噛み付いてくる始末だ。
まだ話の途中だっていうのに、いい感じに遠坂は冷静さを失っている。
普段は冷静沈着なのに、こうなると遠坂は前が見えない。いや、むしろ前しか見えない。
これはこれで可愛げがあるのだけれど、魔術師として大きなはマイナスポイントだ。

「遠坂、その魔術師らしからぬ感情の揺れ、将来きっと仇を成すぞ。
高校卒業するまでに矯正した方がいいと思う」。

と、心の中で言ってみた。えぇ、口に出しては言えませんでしたとも。
あぁ、今日はなんだか口に出せない事がとっても多い日デス。日ごろの行いのせいでしょうか、神様。

頭に響く心の声を、ため息をつきながら飲み込んで遠坂に答える。

「……いや、まあ、落ち着けよ、遠坂。
確かに俺はアーチャーに近いレベルの剣術を得た。
固有結界のおかげとはいえ、ギルガメッシュに勝てるくらいだからそれは確かなんだろ。
それでも、俺はいまだセイバーに敵わないし、イメージの中のランサーの槍にも串刺しだ」

「む、それがどうしたのよ・・・」

遠坂は不満顔だ。さっきっからずっと不満顔だが、さらに一歩不満顔になった。
むむ、俺の説明って下手くそなんだろうか?

「そうか、シロウはアーチャーにあって、シロウにまだ無い何かがあると言いたいのですね」

セイバーが納得顔で一番言って欲しいことを述べてくれた。
さっすがセイバーえらいぞ、遠坂がいなかったら、頭なでなでしてあげたのになー。

「そう!セイバー、その通りだ。
アーチャーにあって、俺に無いもの。
俺はそれは、目だと思うんだよ。
俺は目の使い方がわかってないんじゃないか、ってね。

もともと俺の目はすごくいい。
普通の人から見れば信じられないぐらいに。
しかも、俺たち魔術師は目に魔力を通せるだろ。
そうなった俺の目は、望遠鏡と同じようなもんだ。

もちろんアーチャーも同じく目が良かったはずなんだけど・・・
どうだ、遠坂。アーチャーに聴いてない?そんなこと」

あっ、と何かを思い出した遠坂が口を開く

「そういえば言ってた。アイツムチャクチャ目が良かったんだ。
新都のビル、ほらあの一番高いビルから、橋のタイルまで見えるんだって。
ソレって望遠鏡とおんなじレベルじゃないのよー、ってびっくりしたの覚えてるモノ。
そっかー、士郎も目が良いんだ。
そりゃそうよね、未来の自分だもんね」

ん?新都の一番高いビル?

「ああ、あそこか。そういえばいつだかあのビルの上で遠坂を見かけたっけ。
あの頃は、遠坂あんなところで怖い顔して何してんだろ、って思ったんだけど。
そうか偵察してたんだな、聖杯戦争の為に」

げっ、なんて女の子にあるまじき声を遠坂は出していた。
はしたないぞー、遠坂。

「アンタも下から気づいてたの!?って、しかも顔まで見えてたなんて。
あんた、視力いくつよっ!」

ん、あの時遠坂も気づいてたのか。
遠坂も目がいいんだな、俺がわかったなんて。

「ふーん、遠坂も目がいいんだな。
あのビルから下を見るのは、普通の人間なら見えないと思うぞ。
俺の視力はいつも測っても測りきれないんだ。
まあ、6.0とか7.0とかそのくらいじゃないかな」

遠坂は一瞬びっくりした後、ちょっと考えてニヤリと笑みを浮かべた。
あ、なんかよからぬコトをたくらんでるな、コイツ。
今までの経験上、あのニヤリは俺をからかう時に発動されるモノだ。
無駄だろうけど、覚悟だけはしておこう。

「ははーん。だから、あの時上をずっと見てたんだ。
なんで、ずっとこっちを見てるのかわからなかったのよね〜」

ん、何を言ってるんだ。遠坂の言い方は婉曲していて判りづらい。
そりゃずっと上を見ていたけど・・・

「ね、覗いてたんでしょー、スカートの中」

ぶーーーーーーーーっ
飲んでいた緑茶を盛大に噴出す、俺こと、衛宮四郎。

ばっ!っっ!おま、お前何言ってんだっ!」

テーブル一面にお茶を撒き散らしながら答える俺。

「だ〜って、随分長くこっちを見てたでしょ、衛宮クン。
なんでずっと上を向いてるのかなって、不思議に思ってたのよね、わたし。
私たち、あの頃は仲が良かったどころか、話したこともほとんど無かったんだし、
別に私をそんなにずっと見ている意味ないでしょう。
普通すぐ立ち去るよね?何やってんだろ、ぐらいに」

ししし、なんて、意地の悪い顔を見せながらそんな事を言ってくれました、凛さんは。
ああ、ここではアレを言わせたいんだなー、コイツ。
ここでアレを言わないと、俺はスカート覗きの烙印を負わされる・・・って計略か。

「わかったよ、言えばいいんだろ。
たくっ、何回言わせれば気が済むんだよ、おまえは。
一度しか言わないぞっ。

―――衛宮士郎は、遠坂凛に憧れていました。
だから、ビルの上の遠坂を見続けました―――


これでいいんだろ」

自分でも顔が赤いのがわかる。
でもまあ、本当のことだし。遠坂の顔も赤いことだし。
まぁ、いいかなー、なんて思ったりして。

「へへー、よく出来ました。
やっぱり士郎はからかいガイがあるのよねー」

なんて、ちょっと赤い顔をして言う遠坂。
照れるなら言わなきゃいいのに、そんなこと。
でも、まぁ、そんなところもコイツの魅力なわけで・・・

ちょっといい雰囲気になって互いの目を見つめあう俺たち。
と、

それを横目で見つめる、不満顔のセイバー。

「っっっ、セ、セイバー!いたのか」

忘れてた、セイバーも居たんだっけ。
すっかり”らぶらぶもーど”にはいっちゃったよ。

「居たら悪いのでしょうか?
最初からずっと居たのは、シロウもわかっていた筈ですが」

うわっ、セイバーさん、超不機嫌。
一難去って、また一難。なんで皆さんで俺をいじめるのでしょうか?
先ほど、休戦した遠坂に目線で助けを求めてみる。
「あいこんたくと」ってヤツだ。

「ん。
ねえ、セイバー。忘れてたのは謝るけど、とりあえず話を進めましょ。
早くしないと、桜と藤村先生が帰ってきちゃうし。
それに、さっきの話はそんなことより大事な筈よ」

おお、さすが遠坂。理路整然と整えられた理屈。
これならセイバーも納得せざるを得まいっ!

「う、そうですね。リンがそういうのなら仕方がありません
先ほどの話は私にとっても、興味深い事でしたから」

アッサリ引き下がるセイバー。
でも、いつも思うんだけど、何でこういう時って俺にばかり攻撃が集中するんだろう
いまの場合、俺と遠坂の罪は半分だと思うんだが・・・

「そ、納得してもらったところで、さっきの話の続きよ。
士郎、それでアーチャーと貴方の目がいいとどうなるの?」

「ああ、俺の意見はこうだ。
前にも言ったと思うけど、アーチャーの守備は完璧だった。
それは、一言で言えば”洞察力”の賜物だったんじゃないだろうか?

例えば人間が剣を振るう。右側を見る。剣を避ける。
全ての動作に読みのモトがあったんだ。
筋肉の微かな動き、目線、気配、クセ、よく見れば数限りないだろ。
もちろん、一つ一つは小さいし、微かだけど、
ソレを見逃さない目のよさと、経験があれば・・・
セイバーの動きだって読めるんじゃないかってね」

ハッ、と息を呑んで答えたのはセイバーだった。

「心眼・・・」

目を丸くしているのは、俺がそこまで考えていたのが意外だったのか。
それとも、そのスキルに舌を巻いているのか。
だが、俺の考えがまとまる前にセイバーは続けた。

「それは、心眼と呼ばれるスキルです。
私の持つ”直感”と対極にあるとされるモノ。
ただそれは・・・」

間髪居れずに遠坂が噛み付いてきた。

「そうよ、そんな洞察力を身につけるには何度も死の淵に立つほどの経験が必要なはず。
きっと、アーチャーはいくつもの決死の戦いを乗り越えて身につけたんだわ。
士郎には、どう考えても絶対的な経験が不足してる。
身に付く筈が無いわ」

ああ、その通りだ。
俺もそう思う。きっとアイツにとっては長年の修行の賜物なんだろう。
でも、俺は違う。

「遠坂、その答えは、
・・・俺は、毎日死を予感する剣と戦ってる」

「?」
わかってないみたいだ。遠まわしすぎたか。

「俺には理想の教科書があって、最高の師匠が居るって言ってるのさ」

セイバーの方を向いて、ハッキリと告げる。
ちょっと恥ずかしいけど。

「っそうか、シロウは私の剣閃に常に死を見ている。
実際には竹刀ですから、死にはしませんが
その経験は、きっと計り知れない。
少ない期間でアーチャーの経験に追いつく事も可能かもしれません」

すっかり驚き役が板に付いたセイバー。
解説者ですか?

「そう、俺が聖杯戦争でまずセイバーに教わったのがソレだった。
―――死の気配を感じ取れるようになれ
そのおかげで聖杯戦争を何とか生き抜くことができたんだから」

やっと納得したのか、遠坂はあごに手を当てて頷いた。

「そうか、自分の最終形がわかっていて、
しかもその練習相手がセイバーなら、アーチャーの何倍もの速さで階段を駆け上っていけるってわけね」

「ん、だから今日は朝からずっとそのことを考えながら、セイバーと打ち合ってた。
そしたら徐々に予想の中のセイバーの動きと実際のセイバーが一致してきたから、最後にチャレンジしてみたんだ」

目をつぶり、影とセイバーが一致する姿を思い浮かべる。
まぁ、セイバーはまだまだ本気じゃないんだけど。

「セイバーがまだまだ手加減してくれてるのはわかってるんだ。
でも、今日は一回だけとはいえ、本気だったんだろ。
今まではまったく見えなかった目標が、遠くに霞んで見えるくらいには進歩してるのかな?」

それは、いつかは届きたい師匠越えのユメ。

「ええ、そうですね、その例えは正しい。
今までは見ることのできなかった山頂が、霞んで見えるようになった程度です。
ですが、これは途方も無いことです。
私は素直にシロウを褒めたいと思います」

セイバーは、師匠が弟子を褒める、そんな感じで優しく言ってくれた。
こんな可愛い師匠、他に居ないよな。うん。

ふと横を見ると、少し不満気な遠坂。

「でも、それってずるい・・・
アーチャーが何年もかけて得たモノを一足飛びに手に入れるなんて」

おい、お前は味方じゃなかったのか。
ずるいってのはひどいんじゃないのか、遠坂よ。

「んー、確かにちょっとズルイって感じだけど、俺は今強くなれるだけ強くなりたいんだ。
来年の今頃にはもうロンドンに行ってるんだよな、俺たち。
魔術師の総本山みたいなところに行ったら、きっと今より戦いも増えるんだろう?
魔術師同士の戦いは、間違いなく殺し合いになるし。

そんなことを考えていたら、俺には新しいユメが出来たんだ。
もちろん、正義の味方になるってのは、変わらないユメだ。それはいつまでも変わらない。
でも、それと同じくらい大事なコト。
―――俺は、いつかは二人を守れるような男になる

きっぱりと言い切った。
そう、聖杯戦争の時から守られてばかりだった俺。
今度は強くなって、二人を守るんだ。
―――この二人を失いたくない、この心も間違いなんかじゃないんだから。

呆れ顔を仲良く並べる二人。
ふんっ、笑いたきゃ笑えばいい。
たとえ今は笑い話でも、必ず現実にする。
そう、それはもう決めた事。
これから一生涯をかけて成し遂げる夢なんだから。

俺の顔を一瞥して、なにやら考えたのか。
遠坂は、ちょっとだけ顔を赤くしてもっと恥ずかしい事を言ってきた。

「そう、なにげに恥ずかしいことサラッと言うのね、士郎。
だったら、私も恥ずかしいこと言ってあげる。
一度しか言わないから、よく聞きなさい。
私のユメは
―――士郎を最高にハッピーにすることよ
嫌だって言ったって許してあげないんだから」

ふんっ、なんてそっぽを向く遠坂。
その頬はトマトのように赤く、調子に乗って言い過ぎた〜とか思ってるに違いない。
ああ、そうだった。
コイツは意地っ張りで気が強くてわがままだけど、こういうところは誰よりも女の子らしいんだ。
ふふっ、ちょっとだけ声を出して笑ってしまった。
それを見た遠坂ががーーっと文句を言おうとした瞬間。

「シロウ、貴方たち二人を守るのは私の役目です。
私を守ると言われても、困ってしまいます」

ちょっと照れているのか、そんなコトをセイバーが言ってきた。
王としてのプライドか、それともサーヴァントとしてのプライドか、守られるのは嫌っぽい。

「いいんだよ、セイバー。いつかのユメなんだから。
まぁ、近いうちに成し遂げたいユメは、セイバーから一本取ることなんだけどな。
これでさえ、まだまだ先の話になりそうだし。

あぁ……そういえば、セイバーには夢とか無いのか?
俺たちの行く末を見守るのはいいけど、それだけじゃつまんないだろ
俺で出来ることなら何でも協力するぞ」

な、と遠坂の方を見やる。

「そうよ、セイバー。私もあなたのことが大事だもの。
貴方がやりたいことがあったら、私も何でも協力するわ」

当然のようにそう答える遠坂は自信満々って感じだ。
うん、遠坂ならそう言ってくれると思った。
まぁ、セイバーにそうそう望みが有るとは思えないんだけど・・・

「・・・実は、最近一つだけ、望みが出来ました」

俺たちの思惑を超えて、軽い感じで言ってのけるセイバー。
なっ、セイバーが望みを!

「ほ、ホントかセイバー。セイバーが自分の望みを持つなんて初めてじゃないか。
どんな望みだ。言ってみてくれよ」

素直に嬉しかった。俺が知る限り、召喚されてからのセイバーは望みなど持ったことは無い。
彼女にとっての望みは、聖杯を手に入れること。
ああ、この世界に残るってのも一応願いの一つか。
でも、それは俺たちを見届けたいなんて言う、またまた自分とは関係のない望みだし。
それでも、せっかくこの世に残ったんだから、もっとセイバーは我が儘に生きたほうがいいに決まってる。

「へぇー、私も聞きたいな。
セイバー、今までそんなこと一言も話さなかったもんね」

遠坂も嬉しそうだ。そりゃそうか、遠坂、セイバーのこと好きだっていってたもんな。
俺と同じで嬉しいんだろう。

「はい、ですが、私のユメにはシロウとリンの協力が不可欠です」

おお、しかも俺たちを頼ってくれるなんて、今まで世話になりっぱなしなだけに嬉しい。
でも、俺たちに出来る事なんてたかが知れている。
料理を教えて欲しいとかかな?それとも、ライオンのぬいぐるみが欲しいとか?

!!

っ、ま、まさか、毎日さっきのステーキを食べたいとかじゃないでしょうねーーー。
あ、ありえるから怖い。
だが、それがセイバーの唯一の望みならば叶えてやらぬわけにはいくまい。
バイトの回数を増やさなくちゃだめかなぁー。
なんて不穏なコトを考えてたら遠坂に先を越された

「勿論オーケーよセイバー。私セイバーのコト好きだもの」

きっぱりと自信満々に言い放つ遠坂。
そりゃ、お前はセイバーがいくら飯を食おうが関係ないもんなー。
ちょっとやさぐれた思考の自分に喝を入れて、

「俺だって何でもするぞ。そのためだったらバイト増やしたっていいし」

たとえバイトが週5になっても、そんなのは些細な事だ。
セイバーの願いを叶えてやりたい。それがたとえステーキでも。

「二人とも、二言はありませんね」

「ああ、男に二言は無いから言ってみてくれよ」

はやくはやくー、と急かしまくる俺。
遠坂も興味津々なのは間違いない。
かつて無いほどの穏やかな顔をしたセイバー。

「私は――――――
二人の子供を育ててみたい


ぶーーーーーっ!俺。 本日二回目の緑茶ブー。

ごふっ、遠坂。 何とか吹き出さずに済んだ様子。

「ごほっ、かはっ、く、セ、セイば」
「こほっ、な、な、
なんですってーーーーーっ!

キーン、と耳鳴りがするほどの遠坂の大声。
今セイバーなんて言った?

「はい、二人の子供を一緒に育てたいのです」

むせつづける俺。
呆然とする遠坂。
そ、それは、確かに俺たち二人の協力が必要だけど、さ。
しかし

「そ、それは、ちょっと時期尚早じゃないか、セイバー」

「なぜでしょうか?二人はパートナーでしょう。
私はこれほど息の合ったパートナーを、今まで見たことが無い」

っっ、セイバーは冗談で言ってるわけじゃない、マジだ。

「でも、でもでも私たち、まだ学生よ。子供が出来たらいろいろ大変だわ」

ね、なんて俺の方に助けを求める遠坂。
アイコンタクトも慣れたものだ。

「そうだよ、俺たち、まだ17歳だしさ」

まだ早いよー、と右に倣って言ってみる。

「いえ、私も今すぐ欲しいと言っている訳ではありません。
それは無理というものでしょう、準備も必要ですし。
幸いにも、あと一年でガッコウを卒業の筈ですから、タイミング的にも丁度いい。
二人の子供が、我が母国ブリテンで産声を上げるのなら申し分ありません。
それに、私の知識によると、成人は15歳です。婚姻には申し分ないと思いますが」

えーっと、今のうちに仕込んでおけと言ってるのでしょうかセイバーさんは。
それに15歳で元服は昔の話で、今の成人は20歳なんですけども、その辺はいかに。

「そうですね、出来れば男の子が良いと思います。
剣の指南はお任せください。立派な騎士に育て上げますので」

おいおい、セイバーはもうアッチに行っちゃったぞ。
帰ってこーい、セイバーーーー。

「ええっと、セイバー。何でそんなに子供を欲しがるの?聞いていいかしら」

だんだん落ち着いてきた遠坂から本音の質問。
うん、それは俺も聞いてみたい。なんでだろ?

ちょっとだけ、悲しそうな目をして、うつむき加減でセイバーは話し始めた。

「私は、子供を育てたことが無いのです。
確かに子はいたのですが、その、私が産んだわけではありません。
―――私は、男の王である筈でしたから。
不肖の息子でありましたが、私が王でなく人であったなら
あのような不明を働かすようには育てなかったと信じたいのです」

ガツーン、とハンマーで殴られたような衝撃が来た。
そうだ、こんな大事な事、何で忘れてたんだ。

モードラッド。
アーサー王は、息子の反乱によって最期を遂げている。
自らが産んだ子供でなくても、セイバーは自らの不逞を攻めているんだ。
自らの息子の反乱で国が滅びたのだから。

これはセイバーにとって間違いなく一番深い傷。
だって、自分の息子に裏切られるなんて、、、考えただけでも悲しすぎる。

聞いてはならない事を聞いてしまった俺は、はっきりとうなだれた。
何とかフォローしなくてはならないのだけど、こんな時に限って頭が廻らなかった。
なんて未熟。
こんな時に気の利いたセリフを言ってやれないなんて―――っ!


「士郎の子供だったら、男の子でも女の子でも真っ直ぐな子供になるでしょうね。
しかも、セイバーが育てるのならなおさらだわ。
でも、私の子供でもあるんだから、魔術の才能も凄くないと許さないんだから、、、士郎を」

―――っ!
ああ、あくまのくせに、なんて気の利いたことを言えるんだ。
さすが俺が惚れた女だけある。

遠坂はこの場で言わなきゃならないことを、さも当然のごとくサラッと言ってくれた。

「ッああ、遠坂の子供だったら、可愛くなるだろうなー、ほら子供の時の遠坂の写真みたいな。
そう思うと、俺は女の子の方がいいかな。
む、これって父親っぽい発言!?」

「私は男の子の方がいいの!
剣術も魔術も万能の魔法剣士に育てるんだから。
剣術はセイバーに鍛えてもらって、魔術は私が直々に教えることにする」

む、問題発言そのいち。

「俺の役割は?」

「と〜ぜん専業主夫でしょ、へっぽこ」

ガーン、そりゃないよ遠坂。
またまた後頭部をハンマーで殴られたような衝撃。じんけんようごだ、ことばのぼうりょく反対ーー!

それを見て、クスクスと笑うセイバー。
―――うん、やっぱりセイバーは笑ってる方が、ずっといい。
こんな風にセイバーにはずっと笑っていて欲しいと、心から思う。

「男の子でも女の子でも、シロウとリンの子供です。
最高の子供であることは、私が保証します。きっと問題ありません」

そういって、心からの笑顔を見せたセイバーは、その、本当に綺麗だった。
慎み深い朗らかな微笑み。
きっとセイバーは声を上げて笑うなんてことはしないんだろう。
例えるなら、紫陽花。遠坂はきっと薔薇だけど、セイバーは紫陽花って感じがする。

セイバーの笑顔を見ながら、俺も遠坂も自然と笑顔になっていく。
セイバーの笑顔にはそんな効果があるのだ。

そう、、、セイバーの満面の笑みを見るためなら、俺の子供の一人や二人、セイバーに任せっ切りにしても構いはしない。
セイバーと、もちろん遠坂の、こんな笑顔を守るために、俺はこれからも戦い続けていくのだから・・・





エピローグ

「・・・随分と楽しそうな話をしてるんですね、セ・ン・パ・イ♪」

ピキッ! 

空気が凍る。
最大密度で固められた、この部屋の空気はもはや氷と呼んでも過言ではなく
体感温度は少なくとも3度は下降している。

「さ、さ、さ、さ、さ、さ、さ」

「”さ”がどうしたんですか、先輩。
ついこの前、姉さんと付き合い始めたと思ったら、もう子供ですか?
随分と楽しそうな事で」

背後に立つ桜は、殺気を隠そうともせずにこやかに微笑んでいる。

いやぁーーーー、桜さん、こわいーーーー。
ああ、平和の象徴であった筈の桜が、黒く、黒くなってくよーーー。

さぁ、桜にどうやって説明したものか。
そんな事を考えている俺に、更に厄介なモノが降り注いだ。

「ん、どうしたの?桜ちゃん。こんなところで立ち尽くして。
部屋に入らないの?」

部活が終わったのだろう。二人が揃って帰ってくるのはむしろ当然。
しかし、俺にとっては最悪のタイミングで、最凶の増援が現れた。

「ええ、なんでも先輩と遠坂先輩の子供が生まれるそうですなんです、藤村先生」

桜は体から黒いオーラを撒き散らしながら、事実と違うコトをごく冷静に述べた。

「は?さ、桜さん?何を言ってるのかな・・・」

それは微妙に、いやかなり違うと思うのですが、桜さん。

藤ねえという増援を得た桜は、強気にも捏造した事実を打ち明けた。
いや、桜がどこから聞いていたのか知らないだけに、勘違いしている可能性もあるのだが。

「そんなのダメッたらダメーーーーーーーーーーーー!!」

速っ、最速記録で、藤ねえハイパータイガー化。
わーい、0.5秒の新記録だー♪

「士郎、ついこの間、遠坂さんと付き合い始めたばっかりでしょーーーー。
それなのに子供なんて、そんなラブコメ、ゆるしませーーーーーーーん」

「先輩、不潔です。酷いです。女の敵です。信じてたのに・・・!」


居間は一転して地獄絵図と化した。
先ほどまでの三人の空間が春のピクニックだとすれば、今はまるで弾劾裁判の開始直前。
いや、これはむしろ魔女狩りか。今や異空間と化した我が家の居間を、占拠する大魔神が二人。

「ちょ、藤ねえ。落ち着けって。桜も、真実をしっかりと見なきゃダメだ!」

俺も冤罪を受けて、いつまでも受身になっているわけにはいかない。
キチンと訳を話せば、二人だって鬼じゃない。きっとわかってくれる筈、、、多分。

「とにかく話を聞いてくれ!
子供が生まれるなんて、誤解なんだってば。
ちょっと、子供がいたらどうなるか話してただけなんだから」

必死で説明をする俺。
この裁判には俺の命がかかっている―――っ、みたいな?

「え?それは本当ですか、先輩?」

俺の必死の説明に、ちょっとだけ落ち着きを取り戻した桜。
よしっ、さすが我が家の理性、それでこそ可愛い後輩だ。

「あぁ、本当だとも。桜、信じてくれるか」

真剣な瞳で、桜を射殺す。

「―――はい、先輩がそういうのなら信じます」

俺の真剣な目を見た桜は俺を信用しくれたようだ。
安らかに笑う桜の顔には、先ほどの黒い影はもう見えない。

よしっ、桜はオチタ。後は藤ねえだけだ。
藤ねえの方を向き直って告げる。

「藤ねえもちょっとは話を聞いてくれよ。冤罪だぞ」

桜を落とせただけにちょっと強気だ。
ぶーっと膨らませた頬で俺を見る藤ねえ。

「だってー、いきなり子供が生まれるなんて聞けば、正気も失うわよぅ。
それにしても士郎。本当に本当?
本当に遠坂さんとソウイウコトして無いの?」

おねえちゃんに嘘ついて無いの?
藤ねえは俺の目を見て質問してきた。
藤ねえは俺が嘘をついているのか、いつもこうやって判断する。

だから、はっきりと声高に答えてやった。

ああ、俺と遠坂はそんなことは
――――――してな・・・・・・・・・・・い・・・・ような・・・・
気もする

・・・してる。
子供は出来てないけど、ズッポリとしちゃってます、僕たち。
大ぴーーーんち。こんな時に嘘のつけない性格がぁーーーーーーーー。

居間が再び凍る。
俺の答えを完全にクロと判断した二人は、ゴゴゴゴゴゴッなんて擬音を出して俺に迫っている。

「がぉーーーーーーーーーーーーっ!」

うわぁ、タイガーが火を噴いた。

「せん、ぱ、ぃ」

泣き崩れる桜。
うわっーーーー。それは反則ですヨ、桜さん。

おろおろする俺に向かって、カカト落とし炸裂っ!

「こんのバカ士郎ーーーーっ、アンタのそのバカ正直なところ、
一回叩きなおしてやらなきゃ気がすまないわーーー」


二人にヤッチャッタコトがばれたのが恥ずかしかったのだろう。
顔を真っ赤にした遠坂が、必殺のカカト落としをお見舞いしてくれた。

―――おい、お前は味方じゃなかったのか、遠坂―――

崩れ落ちる俺の顔面に、藤ねえ、もとい、タイガーのちゃぶ台返しが炸裂する。

「うわ、襟元からつくねが、必要以上に加熱されたつくねがあーーー!?」

何ゆえ、まだ食事の準備もしてないのに机の上に食事が!?しかもなぜ鍋物!?つくね!?

「せんぱい……シンジテタノニ」

うわ、桜。平和の象徴のお前が何ゆえそんなに邪悪スマイルをーーーーーー!!

「そんなのおねえちゃん、ゆ・る・し・ませーーーーーーーん!!」
「先輩の不潔!女たらし!鬼畜!外道!触手?」
「アンタのバカ正直さにはホトホト嫌気がさしたわっ!!」


うわーーーーっ、触手ってなにーーーー!?
うわーーーーっ、何ゆえ遠坂まで混ざってるのでしょうかーーーー!!
お前は被告人のひとりじゃないのかーーーーーー!!
なんで、俺だけーーーー???

哀れ衛宮士郎は、三人にズルズルと道場まで引きずられていった。
これから死すら生ぬるい冤罪裁判が彼を待っている―――。



三人の鬼が獲物を連れ去った後の居間には、一人たたずむ金砂の少女。
ピンと背筋を伸ばしたまま、ずずっ、とお茶を一口だけ飲む。
道場が戦場と化していることなど気にも留めず、ただ一言。

「―――ふふっ、シロウとリンの子供、楽しみですねぇー」

アーサー王として戦い続けた少女。
戦い続けたその先に見つけた、小さな小さな幸せのユメ

その小さなユメを静かに待つその華は、本当にきらきらとした、紫陽花の華でありました。



後書き

まず最初に、
「長くて申し訳ありませんでした。」
タイトルに紫陽花と付いているのに、紫陽花が最後の最後まで出てこないなんて・・・。

紫陽花ってセイバーみたいだなと思ったのが最初です。慎ましくって、清らかなイメージがありますよね。
本編では紫陽花は桜、薔薇は凛、となってる筈ですけど、そのへんはご容赦ください。

いざ書き始めると、当初のプロット通りにはまとまらず、
キャラの一人歩きによってまとまりが付かなくなりました。
当初はこれの3分の1くらいの長さにする筈だったのですが・・・

さて、このSSは私が書いた初めてのSSになります。
書きたかった事を、ただ書き連ねただけの駄作ではありますが、
一人でも多くのFate/stay nightファンの方の目に付いていただければ幸いです。
(んでもって喜んでもらえれば、更に幸せです)
感想なんかありましたら、BBS(もしくはメール)の方に書いてくれると嬉しいです。

最後に、ここまで読んでくださった、皆様に心からお礼を申し上げます。